20話:事件です!
温かい泉の湯……温泉から出て、館内着を着てロビーに向かうと、なんだか騒がしい。
ロッジのスタッフもウロウロしているので、どうしたのかと尋ねると……。
「王都からいらした学生の皆様が、本日からご宿泊しています。その生徒さんのうち、三名の方が行方不明らしく……」
これはビックリ! その三名が誰であるかは、ただ同じロッジに泊まっているだけでは、さすがに教えてもらえない。するとジェラルドは、オールバックにしていた髪を元に戻した。入浴を終え、今日はもう休むつもりだったので、変装用の顎鬚はつけていない。
白のチュニックにスモークブルーのズボンという、館内着のジェラルドだったが。
多分、これは生まれ持ったオーラ、とでもいうのかしら?
背筋をピンと伸ばし、眼光を鋭く、キリッとした表情になることで、存在感が増した。
さらにどう見てもそれは公爵様だ。
ジェラルドは、ロッジのスタッフに館内案内図が書かれた紙を見せてもらっている教師に声をかけた。
「なっ、こ、公爵様……いえ、理事長! 今回のスキー合宿、同行されていたのですか!?」
「そうだ。……聞いていないのか?」
ジェラルドが眉をくいっとあげると「自分が聞き漏らしていたようです」と教師は背筋を伸ばす。
聞き漏らしも何も、同行なんてしていない。だが完全に堂々としたジェラルドの態度に、教師は畏怖状態。
「この騒ぎは一体、どうしたというのだね?」
「そ、それがですね。実は……」
教師の話を聞いて驚くことになる。なぜならロッジから第二王子のスチュアート、ブルース、ミユの姿が消えたと言うのだ。
夕食を食堂でとった時、この三人がいたことは確認できている。その後、生徒達は大浴場で、順番に入浴となった。ただし、防犯上の理由からスチュアートを除いて。
ところが大浴場に、ブルースとミユが現れなかったのだ。スチュアートの姿がないことは、同行している近衛騎士から報告が上がった。
「スチュアート第二王子とロイター男爵令嬢は、チームが同じなのです。勿論、部屋は違いますが。同じチームの二人が、スキーの練習のため、外へ出たのか……」
「観光客は、ナイトスキーをしている。だが生徒は違うだろう?」
教師の弁明にジェラルドがツッコミを入れる。
「そうですよね……」と、教師は腕組みをして考え込む。
「仮に第二王子と男爵令嬢が二人でどこかに出掛けたなら、わたしの息子は?」
これには教師は「うーん」とさらに考え込んでしまう。
「さっきロッジの館内図を見ていたが、探していないエリアは? わたしと妻も探そう」
こうして私とジェラルドも、三人を探すことになる。
一体三人は、どこへ行ってしまったのか。
事件や事故に巻き込まれていないといいのだけど……。
彼らの身の安全が気にかかる一方で、お年頃であるため、不安になることもある。
ブルースが越えてはいけない一線の約束を破り、ミユのことを人気のない場所にでも誘っていたら……。だが二人で消えたとは限らない。第二王子のスチュアートも一緒であるならば、その線は消える。それでもブルースとミユが婚約していることを考えると、スチュアートとは別行動に思えてしまう。
「キャサリン。ブルースは己の欲求をコントロールできる。獣のように我慢ができなくなり、ミユと共に姿を消すなんて、するはずがない」
ジェラルドの言葉に励まされ、捜索を続ける。
娯楽室やライブラリルームを探していると、ロビーの方が騒がしい。
もしや誰か発見されたのかしら!?
ジェラルドと二人、急ぎロビーに行き、驚愕する。
王冠の代わりのように、頭にこんもりと雪を載せた第二王子スチュアートが、誰かをお姫様抱っこしていた。
と思ったら!
あ、あれはブルースでは!?
さすがのジェラルドも驚愕している。
スチュアートは、シルバーブロンドでサファイアのような瞳。
高身長であり、いわゆるイケメンの彼が、お姫様抱っこをするなら、ヒロイン……ミユでしょう!
どうしてブルースを抱きかかえて登場するの!?
絵面がおかしなことに、なっているんですがー!?
驚愕し、私は動けない。だが宰相の次男、騎士団長の嫡男が、スチュアートに駆け寄った。そして彼の着ているチャコールグレーのコートのあちこちについている雪を払った。どうやら雪が降りだしたようだ。
親切な宰相の次男、騎士団長の嫡男は、ブルースの顔や髪に積もった雪も払ってくれている。そこで我に返り、ジェラルドと二人、スチュアートに駆け寄ることになった。
◇
スチュアートがブルースを、お姫様抱っこするに至った経緯をこう語った。
「食堂で夕食を終え、自室に戻りました。暖炉はついていますが、廊下を歩いていた時、寒さを感じたのです。もしや雪が降り始めたのでは? そう思い、わたしはカーテンを開け、窓から外を見ました。わたしの部屋は二階です。見下ろすと、ランタンを手に、ブルースがロッジから出て行くのが見えました。雪は降っていませんが、もしかするとこれから降り出すかもしれません。心配だったので、彼の後を追うことにしました。するとブルースが、森の入口付近で倒れているのを発見したのです」
これは衝撃。なぜブルースは一人、夜の森へ向かおうとしたのか。
でもこれはすぐに解決する。スチュアートの指摘により。
「森の中を進むと、小屋があると聞いています。森の中で何かあった時、避難できるように設けられた山小屋だと聞きました。暖炉やベッド、備蓄食料などもあると。もしかしたらブルースはそこへ、行こうとしたのではないでしょうか」
森の中に建物はそれくらいで、後はそのまま道をひたすら進めば山頂だが、そこまでは一時間近くかかる。夜に一人で向かう可能性は低かった。
それらを踏まえ、スチュアートは、ロビーに駆け付けた校長に囁いた。
「もしかするとブルースは、その山小屋で婚約者と待ち合わせをしたのでは? 二人きりになれますし、ベッドもありますから」
このぼかした言い方ひとつだった。
だがきっと校長は、疑い始めたと思う。
ブルースとミユが一線を越えるため、こっそり山小屋へ向かったと。