47話:修学旅行です!
秋晴れの日が続き、プラタナスの木々も少しずつ色づき始めていた。
王立レーモン学園では、この時期、二年生の修学旅行が行われる。
この修学旅行、クラスごとに行き先が違う。
ミユとスチュアートがいるA組のテーマは「秋の味覚」ということで、フルーツ狩り&キャンプ。ブルースのB組のテーマは「紅葉を楽しむ」ということで登山。C組のテーマは「芸術の秋」で、芸術都市と言われるレンツへ向かう。
今回の修学旅行は、スキー合宿以上に長期の宿泊旅行となる。例の通達も来ているが、それよりも問題なのは、ミユとブルースの行き先が違うこと!
文化祭のホラーハウスを振り返っても、スチュアートはミユのことがまだ好きだと思う。
そのスチュアートとミユは同じクラスで、修学旅行になる。
当然ブルースは「何かあったら……困る!」と心配していた。
「任せて! お母様がミユを守るわ!」
こうして私はツアーガイドに扮し、A組の修学旅行に潜入することにしたのだ!
「明日からブルースはスクールトリップ。わたしの妻もスクールトリップで不在になる……」
濃紺のガウンを着て寝室へ来たジェラルドは、ソファに座る私を抱きしめ、大変寂しそうに呟く。
「ジェラルド。今回、ミユを守ることができるのは私しかいないの。一人留守番は寂しいかもしれないわ。でもあっという間よ。我慢して」
「……分かった。では今晩は存分に甘えてもいいか?」
「え?」
「まだ二十時になったばかりだ。無論、明朝、起きられない……という事態にはしない。ただじっくり時間をかけ、キャサリンを溶かしていきたい」
この後、ジェラルドによる私の体を大変気遣った溺愛タイムが訪れるのですが……。
腰への負担はなくても、私は何度意識を失いかけたか。寂しがり屋の公爵様の溺愛タイムは……激甘です!
♡ ♡ ♡
そして迎える翌日。
首元にはラズベリー色のスカーフ、オフホワイトのジャケットにダークグレーのロングスカート。髪はブラウンのかつらを被り、それをお団子でまとめている。さらにつけぼくろをつけ、お化粧をバッチリすると……ツアーガイド、ポチリーナ・ハウゼンの完成だ。
姿見に映る身支度が整った姿を見ると、一週間前のことを思い出しそうになる。
潜入のため、変装をした私の服装チェックは、もはやジェラルドのお楽しみ。
そのために、わざわざ執務中に休憩時間を設けている!
あの日も「乗馬をするわけでもないのに、こんなカチッとしたジャケットを着ていると……脱がせたくなる」とジェラルドは耳元でささやき、その後は……。
いや、今はそうではない!
従者にトランクを運ばせ、いざ出陣だ。
◇
まず、今回の修学旅行、ミユとスチュアートはチームが違う。
スキー合宿ではチームが同じだったが、今回は違うので、そこは安心できる。
それでもブルースの目がないのだ。
スチュアートが積極的に動く可能性がある。
もしそうなったら、私がガッツリ阻止するまでだ。
決意を胸に、ジェラルドやモナカ達使用人に見送られ、私は屋敷を出発。
集合場所の王都中央駅という汽車の乗り場に到着した。
「!」
予想通りだわ!
