46話:黒歴史です!
朝晩はひんやりする日も出てきて、少しずつ秋の気配が強まっている。
季節の移ろいは気温や景色だけではなく、ブルースの学校行事からも感じられた。
そう、間もなく学園では、秋を彩る文化祭が開催される。
昨年、ブルースのクラスは「ダンスホール」を営業した。来場者と生徒が一曲ずつダンスをするというもので、待機している生徒の誰かとダンスするなら通常料金。指名をすると指名料をとるというちゃっかりしているシステム。ブルースは沢山の指名が入り、ほぼ踊りっぱなし。おかげで私はせっかく足を運んだのに、ブルースとはダンスをできなかった。とはいえ、ブルースとはいつでもダンスをできる。ここは皆様にお譲りした感じだ。
今年は何をやるのかと思ったら……。
ちょっと変わったホラーハウス。
ホラーハウスと言っても、教室を使って行うもの。入口には衝立があり、その衝立を境に男女それぞれで行列を作る。入場し、暗闇の中で出会った相手とペアを組み、ホラーハウス内に隠されているどんぐりの形のクッキーを見つけ出し、脱出するというシステムらしい。
夏の肝試しで、私はホラーが苦手であると今さらながら悟った。果たしてこの一風変わったホラーハウス、私でも楽しめるのだろうか?
「お母様、ゴースト役は人間ではなく、作り物です。暗闇の中で、どんぐりクッキーを見つけ、脱出がメイン。大丈夫ですよ、あの夏の肝試し程、怖くはありません。あれは……僕も怖いと思いました。特にモナカとチャーマンが」
これを聞いて私は二つの意味で安堵する。
一つはブルースのクラスのホラーハウスは、私でも楽しめそうであることに。もう一つはあの肝試し、ブルースも本当は怖かったと思っていたことに。あの場ではミユがいたから、頑張っていたのね、ブルースも。
ちなみにミユのクラスは、今年は展示での参加。
秋のアクアリムということで、紅葉をイメージして装飾を施した水槽が、展示されると言う。基本、そこに魚などはいない。だが自身でメダカやカメなどをペットとして飼っている生徒は、アクアリウムに彼らを入れ、展示する者もいるとのこと。
ということでミユのクラスは一人一つ、アクアリウムを用意する。よって事前準備はそれなりに大変。だが当日は交代で受付をするぐらいなので、かなり楽だという。
こうしてブルースもミユも、勉強も頑張りながら、文化祭当日を迎えた。
早朝から動き出したブルースは、厨房でどんぐりの形のクッキー作りを行っている。焼き加減のアドバイスや味見をして、大量のクッキーが完成。袋詰めは学校で他の生徒達とも行う。準備ができると、ブルースは朝一で学校へ向かった。
ブルースを見送ってから、ジェラルドと朝食をとり、外出のために着替えを行う。ロイヤルパープルの上品なドレスに着替えた。ジェラルドは濃紺のセットアップでビシッと決まっている。
「では行こうか、キャサリン」
学園に到着すると、正門はゲートになっており、ハロウィンを思わせる飾り付けがされている。そのまま中に入ると、エントランスまでの道のりは、縁日の神社の境内みたいだ。左右に出店が営業していた。
王立レーモン学園は、一学年3クラス。全学年合わせてもクラスが9しかない。
よって王都にある人気の飲食店が、出店を運営していた。
ゆえにそれは一流料理ばかり!
焼き立てのソーセージを提供するお店。その場でワッフルを焼き、たっぷりの蜂蜜と共に提供してくれるお店。キノコたっぷりのキッシュを出すお店など、どれもこれも美味しそう!
