34話:黒幕がいます!
アル・ビネット。
ビネット子爵家の三男で、王立レーモン・アカデミーにて心理学で教鞭をとっている。その傍ら、独自の理論で筆跡鑑定を行い、筆跡学という分野を確立しつつあるようだった。カンニング濡れ衣事件の翌日、さらにアルについて調べたところ、王都内でごくごく稀に発生する筆跡鑑定に応じているという。
ならばと手紙を書き、鑑定を依頼すると……。
『フォード公爵家から依頼されるなんて、光栄なことです。料金は不要なので、鑑定結果を論文にして発表していいでしょうか!』
大変、前のめりな返事が来た。
これは良きこと。
だが論文で発表!
これはダメだ。
そこで鑑定料を払うので、論文は勘弁して欲しいと頼む。そして学園経由で、カンニングペーパーや該当する生徒のレポート、私やジェラルドの手紙などを、アル宛に送ってもらった。
鑑定には三日かかる。
その間に学園のテスト期間は終了。一日、テスト休みが付与されるが、ブルースだけが登校し、追試を受けた。カンニングペーパーの濡れ衣をかけられ、途中で退席した文学とその後の数学のテストを受けたのだ。
これには本当にブルースが可哀そうでならない。
とにもかくにも三日後に得られた回答は……。
「カンニングペーパーの筆跡と該当する者はなし」――だった。
こうなると犯人が代筆を依頼したのでは?と考えたくなる。だがそこまで範囲を広げる前に、テストの最中、同じ教室にいた生徒。そちらの鑑定を優先させることになった。だが、ブルースのクラスメイトの中にも、カンニングペーパーの筆跡と一致する者はいない。
「他のクラスの生徒に協力を頼んだ可能性? テスト前の忙しい時期に、そんな回りくどいことをしますかな?」
懐疑的な校長を説き伏せ、A組、C組の生徒達の筆跡を鑑定させると……。
とんでもない結果が出たのだ。
その結果を知らせると、さすがのジェラルドも驚く。
「これは……。学園へ私も出向こう。校長に話し合いの場を設けるよう、伝えよう」
こうしてそれから三日後。
学園の会議室に校長、教頭、明るいグレーのセットアップ姿のジェラルド、淡いラベンダー色のドレスを着た私、そして――。
制服姿のコール・デイヴィス、つまりは宰相の次男。その父親であり、宰相であるデイヴィス伯爵とその妻が一堂に会した。デイヴィス伯爵は初夏にも関わらず、黒のローブを着て、まるで蝙蝠のようだ。その妻もまた、黒のドレス。なんだか葬式帰りのように思えてしまう。
「えー。そのですね。本校創設以来の一大事に、我々学園関係者も震撼しております。ただ、筆跡鑑定ですからね。その、信憑せ」
「校長! 今さらそこを問うとは何事か。それはわたしの妻への侮辱か!? 妻が鑑定を依頼したのは、王立レーモン・アカデミーの教授だ。過去に、初代国王のものとされる書簡が発見された際、王家からの依頼で鑑定もされた御仁。その鑑定結果に、信頼性がないなどと、よもや口にするつもりではなかろうな!?」
猛禽類を思わせるジェラルドの鋭い眼光で睨まれた校長は。「ひいっ」と言って「も、申し訳ありません! か、鑑定結果に異論はございません」と即答する。
「まあ、落ち着いてください」
柔和な口調で、宰相でもあるデイヴィス伯爵が話し出す。
デイヴィス伯爵は息子コールと同じ黒髪で、黒い瞳。黒縁の眼鏡には、シルバーの眼鏡チェーンをつけている。見るからにインテリな雰囲気が漂っていた。
「確かにそのカンニングペーパーとされる紙。そちらに書かれている文字は、息子のものです」
あっさりと、デイヴィス伯爵が息子コールの罪を認めた!
「コールに確認したところ、テスト前に、頼まれたそうです。B組のエルデル男爵の令息シルバンに。文学のテストで出そうな作家の情報を欲しいと。コールは学年首位ですからね。そのシルバンくんも息子の頭脳に頼ったようです」
そう言うと、デイヴィス伯爵は、おどけたように肩をすくめる。
「なんだと……」
ジェラルドが歯軋りしたが、その気持ちはよく分かる。
デイヴィス伯爵の筋書きが、分かってしまったからだ。
コールが書いた、テストに出そうな作家の情報を書いた紙。
それをシルバンは、あろうことか、カンニングペーパーに仕立てあげた。そしてブルースの机に置いたと。
シルバンにこの件を問えば、あっさり認めるだろう。
「はい、僕がやりました」と。
でもこれは真実ではない。
シルバンは犯人に仕立てられただけだ。
実行犯はシルバン、指示役はコール、そして黒幕がいるのだ。
その黒幕は間違いない。
第二王子のスチュアートだ。
スチュアートの子飼いであるコール。コールはスチュアートの指示で、ブルースにカンニングの汚名を着せようとした。
王立レーモン学園は、王侯貴族が通う学校であり、名誉を重んじていた。カンニングのような不名誉、下手をすれば退学処分になりかねない。
もしブルースが退学となれば、ジェラルドの名誉にも関わる。公爵家としての名落ちも免れないし、延いてはミユとの婚約にだって影響がでるはずだ。
つまり狙いはブルースとミユの婚約破棄。
スチュアートは自身の手を汚さず、コールも自らが罪に問われない筋書きを用意し、最終的に罰を受けるのはシルバンという舞台が整えられたわけだ。
騎士団長の嫡男であるマークには、剣術大会で不正をさせ、今度は宰相の息子であるコールにまで罪を犯させるなんて! スチュアートはスキー合宿で既に失敗をしている。だから子飼いを使ってこんなあくどいことを……!
しかもシルバンの父親であるエルデル男爵。
彼は最近、事業の失敗で、多額な借金を抱えることになった。これは社交界で噂になっている。これはマダム達のお茶会情報で、収集済みだった。
きっとエルデル男爵に金をちらつかせ、息子のシルバンが罪を被るよう仕向けたのだろう。もしかすると他にも、何か弱みを握られている可能性もある。
「シルバンくんは男爵家の息子ながら、勉強はできるようで。前回のテストでは、学年四位だったとか。そしてその時、三位だったのは、ブルースくん。蹴落としたかったのではないですか。ブルースくんがカンニングをしたとなれば、シルバンくんは学年三位に輝くかもしれませんから」
デイヴィス伯爵の予想を聞いた校長と教頭は、納得顔だ。
なるほど。
ブルースをカンニング犯に仕立てるために、やったことは稚拙だ。
注意を逸らし、丸めたカンニングペーパーを机に置く。
だが、下調べはしっかり済んでいた。
シルバンが絶対に裏切らないよう、用意周到に準備していたわけだ。
コールだけではなく、宰相であるデイヴィス伯爵も、最初から動いていた可能性がある。
騎士団長の嫡男マークの時のように、脳筋一発勝負とはいかない。
校長は、シルバンを退学にするかとジェラルドに問うたが、勿論「ノー」だ。シルバンは悪事に加担しているが、弱みを握られ、従わされているだけ。真の悪党はシルバンではない。
デイヴィス伯爵が口角をあげ、不敵な笑みを浮かべたが、今は負けるが勝ちだ。彼との勝負は、持ち越しだと思っている。
最終的にジェラルドとブルースとも話し、シルバンに対しては、謝罪と一ヵ月の孤児院での奉仕活動で済ませることにした。