29話:剣術大会です!
剣術大会の前日。
ブルースは過度な練習は控え、適度に体を動かし、休息をとることにした。
さすがに宿題も出ていない。
ブルースはこの日、早めにベッドで休んだ。
翌朝もジェラルド相手に軽い練習を終えたブルースは、朝食をしっかりとり、私達より一足先に競技場へと向かった。私とジェラルドも身支度を整え、剣術大会が行われる競技場へ向かう準備をする。
剣術大会は午前中に、演舞部門、お昼休憩を挟み、午後は実戦部門となっていた。
演舞部門は、突く、斬る、打つの三つの剣の基本の動きを音楽にあわせ、リズミカルに披露する。各十分ずつで、三回に分けて行う。校長の挨拶や生徒代表の宣誓などもあるため、午前中は意外と忙しい。
「よし。出発しようか、キャサリン」
今日のジェラルドは剣術大会を意識したのか、濃紺のセットアップに、スカイグレーのマントをあわせていた。マントとその装飾品だけで、そこはかとなく騎士の雰囲気があり、実に素敵。一方の私は、ライラック色のドレスだ。
馬車にジェラルドと共に乗り込むと、ゆっくり動き出す。
窓から外を眺めると、五月晴れの空からは、眩しい程の陽射しが降り注いでいる。
つい先日まで、アーモンドの花が桜のように咲いていたのに。
今、目に映るのは青々とした木々だ。
「キャサリンは、競技場には何度か行ったことがあるか?」
「ええ、ありますよ。ジェラルドは?」
「わたしも学生の頃は、剣術大会に出場したからな」
「そうなんですね。実戦部門ですか?」
ジェラルドの過去の学生時代の話、特に剣術大会について聞くのは、初めてのことだった。ジェラルドはブルースと同じ王立レーモン学園に通っていたが、キャサリンは女学校に在籍していた。学生時代に婚約しているが、週に一回、お茶をするので会うぐらいだったから……。剣術大会のことは聞いていなかったのだ。
「タンザナイトのペンダントを頂いた記憶はないです。ということは、ジェラルドは……」
「優勝はできなかった。その年の剣術大会で優勝したのは、トニー・グレンジャーだ」
グレンジャーって……。あっ!
「騎士団長……! それは……相手が悪かったと思います! それにタンザナイトのペンダントがなくても、私達はこんなにラブラブじゃないですか。問題ありません」
ジェラルドはフッと笑みを口元に浮かべ、隣に座る私を抱き寄せる。
「そうだな。それに今年。ブルースが騎士団長の息子に勝つかもしれないからな」
「そうですよ。ブルースがきっと頑張ってくれます!」
こうして競技場に到着。
階段状に設置されている観覧席に腰を下ろし、開始を待つことになった。
◇
午前中の演舞部門は、観覧している多くの父兄の子供たちが出場していた。ゆえに披露後の拍手は大いに盛り上がる。宰相の次男コールが、必死に型を決める姿も見ることになった。
昼食休憩はたっぷり二時間あり、競技場のレストランで、ブルースとミユ、そしてロイター男爵夫妻と共にとることができた。ミユが「ブルース、頑張って欲しいけど、怪我だけはしないで。それにペンダントがなくても、私はブルースのことが大好きだから!」と伝える姿を見て、気持ちがほっこり和む。
だが和んだのも束の間のこと。
「では、お父様、お母様。行ってまいります」
ブルースは白シャツに革製の胴鎧と籠手、そして黒のズボンには脛当てという装備で、控え室へ向かった。今回使うのは模擬剣であり、真剣ではない。よって軽装備で挑むことになる。
ドキドキしながら、観覧席で、実戦部門を見守ることになった。
学生ではあるが、その体はほぼ大人に近い。
よって実戦部門で戦う男子生徒は、素人の私からすると、騎士のようにしか見えなかった。
一方のジェラルドは「あれは踏み込みが甘い」「いい突きだ!」「体格差に怖気づいている」と的確な分析をしている。そしてトーナメント方式で進んでいくのだけど……。
「さすがだな。騎士団長の嫡男マークは。動きが速い。そして無駄がない」
「スチュアート殿下はどうですか?」
「うん……。素人の域は出ないかな。対戦相手は明らかに忖度をして負けている……ように思えてしまう」
やはり王族相手だとそうなるのね……。このままマークVSスチュアートで、殿下が優勝?
「ブルースは絶好調だ。あれならマークと互角に戦えるだろう」
そうよ! ブルースがいる。
「そして……キャサリン。トーナメント表を見て見ろ。次はマークとブルースだ」
ジェラルドの言葉にビックリ。さらに。
「マークとブルースの対戦、勝者が……殿下と対戦。それが最終戦だ」
なんだか仕組まれたかのような組み合わせに思えてしまう。
だが、マークとブルースの試合は始まっている。
ジェラルドが言う通り、マークは身長もブルースより高く、体格もいい。どうしてもマークが主導で動く状態が続いている。
「おかしいな。マークはその身長をアドバンテージに、リーチを生かし、距離をとった戦いの方が有利なはずだ。だがブルースが近接戦に持ち込むのを、良しとしている……」
そこでジェラルドが息を呑む。
「キャサリン、気づいたか?」
「え、何ですか!?」
「マークは……ブルースの右腕を潰そうとしている」
近接戦に持ち込み、ブルースが斬り込んできた時、マークはそれを受け流す。
だがその刹那、剣でブルースの腕や手首を狙い、打つ攻撃を繰り返しているというのだ。
そうすることで剣を持つブルースの手にダメージを与える。
最終的にブルースが剣を持てない状態にして、敗北させるつもりなのではないか。
そう、ジェラルドは言うのだ。
「しかもマークは敢えて隙を見せ、ブルースにそこを狙わせている。だがその位置を狙うには、ブルースは自身の手首に無理な動きを強いることになる。そうやってブルースの手を……」
そこでジェラルドはこんな恐ろしい推測を口にする。
「もしかすると殿下は、マークにこう命じたのかもしれない。『お前が負けようとも、ブルースが剣を持てないようにしろ』と。ブルースの剣術の腕を、殿下は理解している。万一、マークが負け、殿下とブルースが対戦となった時。殿下が勝てるよう、ブルースの右腕を潰そうと考えたのでは?」
その時だった。
さすがにブルースも、マークが執拗に右腕を狙っていると気が付いた。
斬り込むと見せかけ、マークがバランスを少し崩したところを、ブルースは見逃さなかった。マークが剣を持つ腕に、ブルースは自身の剣を打ち下ろす。マークが前のめりになったところで、ブルースが足払いをした結果。マークは地面に倒れ込むようになり、剣を突き立て、体を支えようとした。
「負けだ、マーク」
マークの首元に、ブルースの剣先が向けられていた。