5話:責任を持って子育てを続けます!
翌朝。
喪女を卒業した私……、体に 何か異変があるか?
なかった。
何せ既にブルースを出産しているのだ。
しかも……。
比較はできない。何せ経験がないのだから。
だからこれは実感したこと。多分、ジェラルドは……上手なんだと思う。
おかげで昨晩を思い出しても、恥ずかしいが幸せだった……という喜びの感情しかない!
そして小説では描かれていなかった、公爵であるジェラルドの体。
幼い頃から、そして今も剣術の練習をしている彼は……脱いでも素敵な体躯だった。
スラッとスリムな長身のジェラルドだが、その体には筋肉がしっかりついている。
贅肉とは無縁で、お腹も周りもスッキリしていた。
これはすごい!と思ったが、キャサリンだって負けていない。本当にブルースを産んだの!?という体型だった。
ともかく大変満足に目覚め、ロイヤルパープルのドレスに着替えると、まずはブルースの部屋へ向かう。
「きゃーっ」
「お止めください!」
「申し訳ありません!」
これにはギョッとしてしまう。
女性の叫び声が聞こえてくるのは、どう考えてもブルースの部屋。
な、何が起きているの!?
もしや賊でもいる!?
ぶ、武器は? 何か、武器は?
ゴルフのクラブでも、どこかにないかしら?
そんな風に思いながら、廊下でキョロキョロしていると、ブルースの部屋から三人のメイドが飛び出して来た。声をかける前に、三人は脱兎のごとく勢いで逃げてしまった。
昨晩、パオーンに似たゾウのぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめていたブルースの寝顔が浮かぶ。
ここで躊躇している場合ではない。
丸腰だが、ブルースに何かあったら、取り返しがつかないことになる。
意を決し、扉を開けた。
すると部屋には、シャツやズボン、ベストやタイ、靴などが散乱している。
やはり泥棒が入ったのね!
腕力のない女性にできることは、声をあげることだけだ。
「ど」「お母様!」
寝間着姿のブルースが、こちらへと駆けて来る。
「ああ、ブルース! 無事だったのね!」
感無量で、ぎゅっとその体を抱きしめる。
「お母様、苦しいですよ。どうされたのですか?」
そこで私はハッとして、窓を見る。
侵入するなら窓だろう。そして逃走するのも窓からと思えた。
だが、カーテンが開けられた窓に、不審な様子はない。
「ブルース、泥棒は?」
「泥棒? 泥棒がこのお屋敷に入ったの?」
「この屋敷……ここ、ブルースの部屋に、泥棒が入ったのではないの? 泥棒がこんな風に、服を散らかしたのではないの?」
するとブルースは、首を愛らしく傾げる。
な、なんて破壊的な仕草!
おかっぱ頭のブルースは、美少年でありながら、美少女にもなれそうなくらい、可愛い!
「服を投げたのは僕だよ。だって、メイドが僕が気に入る服を用意してくれないから」
「え」
天使の顔をした悪魔の一言に、フリーズする。
「こ、これ、ブルースがやったの……?」
頷くブルースにOh my goodness!だ。
「ブルース。服が気に入らないなら、言葉で伝えるだけでいいのよ。こんな風に投げるなんて、やめて。この服はね、一枚一枚、手作りなの。お母様のような、子供がいる女性が、頑張って作ったのかもしれないのよ。ブルースはお母様が作った服を、投げたりする?」
「そんな! お母様が作ってくださった服を投げるなんて、僕はしないよ!」
ぎゅっと抱きつくブルースの頭を撫でる。
「そうよね。ブルースはそんなことをする子じゃないわ。ブルースは思いやりがある、優しい子なの。そしてその優しさは、お母様だけではなく、メイドにも。この服を作った誰かのお母さんにも、示してあげて。思いやりと優しさは、ケチってはダメよ。分かる?」
「うん。分かった」
「そう。分かってくれたのね。では投げてしまった服や靴は、どうしたらいいと思う?」
ブルースは真摯な表情で考え込み、そして「お家へ帰してあげる」と答えた。その愛らしい回答に頭を撫でてあげる。
「そうね。クローゼットのおうちに帰してあげましょう。まずは拾って、畳みましょうか?」
「うん。でも畳むの、分からない」
「それはこうやるのよ」
片づけをしていると、メイドが扉の隙間から、こちらを覗いているのが分かった。私が「大丈夫よ、入って頂戴」と言うと、三人のメイドが入って来る。そこで私はブルースに、どうしたらいいかを尋ねる。
「うーんと、うーんと、服を投げて、ごめんなさい!」
これを見たメイドは「「「坊ちゃま!」」」と涙を浮かべる。
この後はみんなで片づけをして、そして――。
メイドと手をつないでクローゼットに向かったブルースは、自分が着たい服を指さす。
「季節的に合わないもの。最近着たばかりの服はダメよ、ブルース。お洋服も休憩が必要だから。メイドのアドバイスも聞くのよ。自分の着たいだけを、押し付けちゃダメ。できる?」
私が横から声をかけると、ブルースは「はーい」と返事をする。そこでメイドが、ブルースが選んだグレーのズボンに合いそうな、水色のシャツをすすめると「うん、いいよ。それで!」と天使の笑顔になる。メイドがホッとした表情になり、私を見た。
私が頷くとメイドは、ベストやタイもブルースと選ぶ。
ようやく着替えが完了した。
するとそこへ濃紺のセットアップ姿のジェラルドがやって来た。
キャサリンの記憶でジェラルドは、あえて自分から子供部屋に来ることはない。リビングやダイニングルームで会うことが、ほとんどだ。メイドも驚き、もしやさっき部屋から逃げ出したことを叱られるのではと、ビクビクしている。
「ジェラルド、何も問題ないですよ。ブルースは気に入らない服があって、服と大喧嘩したようですけど、もう仲直りしました。二度と喧嘩はしないですから」
「ほう。服と喧嘩。これまた君は……。なるほど。ブルース。その服、よく似合っているぞ」
ジェラルドがブルースを抱き上げた。
「朝食が用意できている。迎えに来たんだ」
そう言ってウィンクする彼は……朝からやはりカッコいい!