52話:キャンプと言えば「コレ!」です!
いよいよ明日は、修学旅行最終日。
この日の夜は、キャンプファイヤーを前に、ダンスが行われる。
キャンプ場にわざわざオーケストラを招き、その演奏に合わせてダンスを行う。私の前世のイメージだと、キャンプファイヤーと言えば、フォークダンス。でもこの世界には、まだフォークダンスの概念がない。それっぽいものは、庶民がフェスティバルなどで踊っていた。
そう考えると、飯盒炊飯もなく、フォークダンスもなく、私としてはなんだか物足りない! キャンプと言えば「コレ!」ということを、何か一つでもしておきたいと思ってしまう。
そこは用意周到に。
このキャンプファイヤーでのイベントに備え、持参していた物がある。
それは……マシュマロ!
この世界にマシュマロは、ちゃんと存在してくれていた。ならば焼くしかないでしょう! キャンプファイヤーで。焼きマシュマロは、キャンプの定番ですから!
ということでこっそり持参していたマシュマロを焼いて、ミユと楽しむことにした。
「マシュマロを焼くなんて発想、私には思いつきません! さすがです!」
ミユは初めて食べる焼きマシュマロの美味しさに、頬っぺたが落ちそうになっている。私は心の中で「そうでしょう、そうでしょう、美味しいでしょう!」と同志を得て嬉しくてならない。
するとそこへスチュアートが現れた。
これは間違いなく、ミユをダンスに誘いに来たに違いない。
「スチュアート殿下。実は今、焼きリンゴならぬ、焼きマシュマロを楽しんでいます」
そう言うとスチュアートに、焼いたばかりのマシュマロを見せる。
白い煙のような湯気が一瞬立ち上り、その表面には淡いきつね色の焦げ目がついていた。甘い香りもこの距離なら感じられるだろう。
「こうやって僕に見せて、お預けですか?」
「! そんなことは。でも毒見もせずに召し上がるのは……」
「ミユも食べていたのですよね? それならば問題ないはずです」
スチュアートの瞳はキャンプファイヤーの炎を受け、好奇心で燃えているように思える。もう香りといい、その焦げ目といい、食べたくて仕方ないのだろう。
そこは危機管理能力にやや難ありかもしれない。だがミユは、まさにこの場から離れている最中だった。スチュアートの関心は、このまま焼きマシュマロに向けておきたい。「では熱いうちにお召し上がりください」と、木の串にさした焼きマシュマロを差し出す。
「ありがとうございます」
律儀にそう言うと、スチュアートはマシュマロを口にする。すぐに目が大きく見開き、顔が輝くような笑顔になった。
「……こんなマシュマロ、初めて食べました。焼いたマシュマロが、こんなに美味しいとは……」
甘い物に目がないスチュアートは、焼きマシュマロに開眼。
王宮のパティシエに作らせようと考えたようだ。
「これはどうやって作るのですか?」
「やってみますか?」
スチュアートが頷くので、使っていた枝を渡す。
さらに瓶に入ったマシュマロを一つ取り出してもらい、枝に刺すように指示。
早速、調理(?)開始だ。
「火に近づけすぎる必要はありません。少し離れた位置でも焦げ目がつきますから」
スチュアートの手を握りながら、木の枝の先端にさしたマシュマロを、キャンプファイヤーの炎にかざす。
「焦げ目がついたと思ったら、回転させてください。残りの白い部分も、少し離れた位置から焦げ目をつけるようにしてみてください」
「分かりました」
スチュアートは手先が器用なようだ。
全体に淡く焦げ目がついた、いい焼き加減で仕上げることができた。
「召し上がってください」
再び感動するスチュアート。
自身で作ったからこそ、味わいが増している様子だ。
「さらに美味しい食べ方もあります」
「教えてください!」
そこで再びスチュアートと一緒にマシュマロを焼く。
いい塩梅で完成。
「このビスケットでサンドして食べてみてください」
食後の紅茶と共に用意されていたビスケットを、何枚かいただいていたのだ。
ビスケットにサンドした焼きマシュマロを食べたスチュアートは、泣きそうなくらい感動している。
「こんなマシュマロの食べ方、知りませんでした」
当然だ。この世界でマシュマロはお上品に器に盛りつけられ、何もせずそのままいただくものだから。
「あなたは……何でも知っているのですね。焼きリンゴのことも、吊り橋のことも、そしてこの焼きマシュマロも」
「そう言っていただけると光栄です」
「スイーツについて詳しいのは分かりました。……ダンスだって踊れるのでしょう?」
何を問われると思ったら!
フッ。当たり前だ。
「ダンスくらいは踊れます」
「では証拠を見せていただきたいです」
「?」
ひょんなことからスチュアートとダンスをすることになってしまった。
これはミユとダンスをできなかったから、小説のストーリーにあわせ、代打で私がスチュアートとダンスすることになったのかしら?
いろいろ思うが正解は不明。
ともかくスチュアートとのダンスが始まる。
ダンスについてはさすが王族。
その姿勢、速度、ステップ、リード、どれをとっても完璧だ。
実にダンスをしやすい!
私はドレスを着ていないが、回転した時、ロングスカートがふわっと広がるように、距離もとってくれる。
大変踊りやすく、満足できるダンスだった。
それにしてもスチュアートとダンス。何をやっているのだろうと思いつつも、ミユとスチュアートがダンスする事態は回避できたのだ。
よしとしよう!
こうしてキャンプファイヤーも無事終わった。
◇
それは真夜中だったと思う。
教職員用のテントで休んでいたが、ふと目が覚める。
水が欲しくなり、テントを出た。
月が美しい夜だった。
月光に照らされながら、水がめの水を飲んでいた時。
ガサッと音がした。
まさか獣!?
修学旅行でキャンプをやるからと、この辺りでは大規模な狩りが行われていたはず。それにキャンプ場の周囲は、警備の兵士がいる。何せスチュアートがいるのだ。そこは万全にしていた。交代制で今も警戒をしているはずだ。
しばらく微動だにできなかったが、聞こえてくるのは虫の声。
リスやうさぎの小動物かもしれない。
さすがにこれは、駆除されていないだろうから。
大丈夫だろうと何度か深呼吸をしてから、テントへ戻ることにした。