56話:意外な人物です!
若草色のドレスを着たユズ伯爵夫人と共に、会場に到着した。
会場はプルン王国大使館の庭園。
美術品などは大使館内に展示されており、見学自由となっていた。
プルーンの花は白く、桜に少し似ているように感じる。
会場にはそのプルーンの花が造花で表現されていた。
白いテーブルクロスが敷かれた長テーブル。椅子がズラリと並び、メイドが席へ案内してくれる。
そしてなんと!
その白いテーブルに映えるように飾られている、プルーンを思わせる青や濃い紫の花の中に、青のパンジーを発見してしまう。
もしやあのカードの送り主と関係が……?
でもプルン王国の大使館に知り合いなんていたかしら?
今回のパーティーの招待状も、個人的なつながりで送られてきたわけではない。
フォード公爵家という、この国で有力な貴族であるから、招待状が届いただけだ。
この世界、郵便配達の仕組みはあるが、前世よりとても緩い。
何せ住所なんて、あるようでないようなもの。
貴族が暮らすエリアがあり、そこで一番敷地が広いお屋敷がフォード公爵家となっており、郵便物も表面に「王都のサウスアベニューで一番敷地が広いフォード公爵家宛」で届いてしまうのだから! よって直接的に知り合いではなくても、招待状は我が家に届いた。
ちなみに貴族の多くは郵便より、使用人を使い、直接郵便物を届けさせるのが主流だった。それでいて遠方への手紙は、よほどでなければ使用人は使わず、郵便を使う。
そんなことを考えていると、プルン王国の大使ムーギ・ムッチリンが登場した。
ムーギは前世で言うなら、カツラを被ったモーツアルトみたいな髪型。お腹周りが名前の通りムッチリンで、プルーン色のセットアップを着ている……って、えええええっ!
その姿を見て、「げっ!」と前世の私が言いたくなるが、それは呑み込む。
だって公爵夫人は「げっ」なんて言いませんから!
というかムーギの姿に私は見覚えがあった。
ブルースが社交界デビューとなる舞踏会にいた、どっかの国の大使! それこそがムーギだった。
つまり私を襲おうとした、アヒルみたいであり、映画『シャイニング』を彷彿させたりしたあの大使。その正体は、プルン王国の大使だった。……!
これには仰天し、伏し目がちになってしまう。
でもここで気が付く。
あの時、私は変装していたのだ。
露出高めのドレス姿で、それは前世の某有名ファッション雑誌の表紙を飾れそうなものだった。対して今日は、昼の正装で立襟長袖のドレス。露出とは無縁でかなり上品であり、公爵夫人に相応しい装い。お化粧だってあの日とは全く違うのだ。
あの時とは別人に見えるはず。
そうだ。
バレるわけがない!
ということで安堵して「プルン王国フレンドシップデー」を楽しむことにした。
ただ、プルン王国の大使であるムーギ・ムッチリンには、極力近づかないようにしようと心に誓う。
そのムーギの挨拶の後、昼食会がスタートする。
プルーンをふんだんに使った料理が、次々に提供されていく。
「フォード公爵夫人。オードブルはベーコンを巻いたプルーンですって」
「ええ。プルーンとベーコンなんて珍しい組み合わせね」
ユズ伯爵夫人と早速、オードブルからいただく。
「塩味とプルーンの甘みが思いがけずマッチして、美味しいですわね、フォード公爵夫人!」
「ええ、本当に。クラッカーにチーズクリームとプルーン。このオードブルが定番よね。よってこれは斬新に感じるわ」
こんな風にじっくり味わうことができるのは、幸いなことにあのムーギと席が離れていたからだ。
公爵夫人ともなれば、招待客の中ではかなり上位になる。だが今日はレーモン王国の大使や外務大臣が参加しており、彼らがムーギの近くの席だった。これなら話しかけられることもない。
「このスープ、不思議ですわ。レンズ豆とプルーン。合うのかと思ったら、合いますわね、フォード公爵夫人」
「スープにジンジャーやネギの風味があってコクと旨味があるわよね。その塩味とプルーンの甘味が思いがけずマッチしていると思うわ」
ムーギと席が離れている安心感で、ユズ伯爵夫人と談笑しながら、食事をすすめることできた。さらに食事をしている間、プルン王国の民族楽器を使った演奏、踊り子によるダンスも行われている。そうなるともう、ムーギのことなど頭から消え去る。
デザートにはプルーンたっぷりのパウンドケーキ、プルーン入りのバニラアイス、そして食後の紅茶と大満喫。
だがしかし! 昼食会が終わると、大使を紹介されることになった。
レーモン王国の外務大臣は、ジェラルドの学友。「フォード公爵夫人、ユズ伯爵夫人、どうぞこちらへ。プルン王国の大使をご紹介しましょう!」となってしまった。
改めてムーギと向き合うと、あのエスパーみたいな手のくねくねした動きを思い出し、顔が引きつりそうになる。なんとか顔に出さないよう細心の注意を払いながら、声音を変えて挨拶をする。
「初めまして、ムッチリン大使。私、ジェラルド・ロバート・フォード公爵の妻のキャサリン・リズ・フォードと申します。以後、お見知りおきを」
「どうも、どうも、フォード公爵夫人! 大変美しい奥方様ですね! 本日は『プルン王国フレンドシップデー』に足をお運びくださり、ありがとうございます。ぜひ館内の展示もお楽しみください!」
ニコニコ笑うムーギは、私を見ても変な反応はなかった。
よかった、気づかれていない!
が。
ハグを求められた時は鳥肌が立った。
なんだか鼻息が荒いし、香水がキツイ!
息を止めて数秒我慢し、ユズ伯爵夫人に大使館内の展示を観に行こうと提案。一秒でも早くここから立ち去りたくなっていた。
特にムーギから呼び止められることもなかったことにホッとする。
「ユズ伯爵夫人、こちらの絵画の展示から見ましょうか」
「ええ、そうしましょう」
こうして絵画の見学を始めると……。