53話:王都へ戻ります!
修学旅行最終日。
この日は朝食をとったら、いよいよ王都へ戻ることになる。
ここではない場所にいるブルースも、帰宅に向け、準備をしているだろう。
私とブルースが不在になっている間。
ジェラルドは大丈夫だったかしら?
でもいい大人なのだし、平気よね、きっと。
黒のロングスカート以外は、お決まりのスカーフとジャケットを着て、テントを出る。
朝食のためにテントから出てきた生徒達は、みんな制服姿だ。
青空の下での最後の朝食がスタートし、生徒達は楽しそうにこれまでの日々を振り返る。朝食が終わると従者がトランクを持ち、生徒達は乗り合い馬車に乗るため、移動開始だ。
私は生徒達を先導し、キャンプ場を出発。
役割分担した教師は、忘れ物の確認やキャンプ場の管理者への挨拶などに追われている。
こうして乗合馬車に次々とチームごとに生徒を乗せて行くが……。ミユはとっくに乗車しているのに、スチュアートが乗っていない。
吊り橋の時の不可解な行動は理解できた。高い所が苦手だった。
でも今日、馬車に乗っていない理由は?
どうしたのかと思い、スチュアートに声をかける。
「今、乗ります」
乗った結果。
うん……?
なんで、スチュアートが私の隣に!?
後ろの席から生徒を座らせている。最後に乗り込んだスチュアートの席は、そこしか空いていなかった。そして私は生徒を全員乗せた後、乗り込むわけで……。
そうか。
自然の摂理に従った結果、スチュアートが隣に座ることになった。ならば致し方ない。それに私の隣にいれば、ミユにちょっかいを出すことも阻止できる。
うん。問題ないわ。
馬車がゆったり動き出すと、スチュアートが唐突に私に話しかけてきた。
「ファミリーネームは聞いています。でも名前は知りません。君の名は?」
「はい?」
最終日に今さら名前を聞く必要が……?
ツアーガイドと生徒の接点なんて今日で終わるのに。
そう思うものの、相手は王族。
名乗らないわけにはいかない。
「ポチリーナです」
「素敵な名ですね」
「!?」
前世において、実家で飼っていた犬の名前がポチだった。でも弟がふざけて「ポチリーナ」と言っていたことを思い出し、なんだかそれっぽい名前だと思い、今回使うことにしたのだけど。
素敵?
え、素敵?
スチュアートのセンスがよく分からない。
「ところでポチリーナは、王都のどこに住んでいるのですか?」
「!?」
この修学旅行において、私のことをポチリーナと呼ぶ人は、一人もいなかった。ファミリーネームで呼ばれていた。改めてポチリーナと呼ばれることへの驚き。そしてポチリーナというネーミングのヒドさ。さらにはそれが自分のことだと思うと……。
潜入のために使う名前。
今後はちゃんと真面目に考えます……。
しかし、なぜ住んでいる場所を聞くんですかね、スチュアート殿下?
これまた「答えたくありません」とは言えず、履歴書に書いていた住所を伝える。一応、実在する建物の住所だ。ただし私はそこに住んでいないのだけど。
その後もなぜか趣味や休みの日は何をしているのか、好きな食べ物は何かと散々聞かれ、辟易することになる。
これはミユへの横恋慕を邪魔した私への当てつけ……なのかしら?
どうせミユに話しかけても私に邪魔される。
ならばねちねち私に質問責め?
とにかく今日のスチュアートも意味が分からない。
だが長かった馬車の時間も終了。
ようやく汽車の駅に到着した。
その後はスチュアートを回避しつつ、ミユの様子を気にしながら、汽車のホームまで生徒を誘導。行きと同じで改札が済んでいる切符を配り、汽車に生徒を乗せて行く。
スチュアートは腰巾着二人と一緒に、大人しく席に座っている。
ミユは友人の女性達と座り、おしゃべりをしていた。
これなら問題なさそうね。
やがて汽笛の音が響き、汽車が走り出す。
ここからは王都まで、ひたすら汽車の旅だ。
◇
「キャサリン!」
「ジェラルド!」
屋敷に着くと、エントランスにわざわざ出てきてくれていたジェラルドが、私を熱烈に抱きしめる。紺碧色のセットアップを着たジェラルドは、実に格好いい! その姿と笑顔だけで、体がうずうずしてしまう。
「会いたかった。キャサリン」
熱い抱擁からの、とろけてしまいそうな濃密なキス。
だがそこでチャーマンが咳払いをして、ブルースの到着を知らせる。
慌ててキスを終え、そのままエントランスでブルースを乗せた馬車の到着を待つ。
「お父様、お母様、ただいま戻りました!」
「おかえり、ブルース」
「おかえりなさい、ブルース!」
親子三人で再会を祝い、そして久しぶりに揃って夕食を囲むことになる。
夕食中はもっぱら修学旅行の話題だ。
ブルースに、ミユはスチュアートの魔の手に落ちなかったことをしっかり報告。
それを聞いたブルースは安堵し、自身の修学旅行がどんな感じだったかを教えてくれた。
夕食はいつも以上に長時間となるが、翌日は普段通り、学校もある。
よって休むための準備となった。
入浴を終え、モーブ色の寝間着にオフホワイトのガウンを着てソファで寛いでいると、ジェラルドがやってきた。同じオフホワイトのガウンを着たジェラルドは、もう待ちきれないという感じでソファに座る私を抱きあげる。
その晩、ジェラルドの溺愛は……果てがなかった。
◇
翌日。
ブルースは元気に学校へ向かい、ジェラルドは執務へ。
昨晩のジェラルドの溺愛により、筋肉痛になった私は、半日ベッドで過ごしていたが。
ヘッドバトラーが手紙を届けてくれた。
真っ白な上質な封筒に、見たことがない赤い封蝋。
何だろうと思い、開封するとそこには……。
押し花にされた美しいパンジーのカードのみ。
メッセージはない。
こういうことはよくある。
この場合、メッセージはパンジーから読み取る。
パンジーの花言葉、それは「私を想って」。
さらに押し花のパンジーの色は「青」。
青いパンジーの花言葉は「純愛」。
「え……」
もしかしてジェラルド……?
そうよね、青のパンジーは珍しいもので、簡単には手に入らない。
ジェラルドったら、わざわざ私のために。
頬が緩むのが、止まらなかった。