19話:温泉は最高です!
「お父様、お母様、行ってまいります!」
制服の上に、紺色のダッフルコート。
マフラーと手袋をつけ、スキー道具一式を馬車に積んだブルースを、笑顔で見送ったジェラルドと私は。
馬車がエントランスから見えなくなると、大急ぎでそれぞれの部屋に戻る。
すぐさまウールのロイヤルパープルのドレスに着替え、黒の毛皮のついたフード付きロングケープを羽織る。耳当てと手袋をつけると、従者にトランクを持たせ、エントランスへとんぼ返り。既にジェラルドもそこにいて、シルクハットに厚手のグレーのロングコート、足元は黒革のロングブーツだ。
エントランスに馬車が入って来ると、従者が次々と屋根にトランクを乗せる。いくつかの荷物は、馬車内に運ぶ。そして自分達も馬車へ乗り込む。
「旦那様、奥様、いってらっしゃいませ」
ヘッドバトラーを筆頭に、使用人たちが見送りをしてくれる。
遂に私とジェラルドも、ラヴィークの地に向け、出発だった。
ラヴィークの地は、王都から一泊して到着となるくらい遠い。だからこそ雪が積もるような山々があり、スキーも楽しめる。ブルース達が宿泊する街の手前で一泊し、ラヴィークの地を目指すことになった。
バカンスシーズンには、公爵家が所有する別荘に行くが、それはどこも当日中に到達できた。宿泊を伴う移動はこれが初めてで、自ずとワクワクしてしまう。
馬車は適度な休憩を取る必要があり、そういった休憩所では、ちょっとした軽食なども手に入る。大きな休憩所は、まさに前世の道の駅のようで、土産品なども沢山売っていた。
ジェラルドと私も、いい大人なのに。
かなりはしゃいでご当地名物を食べ、地元産のワインを味わった。
日没前に、予定していた宿場町に到着し、そこで一泊。
翌朝早くに宿場町を出て、お昼前に、遂にラヴィークの地に到着した。
馬車の窓からも見えていたが、降りると地面は見えず、広がるのは一面の銀世界。
つまりは雪でおおわれた山の麓の街だ。
ここから登山鉄道が走っており、山の頂上近くへ向かう。
そこがゴールであり、宿泊するロッジ、スキー場、スパ施設などがある。
「遂に着いたな」
「着きましたね!」
目の前に沢山のロッジが見え、湯煙も見えていた。
そして王都と変わらないのではという程、沢山の人がいる。
時間をずらしているので、既にブルース達は、ロッジにチェックインしているはずだ。
「では我々もチェックインしようか」
「そうですね」
ロッジは沢山見えていたが、実はすべて同じ商会が運営している。
全部で五つのロッジは、それぞれフロントがあるが、建物同士が連結していたり、渡り廊下でつながり、行き来が可能になっていた。しかも入浴料を別途払いさえすれば、五つのロッジの入浴施設を利用できた。
生徒達は、ロッジ・ハーモニーとロッジ・クリスタルに滞在している。ブルースとミユが泊まるのは、ロッジ・ハーモニーだった。そしてロッジ・クリスタルは満室だったが、ロッジ・ハーモニーは、最大規模の部屋数。おかげで部屋を押さえることができた。ただ、残されていたのは、スイートルーム! 三階建てのロッジの最上部の部屋で、ベッドルームも三つあった。
「毎晩違う部屋で、キャサリンを抱けるな」
ジェラルドがそんなことを言うので、私は赤くなるしかない。
ひとまず二人とも変装をして、ブルース達の様子を見に行くことにした。
今回、ジェラルドと私が扮するのは、成金男爵夫妻だ。
私は光沢のある真紅のドレスに白い毛皮のコートをまとい、やたらギラつく宝飾品を身に着けている。
ジェラルドはヒョウ柄のコートを着て、髪はオールバック、付け髭で顎を覆う。
変装した二人で並んで姿見を見ると……。
胡散臭そうな成金男爵夫妻が誕生したと思う。
「キャサリンはこんなセクシーなドレスも、似合うのだな。ブルースの社交界デビューの時のドレスは、露出の多さで妖艶だった。でも今日は、体にピタリと吸い付くようなドレスで、バストやウエストが強調され……。他の男に見せたくないな」
「ジェラルド。このドレス姿を見ることができても、肌に触れることができるのは、あなただけです。嫉妬など、不要。行きましょう」
「……なんて甘美な言葉だ! キャサリン、今すぐベッドに押し倒したい」
ジェラルドを宥め、ロビーに行くと、そこには沢山の生徒の姿が見える。
今は、ティータイムを過ぎたくらいの時間なので、今日はスキーはなし。
どうやら夕食までの一時の自由時間を、それぞれが思い思いで過ごしているようだ。
ブルースとミユ、一緒にいると思いきや……。
「どうやらクラスごとに、スキーのチームがあるようだ。そのチームのメンバーとの行動が、基本のようだな」
ジェラルドの言葉に「なるほど」となる。ブルースは自身を含めた四人の令息といるが、ミユは……。
心臓が止まるかと思った。
ミユが一緒にいるのは、宰相の次男、騎士団長の嫡男、そして……第二王子!
レーモン王国第二王子スチュアート・コール・レーモン。
小説では、婚約破棄されたミユにプロポーズする、見た目王子、中身ヤンデレ、実態は束縛系男子だ。
ブルースがミユを、婚約破棄するはずがない。ゆえにこの第二王子のことは、ノーマークになっていた。
紅一点でスキーのチームを組んでいる。この采配は、婚約者がいるミユなら、安全と思われたせいではないか。見ると四人で楽しそうに談笑しているが、そこに色恋の気配はないと思えた。
大丈夫かしら?
するとそこへ教師が来て、生徒達を食堂へと誘導している。
「わたし達は、部屋に食事が用意される。だがその前に、温かい泉の湯に入ってみるか? 実はファミリー用の貸し切り入浴施設があると聞き、それを押さえてある」
それは前世で言う家族風呂では!
え、というか。ジェラルドと二人で入浴するのー!?
「今さら照れる必要はないだろう? それに共に湯に入れる機会など、滅多にないのだから」
そ、それはそうなのですが……!
この日、ジェラルドと初めて一緒に、温泉を楽しむことになった(照)。