50話:ユラユラ吊り橋です!
大自然の中で過ごすこと三日目。
今日はピクニックの日だ。
朝起きるとヒンヤリしているが、天気は快晴。
生徒達より一足先に起きている使用人達は、朝食とピクニックのための料理の用意で朝から大忙し。私はその忙しそうにする様子に目が覚め、身支度を整えることにした。
いつものスカーフとジャケット、スカートはグレイッシュピンク。
私の身支度が終わったところで、教師も生徒も目覚め始める。
しばらくして朝食となり、それが終わるといよいよピクニックがスタートだ。
この国でピクニックは、貴族のお楽しみの一つとなっている。
貴族が行うピクニックでは、料理人が用意した料理を随伴する従者が運び、メイドも同行が当たり前。時には料理人を連れて行き、その場で料理させることもしばし。
そして今回もその慣習通りで、使用人を連れてのピクニックとなる。
キャンプ地を出発し、目指すはこの辺りの名物として知られている「ユラユラ吊り橋」。この吊り橋を渡った先にあるカエデの森広場がゴールだ。そこで昼食をとり、レクレーションをして、キャンプ地に戻る。
ということで早速、出発だ。
苺ミルク色のワンピースを着たミユ達グループの後ろに続き、私は歩き出す。するとミユに声をかけようとしたのだろう。スチュアートと並んで歩くことになった。ミユに話しかけることを阻止するため、スチュアートに話しかけることにした。
「殿下はなぜ婚約者がいないのですか?」
それは小説のストーリー上、ミユと結ばれるためだから……ということは分かっている。でも小説では描かれていない、スチュアートに婚約者がいない理由が実はあるのでは?と思ったのだ。単純に小説の一読者としての興味で尋ねていた。
スチュアートは「なんでそんなことを聞くのですか?」という表情になったが、それでも淡々とその理由を明かす。
「僕は第二王子ですから。すべては兄である王太子が優先です。兄の婚約が決まっていれば、僕なんて後回し。むしろ婚約者を早々に作らない方が、遺恨を生まないと思われています」
む。スチュアートは王家では意外にもぞんざいな扱いなのね。でもこれがこの世界の嫡男と次男の埋められない格差。所詮次男は、跡取り息子である嫡男のスペアにしか過ぎない――というのがこの世界の価値観だった。
「もし有力な公爵家の令嬢と僕が婚約すれば、強力な後ろ盾を得ることになります。王太子である兄への脅威と見做されてしまう。よって僕の婚約者は爵位が低い方が好ましい。そして爵位の低い令嬢なんていくらでもいるので、いつだって婚約できる……ということなのだと思います」
「そうだったのですね。……王家の込み入った事情を知らず、不躾な質問をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、お気遣いなく。政治の場に身を置かないレディでは、知り得ない事情です。表立ってこのことを指摘する者もいませんから。王家から侮辱罪だと指摘されたくないでしょうからね」
これぞ王侯貴族の腹の探り合いだ。それにしてもスチュアートがミユに固執する理由に、彼女が男爵家の令嬢だから……というのもあるのかもしれない。
だからといって。ブルースの婚約者であるミユを、スチュアートに渡すわけにはいかない。今は日陰でスペアの可哀そうな第二王子――という顔をしているが、その実態はとんでもない束縛系男子なのだから!
ということでスチュアートと私が会話することで、ミユへの接触は阻止できた。
そして遂に到着、「ユラユラ吊り橋」。
ここでツアーガイドの私は説明を行う。
この橋の歴史、名前の由来と共に、そのスケールを生徒達に伝える。
「全長137m、高さ37m。その名の由来の通り、これはユラユラと揺れる吊り橋です。このユラユラ揺れる恐怖を克服し、渡る必要があります。ぜひ男子生徒の皆さんは、怖がる女生徒がいたら、サポートしてあげてください」
私の説明を聞いた生徒達は「そんなに揺れるのかしら?」「サポートできるかな。揺れるんだろう?」と早速、ざわざわしている。
前世でお馴染みの「吊り橋効果」。ユラユラ揺れる吊り橋で感じるドキドキ感を、異性への好意と勘違いするというものだ。せっかくなので令息はここで恰好をつけ、意中の令嬢と距離を縮められるといいのに――と思ってみたり。ただし、スチュアートを除く。
兎にも角にも素直な生徒達。令息はチームの令嬢をエスコートし、吊り橋を渡っていく。
私はスチュアートがミユを誘うだろうと思い、警戒していた。
ところが!
橋の手前にあるベンチに腰掛けたスチュアートは……。
優雅に腰巾着二人と紅茶を飲んでいる!
完全に寛ぎ、ユラユラ吊り橋のことなど眼中にないように思えた。
その一方で、ミユはチームの女子と談笑しながら、吊り橋を渡り始めている。
これは一体、どうなっているのかしら……?
私が散々邪魔をしたから、遂に戦意が喪失した……とか?
でもさっきまでミユに話しかけようとしていたのよね? 私が話しかけ、それは阻止してしまったけれど。
ユラユラ吊り橋を見ると、もうミユは半分ぐらいまで進んでいる。今から追いかけても、他の生徒もいる。追いつかないだろう。
再度見たスチュアートはクッキーまで食べ、完全にミユのことは眼中にない。
うううううん?
これは完全に理解不能だ。
お読みいただき、ありがとうございます!
夏のホラー2024のために書き下ろした久々の短編がございます。
【4,159文字でサクッと読める】
本当にあった怖い話『団地の噂話』
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これは私が東京の会社に就職が決まり、東北から都内の古い団地へ越して来た時の話です。団地には幽霊にまつわる噂話がよくありますが、気にせず、引っ越しをしたところ……。
作者マイページ(本作の目次のタイトル右下の筆者名をクリックするとマイページに飛びます)の活動報告や作品一覧から飛ぶことができます! 怖かったという感想もいただきました。ありがとうございます!
夜寝る前のおともにどうぞ……?