32話:奥様、大変です!
「奥様、大変です!」
ブルースは学校へ行き、ジェラルドは日帰りで領地視察に出ている。
女主として、私はヘッドバトラーを連れ、屋敷の点検をしていた。つまり雨漏りはないか、床板で傷んで腐食しているような場所がないか、そう言ったことだ。するとそこにグリーンのドレスを着たモナカが血相を変えて駆けてきた。
モナカが駆けてくるなんて、余程のこと。
ドキリと心臓が反応している。
それでも女主として、落ち着いた声で尋ねた。
「どうしたのかしら、モナカ」
「そ、それが……学園から連絡が来ました。保護者の方は、今すぐ学校へ来て欲しいと……!」
突然の学校からの呼び出し。
自分の前世記憶を思い出すと、学校に保護者が呼び出されるのは……。
子供が怪我をしたり、体調が悪くなったりした場合。生徒同士で喧嘩をしたり、相手に怪我をさせたりした場合。備品を壊したり、近隣住民に迷惑をかけたりした場合。後は……。
とにかく学校からの突然の呼び出し。
それは不穏な知らせのことが多い。
しかも今、学園はテスト期間中だ。
「今すぐ、外出の用意をお願い!」
「かしこまりました!」
こうしてロイヤルパープルのドレスを着た私は、すぐに馬車へ乗り込み、学園へと向かう。何があったのかと不安でならない。馬車から外を見ると、さっきまで晴天だったのに。灰色の雲がもくもくと広がり、これはザッと一雨あるかもしれない。
この国では初夏のこの時期、スコールのような雨が降り、すぐに止むことが多かった。
学園に着くまでの間。
不安な私の心を反映したかのように、暗くなった空から雨が降り注いだ。
「到着しましたね」
同伴したモナカと共に、職員室へ向かう。
今はまだテストが行われている時間。
廊下にも生徒の姿はない。
通常の授業中であれば、校庭で剣術を習う生徒や、ピアノの音が聞こえたりするだろう。だがテストが実施されている最中。無音だった。
「ああ、フォード公爵夫人。お待ちしていました。校長室へご案内します」
教頭からいきなり校長室へ案内されると分かり、余程のことが起きているのでは?と手をぎゅっと握りしめることになる。
「失礼します、校長。フォード公爵夫人が到着しました」
校長室の扉をノックすると同時に教頭が告げると、すぐに「入りたまえ」の返事。教頭が扉を開け、そこでモナカとは別れ、私一人が中へ入った。
校長室は窓を背に、立派な机と椅子が置かれており、その手前にソファセット。右の壁には本棚、左の棚にはトロフィーや盾が並ぶ。そのそばには国旗と学校旗が飾られている。
既に席を立った校長が、ソファに座るように勧め、私はそれに応じた。
てっきりブルースがいると思ったのに、ここにはいない。
「ブルースくんは別室です。体育教師に見張ってもらっています」
校長の言葉に首を傾げることになる。
見張る……?
「単刀直入に申し上げましょう、フォード公爵夫人。今、学園はテスト期間中です。そしてブルースくんは、カンニングをしました」
ブルースとカンニングが頭の中で結びつかず、これまた「はて?」と首を傾げることになる。この校長は何を言っているのかしら?
「いや、我々も驚きましたよ。ブルースくんは剣術大会でも見事な成績を収め、一年次の成績も、実に素晴らしいものです。ですが今回のような不正が発覚すると……。過去の栄光も、すべてまがい物だったのではと、心配になります」
「ちょ、ちょっと待ってください、校長先生! 詳しいお話をお聞かせください」
校長の話を聞くに、ブルースは文学のテスト中、カンニングペーパーを見ようとしているところを、教師に発見されたというのだ。
「丸められたその紙を広げると、著名な作家の名前、代表作とそれが発表された年度などが記載されていました。実際、文学のテストでは、本のタイトルと発表年度を問う問題があったのです。そしてそのカンニングペーパーには、まさにその答えが書かれていたわけですよ」
そんな、うちの子に限って……!
一度、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。ここは冷静に対処しなければ。
「学校サイドの言いたいことは理解しました。ブルース本人に会い、話を聞いていいですか?」
「ええ。別室へご案内しましょう」
案内された部屋は、なんだか懲罰部屋のようだった。窓はあるが、一畳ほどの広さしかない。置かれているのは、椅子二客とテーブルのみ。その細長い部屋は、言い知れぬ圧迫感があった。
「では、手短にお願いしますよ、フォード公爵夫人」
そう言うと、校長は扉を閉める。その後に、ガチャガチャと鍵を閉める音が聞こえ、ため息が出そうになった。それよりも今はブルースだ。
椅子に背筋をピンと伸ばして座るブルースに、対面の椅子に座りながら尋ねる。
「お母様に、何があったのか、聞かせてくれる、ブルース?」
「勿論です」
凛としたブルースは、その時の状況を静かに話し出した。
「つまり問題を解いていると、何かが頭に当たった気がした。そして一瞬、後ろを振り返ったのね。そして視線を机に戻すと、そこには丸められたカンニングペーパーがあった」
「はい。驚いたところで教師に声をかけられ、そのカンニングペーパーという紙は、没収されました」
どう考えてもこれは、ブルースへの嫌がらせだと思えた。犯人は複数いる。
前世でも授業中に、ふざけて消しゴムを投げる子供はいた。似たような手口でブルースの注意を引き、周辺の席の生徒がカンニングペーパーを机に置いたのだろう。
「ブルースは今の話、校長先生たちに話したの?」
「話しましたよ。でも『みんなカンニングから言い逃れるために、似たような嘘をつく。君が本当に賢いなら、もっとましな嘘をつけないのかね』と言われました」
あの校長、クビにできないかしら?
「でもお母様、安心してください。僕は無実を証明できます」
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