学生に戻った気分で、ジェラルドとそれらの料理を楽しむ。その後は、占いの館、教室迷路、ダンスフロアなどを見て、ミユのクラスのアクアリウムも見た。教室の天井に紅葉が飾られ、床にも落ち葉が敷き詰められている。そこにオレンジ、黄色、赤などのランタンが飾られ、ドングリや紅葉の造花が飾られたアクアリウムがズラリと並ぶ。
なかなか見応えがある。
一つだけ、ゴールドがあしらわれたやたら高級感のあるアクアリウムがあった。言うまでもない。スチュアートのアクアリウムだ。
「ではブルースのクラスのホラーハウスへ行こうか」
「そうですね」
「肝試し同様、怖かったらわたしに存分に甘えていいのだぞ、キャサリン」
ジェラルドは期待を込め、瞳を輝かせている。
でも脱出メインだから、怖くないはずよ。
ということでブルースのクラスに到着すると……。
女性の行列にはミユとその友達の令嬢、男性の行列にはスチュアートと騎士団の嫡男、新しい腰巾着の令息がいるではないですか!
どうやらスチュアートは、ミユとペアを組めるよう、並び順を画策している。それは一見「よかったら先にどうぞ」と順番を譲っているようであり、悪さをしているように思えない。こういうところは本当に。ぬかりないと思う!
ならば。
まさに今、入場するとスチュアートとペアを組むというタイミングで、ミユと交代した。つまり、中へ入ったのは私!
だが中はブルースから聞いた通りで、暗い。
よってスチュアートは、ミユが入って来たと思っている。
そしてミユだと分かっているのに、スチュアートは知らないふりをして、こんなことを囁く。
「はじめまして。今回はよろしくお願いします。なんだかドキドキしますね」
「暗闇でよく見えないですね。良かったらエスコートしましょうか」
「君の手は……とてもすべすべしていますね。それに小さくて可愛らしい」
「あ、もし怖かったら、抱きついてもいいですよ」
まさか私だと思わないスチュアートは、散々甘々な言葉をささやく。一方の私は「おほほほ」「うふふふ」と終始微笑で通している。
そしてブルースが言っていた通り、モンスター役の人間もいない。迷路のような通路の壁に時折、巨大な蜘蛛の模型が飾られていたり、微動だにしないミイラ男がうっすらと暗闇に浮かんでいたりしたが、全然怖くない!
どんぐりの形のクッキーも中間地点で無事に発見し、あとはひたすらスチュアートの歯の浮くような賛辞を聞いて、ゴールだった。
出口の扉を開けると、いきなりの外光に目が開けられない。
しばし目を閉じ、動けない状態が続く。
だがそれも収まり、目が光に慣れると……。
「えええええ!」
驚愕し、大声を出すスチュアートの姿が、目に飛び込んでくる。
顔を真っ赤にしたスチュアートは、なかなかレアな姿だ。
何せスチュアートは、王道の王子様の外見をしている。
サラサラのシルバーブロンドにサファイアのような瞳。
鼻も身長も高く、スラリとして、学園の制服でも様になる。
だが、まさかブルースの母親である私に、散々甘い言葉を吐いたのかと思うと、どうにもならなかったのだろう。
「わあああああ」と叫びながら、スチュアートは廊下を走り去って行く。
スチュアートの黒歴史が爆誕ね。
ご愁傷様ですと見送ると、ふわりと後ろからジェラルドに抱きしめられる。
私がスチュアートとホラーハウスに入ってしまったので、ジェラルドは廊下で私が出てくるのを待っていたのだ。
「キャサリン、若造に変なことはされなかったか?」
ジェラルドが私の手を取り、甲へと唇を押し当てる。
「大丈夫ですよ、ジェラルド。エスコートをされ、虫唾が走りそうな言葉を散々言われましたが、手以外には触れられていませんから」
ジェラルドが手の平にも口づけながら、流し目を送った。
いきなりの男の色気満点の流し目に、腰が砕けそうになる。
「そうか。ならば今度は私と入ろう」
その流し目で何か言われたら、「イエス」以外、返事なんてできません!
ということでジェラルドと行列に並ぶことにした。
その頃ブルースとミユは、仲良くホラーハウスでドングリの形のクッキー探しをしている。
私はスチュアートに対し、ガス抜きプチざまぁができたと、この日はとってもご機嫌だった。