31話:見目麗しき幼なじみです!
剣術大会のフィナーレは、まさに完璧だった。
利き手を負傷しながらも、見事最後に勝利を決めたブルース。
栄えあるタンザナイトのペンダントを手に入れ、それをミユに捧げたブルースは……。
ああ、あれはブルースとミユのファーストキスよ。
もう映画のワンシーンを見ているようで、感動してしまった。
ということで私は胸をキュンキュンさせていたが、ジェラルドはウズウズしていた。
「あれだけの真剣勝負を見せられると、わたしも本気で強い相手と剣を交えたくなった」
そんなことをジェラルドが言い出したのだ。
そこで私は幼なじみのリック・エド・ピアースのことを思い出す。
リックは現在、近衛騎士団の団長をしている。
彼の父親も、かつて近衛騎士団で団長していた。しかし先代国王の暗殺未遂事件で、国王を庇い、怪我を負ってしまった。今は騎士養成学校で教鞭をとっている。
そんな父親から剣術を習ったリックの腕は、実に素晴らしいもの。彼ならジェラルドを唸らせる練習相手になると思った。そこでジェラルドにリックのことを話してみた。
「リック・エド・ピアース……。勿論、知っている。近衛騎士団の団長だ。だが彼は常に陛下を守り、そのそばに潜んでいると聞く。よってその姿を見たことがある者は少ない。それにわたしの練習相手をする時間など、あるのか?」
「そうよね。忙しすぎて、私達の結婚式にも参列できなかったのよ。でもさすがにワーカホリック過ぎると、国王陛下から週に一度は休みを取るように言われたそうなの。でもその休みの日も、剣術の練習をしているらしくて……。そんな状態だから、今も未婚なのよ。それはいいとして、どうかしら、ジェラルド。リック相手に剣の手合わせ、してみます?」
現役の近衛騎士団の団長。騎士団長が剣豪なら、リックは剣聖と表されている。手合わせの相手として、申し分ないはずだ。
「光栄なことだ、キャサリン。ぜひリックを我が家へ招待して欲しい」
こうしてキャサリンの幼なじみのリックが、フォード公爵邸へやって来た。
「やあ、キャサリン! 久しぶりだ!」
「リックこそ、元気にしていた?」
久々に再会したリックは、変わらず見目麗しい。
今日は白のセットアップ姿で、眩しい程、輝いて見える。
剣聖と言われたら、いかつい体躯のマッチョマンを想像しそうだが、リックは違う。
長身細身で銀髪の長髪。紺碧の瞳で、貴公子のような姿なのだ。
つまり宮殿や王宮にいても、一見すると騎士とは思えない。ゆえに近衛騎士だとは、まさか近衛騎士団の団長とは思わず、敵も油断する。
影で陛下を守る――まさにリックに相応しい役目だった。
ちなみに着やせしているだけで、その全身はほぼ筋肉でできていると思う。
「……久しぶりに会ったけど、キャサリンはますます綺麗になったね」
リックが自然な動作で、ライラック色のドレスを着た私に顎クイをする。
本来ここでドキッとしてもいいのだろうが、リックのよちよち歩きの頃から知っているキャサリンは、動じることがない。
だが……。
ゴゴゴゴゴと熱く燃えるような炎を感じた。
ハッとして振り返ると、濃紺のスーツ姿のジェラルドが、クールに微笑んでいる。
でもその背後に灼熱の炎を感じた。
「リック近衛騎士団長。わたしの妻とは随分、仲が良いようで。いまだ愛称で呼び合う仲とは……! そんな君と会えて、わたしも嬉しく思うよ」
「こちらこそ。キャシーの最愛であるフォード公爵に会え、大変光栄です」
ジェラルドとリックの間に、火花が散っているように見えるのは……気のせいかしら?
◇
公爵邸にある剣の練習場に移動すると、着替えを終えた二人が姿を現した。
ジェラルドとリックは白シャツに黒のズボン、装備は革製の胴鎧と籠手、そして脛当てで、使うのは模擬剣。
二人はまず、体を慣らし、そしてついに手合わせとなった。
「こういう手合わせを近衛騎士団でする時は、賭けをするんですよ、フォード公爵」
「……ほう。賭け。例えばそれはどんな賭けを?」
「まあ、負けた方が今日の酒を奢るとか、他愛のないものですよ」
そう言ってリックは秀麗な笑みを浮かべる。
「どうですか、公爵。こんな手合わせをする機会、そうはありませんから。賭けませんか?」
「いいだろう。……何を賭けるつもりだ?」
「そうですね……。公爵には本気を出していただきたいので……」
そこでリックが紺碧の瞳で、流し目を私に送って来た。
多くの令嬢マダムを腰砕けにしそうな流し目だが、私は耐性がついているので、受け流す。
「ではわたしが勝ったら、キャシーとデートさせていただくのでいかがですか?」
「何……?」
ジェラルドの碧眼が鋭く光る。
「公爵、そんな怖い顔をなさらないでください。あなたは相当な剣術の腕だと聞いています。勝てばいいだけの話なのですから」
リックは肩をすくめてジェラルドを見る。
この様子を見た私は「も~、リック!」とため息だ。
剣で勝負を挑まれると、リックは相手の全力を求める。
なぜなら遊び半分で剣を交えると、相手が怪我をするからだ。
つまりリックとの手合わせは、練習では済まない。
たとえそれが模擬剣であっても。
リックなら相手を、完全戦闘不能まで、追い込むことができてしまうのだ。
そうならないように。
剣を交える相手には、本気になってもらう必要がある。
そのため、相手のウィークポイントを賭けの対象にするのだ。
おかげでジェラルドは、完全に本気モードになっている。
「よかろう。君には負ける気がしないからな」
そう応じたジェラルドは、猛禽類のような鋭い眼光を放っている。
「……いい目ですね、公爵。では始めましょうか」
正直。
私は剣に関してはド素人だ。
それでもジェラルドとリックの手合わせが、とんでもないものであることは、すぐに分かった。見守っていた騎士達は、遊び気分だったと思う、最初は。でも即座にその表情は、真剣そのものに代わる。皆、息を呑んで二人の対戦を見つめることになった。
決着はなかなかつかず、でも――。
「フォード公爵。あなたが近衛騎士団にいないことが、残念でならないです。今からでも騎士へ路線変更しませんか」
リックにそう言わしめる形で終わった。
まさか現役の近衛騎士団の団長を負かすなんて!
私のジェラルドは流石だわ。
「当然の結果だ。あんな優男とキャサリンを、デートさせるわけにいかない」
「ジェラルド、あれはリックの冗談よ。彼はいつも」
「キャサリン! ベッドでリックの名を出すことは、禁ずる!」
リックが帰った後は、ジェラルドからのとんでもない溺愛が待っていた。