【小話】27話:公爵様の秘め事です!
「!」
馬車の窓越しに、鼻が赤らんだ男性が突然現れ、悲鳴をあげそうになった。男の手には洋酒の瓶。まだ夜はこれからなのに、酔っ払いだ。御者にすぐ、排除を命じる。
慌ててジェラルドのいた方を見ると。
「Oh my goodness!」
真紅のドレスを着た女性と、ジェラルドが腕を組んで歩いているではないですか……。
頭の中が真っ白になり、気づくと、部屋に戻っていた。
しかもちゃんと白の寝間着に着替えている。
ベッド横のサイドテーブルを見ると、空のティーカップ。
既にナイトティーまで終えていたようだ。
茫然としている間に、北地区から屋敷に戻り、着替えて入浴まで終えていた。
恐ろしいことに、その間の記憶は……ない。
ジェラルドが夜、外出した場合。
帰宅して、寝室へ来るのを待っていた。
彼が戻るのを待つ時間は、甘く切ないものだった。
部屋にひょっこり現れた彼に抱きつく時の幸福感と言ったら……。
もう、いいわ。
ジェラルドなんて知らない。
ベッドに横になったが。
眠れるわけがなかった。
「ジェラルドなんて知らない」と宣言しても、頭の中では彼のことでいっぱいだった。
コン、コン、コン。
ノックの音に心臓が飛び上がる。
いつもなら扉へ駆け寄るのに。
無視をすると、再度ノックがあり、そして――。
「キャサリン」
低音で深みのある甘い声に、全身が痺れそうになっている。
「うん……キャサリン、今日は寝てしまったのか?」
ジェラルドの甘い声が耳のそばで聞こえ、息が首筋にかかる。
ゾクッとして声が出そうだった。
「……寝てしまったのか。残念だ」
ジェラルドが優しく私の髪を撫でている。
私はそれが気持ちよくあり、悲しくもあり、心は千々に乱れるばかり。
カチッ。
置時計は夜間、「ボーン、ボーン」と鳴らない設定にしていた。
だが時針が刻まれた瞬間に「カチッ」という音が鳴る。
「ハッピーバースデー、キャサリン」
日付をまたいだまさにその時。
ジェラルドが私の額に「チュッ」とキスをする。
さらにガサガサと音がして、枕元に紙袋が置かれた。
ジェラルドが寝室から出て行こうとしていることに気が付いた私は、ガバッと起き上がり「ジェラルド!」と最愛の名を呼んでいる。
「キャサリン……! 起こしてしまったか?」
暖炉のそばのランプだけを、つけたままにしていた。
薄明かりに照らされた、整ったジェラルドの顔を見ると……。
ぶわっと涙が溢れてしまう。
驚いたジェラルドが駆け寄り、私を抱きしめ「どうした?」と尋ねる。私はまるで子供のように泣きながら、「北地区にある娼婦街でジェラルドを見た」と話すと、彼は驚く。
「公爵夫人が夜の北地区に護衛もつけずに出かけるなんて! ダメだ、キャサリン。そんな危険なこと」
「でも、でも、ジェラルドだって」
「ああ、そうだな。……すまなかった。君へのバースディープレゼント、少し刺激的なものを用意したんだ」
そう言ってジェラルドは、枕元に置いた紙袋を私に示す。
私はその紙袋の中を見て、三度驚くことになる。
この世界で香水はとても高級品。
ローズ・ロワイヤルは王室御用達の名品で、他の香水の三倍もの値が張るもの。その香水と、パカッと開く小箱には大粒のダイヤのブローチ。さらに……。
「これは……」
それは大人なデザインのランジェリー。
娼婦街の近くには、こういうランジェリーの専門店が沢山あった。シルクや宝石も使われており、何気にお値段も高い。しかもオーダーメイド!
つまり。
ジェラルドはこのランジェリーを買うために、北地区へ足を運んでいた。夜に出向いたのは、さすがに人目を気にしてのこと。自身の従者にお使いさせなかったのは……。
「このランジェリーを身に着けたキャサリンを、従者が想像してしまうだろう。そんなことさせるわけにはいかない! このランジェリーを身に着けたキャサリンを見ることができるのは、わたしだけだ」
こうしてジェラルドは一人、お忍びでお店へ向かった。
一度目は注文のため。二度目は受け取りのため。
ちなみに別日で香水と宝石を購入していた。
これが今月三度の夜の外出の理由だった。
ランジェリーショップについては、他の客と顔を合わせたくないと思ったので、閉店後での来店。店員は裏口へジェラルドを案内するため、彼を迎えに行った。そして……ジェラルドがイイ男だったからだろう。冗談を言いながら、店員の女性は彼と腕を組んだというのが真相だった!
「キャサリンがいるのに、娼館など行くわけがないだろう? 全く、オーコシ男爵夫人も余計な噂を流して……。オーコシ男爵にガツンと言っておくから。デマを信じる必要はない」
その後のジェラルドと私は……。
私はあのランジェリーを身に着けたのか。
はたまたかのマリリン・モンローのように、香水だけをまとうことになったのか。
それとも……??
それは皆様の想像にお任せする。
お読みいただき、ありがとうございます!
今回、小話でしたが、続編もがんばろうかな。
読んでいただけますか? ドキドキ。