何かとミユに近寄るスチュアートの姿が見えた。
お菓子をあげようとしたり、飲み物を渡そうとしたり。そこで点呼するフリをして、二人の間に割って入る。改札を一括で済ませた切符を配り、二人の会話を遮断するなど、ブロックに励む。
ミユは私の正体を知っているので、「助かりました!」という表情で私を見る。私は静かに頷き「大丈夫。ミユのことは私が守るわ!」とアイコンタクトを送った。
汽車に乗車すると、チームごとで席に座るため、ミユとスチュアートが接触する機会はない。それに走行中の汽車の中での不用意な移動は、禁止されている。基本、皆、席におとしなく座っていた。
私も用意された席に腰を下ろす。
順調に汽車の旅は続き、目的地となるロミティ駅に到着した。
汽車から降りると、貸し切り乗合馬車で、キャンプ地となるカンロへ移動。
かくしてキャンプ地に到着するが、そこは王侯貴族の修学旅行。
キャンプなのに、メイド、従者、執事までいて、料理人まで生徒達を待ち構えている。
しかもテントも、前世で言う所のグランピングか!?という程、ゴージャス。
「キャンプ、素敵ね。ベッドもふかふかだわ!」
「テントの中に薔薇が飾られていた。立派だな」
生徒達は大喜びしている。
キャンプでお馴染みの飯盒炊飯はなく、料理人が焚火で懸命に夕食作り。
その間、生徒達は、ホテルのような部屋で寛いでいた。
部屋にメイドがお茶を運んでいる。
お坊ちゃん・お嬢様学校がキャンプするとこうなるのね。
私は驚くばかり。
夕食が完成すると、メイドや従者が各テントに声をかける。キャンプファイヤーのそばにセッティングされたテーブルに着席し、ディナーがスタート。
当たり前のようにメイドが料理を順番にサーブしている。
これは……ダイニングルームと同じ夕食を、ただ野外で食べているだけのような……!?
でも生徒達は「星空の下、こんなキャンプファイヤーをしながらディナーをいただけるなんて、最高!」とご満悦だ。
食事の後は星空観察。
星を見るため、テントがある場所から、少し移動することになる。
チームごとに移動しているので、ミユにスチュアートが接近することはない。
星空観察をする場所に到着した。
既に見上げる夜空は宇宙かと思う程、星が見えている。
周囲にほとんど明かりのない大自然だからこその星空だ。
星空観察にあわせ、ランタンは消すことになる。
最後のランタンが消えた瞬間、生徒達からはざわめきが起きた。
虫の声がよく聞こえ、草が風に揺れる音さえ感じられる。
暗闇の中で、人間の五感は研ぎ澄まされるようだ。
おかげで察知できた。
スチュアートの気配を。
この暗さに乗じて、ミユに近づこうとしていると。
最後のランタンが消える直前にミユの隣の位置まで私は移動していた。
スチュアートのいた位置は、把握できている。
「!」
驚いた。
いきなりスチュアートが手をつないできたのだ。
自身の腰巾着やイザベルを使い、いろいろ画策したが上手くいかない。
文化祭ではまさかの失態(私をミユと勘違い)。
そんな中での修学旅行。
「ごめん。暗かったから、間違えたよ」
何かやらかしても、そう誤魔化せる星空観察。
動かない手はないと。
「!」
今度は肩を抱き寄せたわ。
肩を抱き寄せる予定だったから、右手を使わず、左手で手をつないだと。
完全に確信犯ね。
身長もジェラルドに及ばないし、背中に感じる胸板もなんだか心もとない。
やはり常日頃鍛えているジェラルドには敵わないわね。
何よりスチュアートが幼く感じる。
こんな子供が頑張って!と思えてしまう。
「……ということで、変光星のミラも見えましたね。以上で星空観察は終了です。係の生徒はランタンをつけてください」
ざわざわと話し声が聞こえてきて、次々にランタンの明かりが灯される。
名残惜しそうにスチュアートが私から離れ、すぐ近くで明かりがつく。
「!?」
スチュアートが口をパクパクさせ、衝撃を受けている。
私はニッコリ笑う。
ミユだと思っていたのに、ツアーガイドと手をつなぎ、肩を抱いていたと分かると……。文化祭の時と同じ。スチュアートは絶叫する。
皆がどうした!?という感じで、スチュアートの方を一斉に振り返る。
「虫が、虫がいたようです!」
腰巾着の騎士団長の息子マークが、スチュアートをフォローする。
「虫」に令嬢達が反応し、「え、私の背中に虫、止まっていないわよね!?」となり、しばし大騒ぎ。
スチュアートはその喧騒に紛れ、自身の失態に悶絶していた。