【小話】26話:公爵様、それはダメです!
沢山の応援と誤字脱字報告もいただき
読者様への感謝の気持ちが昂って
ものすごい勢いで2話を書き下ろしました。
ありがとうございますの気持ちと共に贈ります!
「まあ、おほほほ」
「おほほほ」
公爵夫人である私の役目の一つ。
それは社交。
定期的にお茶会を開き、そこにマダムの皆様をご招待する。
そこでは皆、優雅に笑い、スイーツを口に運び、紅茶を飲み、そして――。
「……ところでフォード公爵夫人。先日、オーコシ男爵夫人のお茶会に顔を出しましたの」
オーコシ男爵夫人。
下世話な噂話をばらまくことで有名な男爵夫人で、社交界では煙たがられている。ただ多くのゴシップネタが、彼女の所に集まる。よって情報収集のためだけに、彼女のお茶会に足を運ぶマダムもいた。
その一人が今、私に話しかけているユズ伯爵夫人だ。
ホワイトブロンドにグリーンの瞳、色白でスリム。若草色のドレスがよく似合っている。
キャサリンとは学生時代からの付き合いであり、ブルースの社交界デビューの舞踏会の時、アリバイ工作に付き合ってくれたマダムでもある。
アザレ色のドレスを着た私は、フランボワーズのマカロンを手に、ユズ伯爵夫人に尋ねる。
「オーコシ男爵夫人のお茶会。今回はどんなお話が飛び交ったのかしら? またどこそこ伯爵の不倫や、子爵夫人の浮気ネタかしら?」
お茶会での、週刊誌で賑わいそうなネタの収集。これも社交の一つというのだから、最初は驚きだった。でもこういうネタを元に、ライバルを追いやったり、取り入ったり。時に政治にまで影響を及ぼすのだから、興味なしでスルーはできない。
ということでスキー合宿から戻り、年が明けてしばらく経ったこの日。私はお茶会を開催し、歓談しながら情報収集に励んでいた。
「それが……オーコシ男爵夫人の話は、ガセネタも多いでしょう。ですからわたくしは信じていません。ですが……北地区にある娼婦街。そこでフォード公爵を見かけたって言うんですの。『まさか、そんなわけがないでしょう。見間違いですわよ』とすぐ否定しておきましたわ」
「娼婦街でフォード公爵を見た?」
ユズ伯爵夫人の言葉を反芻し、思考回路が停止する。
>>>>> 娼婦街でフォード公爵を見た? <<<<<
両手をテーブルにバンとつき、立ち上がりそうになっていた。
でもその気持ちをグッと呑み込み、私は優雅に微笑む。
「ジェラルドが、オーコシ男爵夫人のお茶会の話題に出るなんて! 本人が聞いたら爆笑ですわ。『わたしのドッペルゲンガーでも見かけたのかね』って」
「そうですわよね、フォード公爵夫人」
「ホント、ひどいガセネタですわ」
そして皆で、「おほほほ」と優雅に笑う。
午後のマダム達の笑い声が、ティールームに響き渡った。
◇
「キャサリン。すまないが、今晩も商会のメンバーと外でディナーになる。遅くならないようにするから」
公爵様……ジェラルドがそう言って屋敷を空けるのは、今月に入り、今日で三度目だった。
「お母様、どうされたのですか?」
夕食の席で、私の手が止まっているので、ブルースが心配そうにこちらを見ている。
プラチナブロンドで碧い瞳のブルースは、本当に心優しく、素敵な令息に育った。ブルースがいて、私がいる。それなのにジェラルドは娼館へ……足を運んでいるというの……?
「……ブルース。ごめんなさい。お母様はちょっと食欲がないから、先に休ませてもらうわ。ブルースはテストが近いのよね。後でモナカに夜食を運ばせるから。睡眠不足にならない程度に頑張るのよ。睡眠は記憶の定着に重要だから、疎かにしてはダメよ」
「はい、お母様。……僕のことより、お母様の方が心配なのですが」
ジェラルド似の碧眼を向けられると、胸にグッとくるものがある。
「ありがとう、ブルース。でもお母様は大丈夫よ」
そう言って夕食の席を途中で立った私は。
すぐにモナカに指示を出す。
「街の女性達が着ているようなワンピース、変装用に用意したものがあったわよね? それを出して頂戴。後はダークグレーのフードが付いたロングケープも。ヒールのないパンプスも揃えて。馬丁に馬車を準備するように、言って頂戴」
手早くくすんだブルーのワンピースに着替え、ロングケープを羽織る。フードを被った私は馬車に乗り込む。モナカはいつもの私の隠密行動と心得て、屋敷の部屋に私がいるよう、アリバイ工作をしてくれる。そして私は北地区にある娼婦街へと向かった。
北地区にある娼婦街。
そこは前世で言うなら、新宿の歌舞伎町のようなけばけばしさがある。そして派手で露出の多いドレスを着た娼婦が、立ち並んでいた。
少し離れた場所に馬車を止め、娼婦街の辺りの様子を窺う。
調べたところ、娼婦街が動き出すのは丁度、今の時間からだ。よって娼館へ向かうなら、ここから見張っていれば、見逃すはずがなかった。
見逃すはずがない……。
もしそこで本当にジェラルドを見かけたら、どうしたらいいのかしら?
彼の溺愛は続いているし、彼は私で満足してくれていると思っていた。
でもジェラルドは年齢より体力もある。仕事もでき、アグレッシブでパッションもあった。足りないのだろうか。私では。
そこで息を呑む。
見間違えるはずがなかった。
夜でも街灯を受け、輝くようなホワイトブロンド。
着やせしているが、しっかり筋肉がついた長身の体躯。
細身の黒の毛皮のコートがこんなにも似合う男性は、この世界に彼しかいないと思う。
ジェラルド、どうして……!