24話:これが真実です!
「フォード公爵夫人。殿下はまだ学生です。そして明日はスキーの訓練もある。手短に頼みますよ」
ロッジのロビーに集合したのは、王立レーモン学園の校長、引率の教師のうちの二名、ジェラルド、ブルース、ミユ、スチュアート、宰相の次男、騎士団長の嫡男そして私。暖炉のそばのソファに、円陣を描くようにして着席している。
スチュアートの護衛騎士は当然いるが、彼らは離れた場所で起立して見守っている。
ミユは発見時のシュガーピンクのロングケープを寝間着の上に羽織り、心配そうにブルースを見る。同じく寝間着の上に紺色のダッフルコートを着たブルースは「大丈夫」とミユに目で合図を送った。
「校長先生、手短に済ませるつもりです。ただ、レーモン国の伝統に則り、宣誓だけはさせていただけないでしょうか」
黒のガウン姿の校長は、ブルースが違反をしたと思っている。よって母親である私には冷たい視線を向けている。そしてやや横柄にも思える表情で応じた。
「よろしいでしょう。それはこの国の伝統ですから」
当たり前のように、ロッジの部屋にも用意されている、主の教えが書かれた本。このロビーにも当然、用意されている。ブラウンのガウンを着た教師が、本を暖炉のそばの飾り棚から取ると、私に渡してくれる。受け取ると表紙に手を乗せ、宣誓を行う。
「私、キャサリン・リズ・フォードは、この場で真実のみを述べることを、誓います。主に従い、真実のみを証言し、偽らないことを誓います」
順番に宣誓が行われた。
この宣誓は、される場所が裁判所ではなくても。
とても大きな意味を持つ。
偽れば、それは主に反することになる。
法廷ではないので、嘘をついたところで法的に即裁かれるわけではない。
だが宣誓しているのに、偽ったという事実が、当事者の心に重い楔となる。
それはじわじわと心の重荷となり、主を裏切った自分への、自己嫌悪につながった。
その顔から笑顔は消えて行く。
つまり心的に自らダメージを負うことになり、以後心から笑うことができない状況に陥るというわけだ。
これは真綿で首を絞められるような、じわじわとした苦しみをもたらす。
そして限界になった時、人は懺悔と告解の道を選ぶ。
「皆様、宣誓をありがとうございます。手短に済ませます。スチュアート・コール・レーモン殿下。ブルースを助けてくださり、ありがとうございます。お疲れではないですか?」
「疲れていますよ。ですからなるべく早く、済ませていただきたいです」
「そうですよね。申し訳ございません。……殿下はブルースを救出した際、チョコレートを召し上がりましたか?」
事情を知るジェラルド以外が、「?」を浮かべている。ブルースとミユ以外の参加者が、呆れた表情へ変わった。
「……フォード公爵夫人。わたしはブルースを助けることに必死です。チョコレートなど食べる暇はありません。それともわたしの唇に、チョコレートがついていましたか?」
スチュアートが整った顔に、やや皮肉な表情を浮かべる。
「大変失礼しました。ではナッツですかね。それともドライフルーツ?」
白の寝間着の上に紺色のガウンを着たスチュアートは、盛大なため息をつき、少しイラッとした表情で答える。
「……フォード公爵夫人! ブルース救出で動いていた時、食べ物は一切食べていませんよ。わたしは真剣に救助活動をしていたのですから」
「そうですよね。殿下は森の入口までわざわざ出向き、ブルースを助けようとされた。食べ物など食べている場合ではなかったですよね。休憩なんて、できませんよね」
何を今さら聞いているのだという表情になったスチュアートだが、ミユの視線を感じたようで、柔和な微笑を浮かべる。
「その通りです。わたしは雪がちらつく中、ブルースの後を追い、森の入口まで行ったのです。気温も低いですから、早くブルースを助けないといけない。そう思い、必死でしたよ。休憩なんて悠長なこと、している暇はありません」
「しかもお一人でしたものね」
「ええ、そうですよ。一人だったので、とても大変でした」
そこで私は何度も「そうですよね、大変でしたよね」と頷き、ジェラルドを見る。
「フォード公爵は、過去に騎士団の演習にも参加されています。雪山訓練についても、学ばれたのですよね?」
自分の夫にこんな真面目に質問をするのは、なんだかくすぐったい。
でも今は正念場。
気持ちをぐっと引き締める。
「ええ。あくまで座学ですが」
「雪山での訓練は、平時の訓練と何が違うと習いましたか?」
問われたジェラルドは、自身の長い脚を組み、そしておもむろに口を開く。
「まず、雪山である時点で、標高があり、気温は低い。そのため、ただそこにいるだけで、体力が奪われると聞きました。さらに馬などを使わず、自らの足で歩く。しかも重量のある装備を持っている。そうなるとだいたい十五分おきでの休憩が必要になると習いました」
「そうなのですね。休憩。荷物を置き、腰かけて休憩ですか?」
「基本的にはそう言った休憩ですが、それだけではありません。教官から習ったのは、持参しているナッツやドライフルーツ、チョコレートなどを、休憩の度に口にするという休憩です。そうしないと雪山での移動では、体力が持ちません」
暖炉の薪からバチッと大きな音がして、スチュアートの顔から表情が奪われる。
「雪山でチョコレートを食べるなんて、悠長ですね?」
「悠長などではありません。命に関わることです」
ジェラルドは真剣そのものの表情で答えた。そこで私は謝罪を口にする。
「失礼しました。では休憩をとらず、強行して進むことはできますか?」
ロビーの照明は抑えめになっている。
スチュワートの顔は、半分が暖炉の炎に照らされ、もう半分には黒い影ができていた。
「さあ、どうでしょうか。ですが65キロ程度の荷物を持ち、休憩なしで進めば、まず途中で荷物を放棄でしょう。それでも無理をして進んでも……動けなくなると思いますね。これは経験がないことなので、推論でしか語ることができません。具体的に知りたければ、騎士団の教官を紹介しますが」
ちなみにブルースの体重が65キロだった。
お読みいただきありがとうございます!
ジェラルドが言っている通りで、雪山では「行動食」をとることが推奨されています。
軽く、持ち運びがしやすく、高カロリーであることから
現代でもナッツは行動食としておすすめなんだそうですよ☆彡