6話:責任を持って子育てを続けています!
ジェラルドがブルースを抱っこしたまま、ダイニングルームへ行きそうだったので、おろすように頼む。
すると……。
「えー、歩くの疲れる~」
ブルースがナマケモノ代表のような一言をしれっと口にする。動物園でも歩くことを嫌がっていたが……。そんな不健康、ダメだろう。かくなる上は。
「お母様もブルースと一緒がいいの。だからね。右手をお母様とつないで、左手はお父様とつなぐの。こうして三人で手をつないで、ダイニングルームへ行きましょう」
するとブルースの顔が、ぱああああっと明るく輝く。
「いいよ! 僕、お母様もお父様も大好きだから、二人と手をつないであげるね」
ブルースはご機嫌で歩き出す。
「……キャサリン。君は本当に……」
ジェラルドはなんだか目を潤ませて、そしてブルースにこんなことを言う。
「ブルース。こうやって歩くと、お父さんのように大きくなれるぞ」
「え、本当に?」
「ああ。だから毎日、歩く習慣をつけよう」
歩いて背が伸びるなんて聞いたことがない。でもこれは……ジェラルドなりに、歩くのを嫌がるブルースが、歩きたくなるようアドバイスをしてくれた……のだと思う。子育てはお任せだったのに。どうしたのかしら? でも子育てに父親が関わってくれるのは、ウエルカムだ。
こうしてダイニングルームに到着。
一面が窓であり、庭に面したダイニングルームは、朝から清々しい。
着席すると、早速料理が運ばれてきた。
コンソメのスープ。ハムステーキ、ソーセージ、ベーコン、鴨肉のコンフィ。スクランブルエッグ。焼き立ての白パン。ジャムと蜂蜜。アプリコット、ぶどう、チェリー。
前世の動画で見たことがある、ホテルのブレックファーストのような料理が並び 、しかも美味しそう。
あれ、でも……。
ヨーグルトやサラダは?
そこでハッとする。野菜は平民が食べるものという概念が、この世界では強いことを。
ダ、ダメだ。これではブルースが肥満ルートへ突入してしまう。
ジェラルドは剣術の訓練をしている。だからこそ、あの彫像のような体型をキープできている。キャサリンは出産を十代で済ませたおかげで、今はなんとかなっていた。だがこの肉中心生活を送っては、いずれ病気になる。
「野菜を……」
「うん、なんだ、キャサリン?」
既に食事はスタートしている。ジェラルドはスープを飲む手を止め、私を見た。そこで私は全力で女優になる。
「公爵様……いえ、ジェラルド。野菜を食べましょう」
「野菜……?」
「野菜は平民の食べ物と思っていますが、そんなことはありません。野菜を食べると、お通じもよくなり、肌艶もよくなります。それに野菜と一緒にお肉を食べると、合うんですよ! サラダを用意していただきたいです。お願いします」
上目遣いのウルウル瞳でジェラルドを眺めると、彼の頬がポッと赤くなる。
これは……手応えありでは?
「分かった。君が食べたいと言うなら、明日の朝、君の分だけを」「違います」
重低音な声で告げたので、ブルースもジェラルドもビックリしている。
「サラダは全員で食べます。それとジャガイモも出してください。肉を食べる時は、ジャガイモを食べた方がいいんです。ジャガイモに含まれる成分が、肉の消化を助けてくれますから。白パンを食べるより、ジャガイモを食べた方がいいです。昼食から、決行していただきたいです!」
主婦経験がなくても、一人暮らしで料理をしていれば、これぐらいは知っていた。そんな知識だが、この世界では知られていない。聡明なジェラルドでさえ、驚き、そして――。
「わ、分かった。そうしようか。チャーマン!」
ジェラルドがヘッドバトラーを呼び、昼食からサラダとジャガイモを出すよう、伝えてくれた。
◇
朝食が終わると、ブルースは昼食まで、家庭教師に勉強を習う。
普段のキャサリンはその時間で刺繍をしたり、読書をしている。
だが私はブルースの予定表を確認する。
それを見て、驚愕する。
これでは……痔になるのでは!?
そう思うぐらい、全て座学。
語学、経営学、文学……。
ジェラルドは剣術を続けているのに。どうしてブルースは……。
キャサリンの記憶を探るが、見つからない。
これは見つからない、のではなく、忘れている可能性もある。
さすがになんでもかんでもキャサリンも覚えているわけではなかった。
とりあえず語学の授業が終わったタイミングで、ブルース本人に聞いてみよう。
こうして刺繍をして時間を潰し……。ブルースの部屋へ向かった。
「お母様!」
「勉強、頑張っている?」
ミルクを出しながら、ブルースに尋ねる。
「お父様は剣術をやっているでしょう? ブルースはやらないの?」
「え、だって僕が運動苦手っていったら、お父様もお母様も『無理して運動しなくていい』って言ったよね?」
これには「あ~~~」と頭を抱えたくなる。
仕方ない。説得だ。
「ねえ、ブルース。ブルースはお母様みたいな女性のことが、好きかしら?」
いきなり聞かれたブルースは大変愛らしく顔を赤くし、でもコクコクと頷く。
そう、子供の頃。前世で弟も「将来はお母さんと結婚する」と言っていたのだ。
「そう。お母様もブルースが大好きだから、そう言ってもらえると嬉しいわ」
「本当に?」
「ええ。それとお母様はね、お父様みたいな、剣術で自身を鍛え、領民と家族を守れる強い男性が好きなのよ。それに運動 をすると、お父様みたいな立派な体になれるわ。もし運動をせずにいたら……。階段を上がる度に、息切れして苦しくなる。常に汗をかいて、ハンカチが手放せなくなるわ。それにね、肥満になったら……恐ろしい病気になって、動物園にも行けなくなるのよ」
これにはブルースとしては、いろいろ衝撃的な情報があったようだ。すがるように私を見上げた。
「ブルースも運動する? 剣術、習ってみる?」
「運動する。剣術も習う。だからお母様、僕のこと大好きでいて!」
愛い! なんて可愛いの~。
「勿論よ。今からでも間に合うから。明日から剣術を習いましょうね」
ブルースのことを、ぎゅっと抱きしめた。