17話:両方阻止したいのです!
ブルースの唇が奪われることを、阻止するべきか。
ミユがブルースに不信を生むきっかけを、回避するべきか。
どちらかを止めることができても、バッドエンドにしかならない。
できれば両方を阻みたい!
すると。
しゃがみこんだ私の口を、押さえる者がいる。
「えっ」と思い、振り返ろうとすると「シーッ」と低い声音で言われた。
目の端でその姿を捉えると、臨時で雇われた馬丁の青年では!? 学園の厩舎で、見かけたことがある。作業用の白シャツに茶色のズボン、そしてハンチング帽を目深に被っている。
「大丈夫だ。君の後ろで、とんだアバズ……おっほん。やんちゃなお嬢さんの独り言も一緒に聞いていた。息子のところへは、わたしが行こう。キャサリンは、ミユを足止めするんだ。百メートル走を終えたミユに、養護教諭が声を掛けているのを見た。昇降口ではなく、運動場に近い職員出入口から、ミユは来るはずだ。そこへ行くんだ、キャサリン」
なんてサプライズ!
まさか公爵様が、ジェラルドが、またも変装し、学校にいたなんて!
そこで保健室の扉から、カチッという音が聞こえた。
ジェラルドも私と同じ答えに行きついている。
ハナは窓から、ミユが校舎に入るのを見たのだろう。
扉の鍵を開けた。
動くなら、今しかない。
そこからはもう、ジェラルドは電光石火だったと思う。
私が廊下の角を曲がる頃には、玉の輿狙いビッチのハナを拘束しているはずだ。そして私は職員出入口に入って来たミユと、合流することができた。
「ブルースが倒れたみたいだけど、立ち眩みだから、問題ないわ。これから百メートル走の表彰式だから、戻りましょう」
そう言って、ミユを運動場へ導く。
ハナのハニートラップ事件は起きていないことにして、水面下で処理することにした。
◇
玉の輿狙いビッチのハナは、ジェラルドに捕らえられた時、「何よ、あんた平民の馬丁でしょう! 私は子爵家の令嬢なのよ。あんたが私に破廉恥なことをしたって、みんなに言いふらしてやる」とのたまった。
だが、ジェラルドが身分を明かした瞬間。
その顔面は、青さを通り越し、真っ白になった。ジェラルドはハナを校長室に連れて行き、校長と教頭を呼び出した。そしてハナが何をしようとしていたかを知らせ、「このまま王都警備隊に突き出してもいいが」と、前世で言う警察組織にハナを連行させると告げたのだ。
ハナは泣いて許しを請う。
そこへハナの母親、アルディ子爵夫人が来て、さらに養護教諭も連れてこられた。養護教諭は既に罪を認めている。ハナはもう言い逃れはできない。アルディ子爵夫人は「王都警備隊だけは、勘弁してください!」と、娘同様に号泣。
その結果。
ハナは転校。アルディ子爵夫妻は、我が家に対し、とんでもない金額のお詫び金を支払うことになった。その額、この学園の三年間分の学費相当。これはかなり痛手な出費であり、ハナはおそらく平民が通う学校へ転校だろう。
だがハナはブルースに睡眠薬を盛り、唇を奪おうとした上に、公爵であるジェラルドを侮辱する言葉を告げている。家門を維持できないぐらいのお詫び金を、要求することもできた。しかしそこは勘弁してあげた形だ。
なお、ブルースの睡眠薬は完全に抜け切れていないが、体育祭が終わる頃にはミユの元へ戻れた。
ミユはハナの暴挙を知らないまま、ブルースの立ち眩みを心配し、二人は仲良く同じ馬車で下校することになった。
ひと波乱があったものの、なんとか解決できた。
それはひとえに、ジェラルドのおかげだ。
私一人では、解決できなかった。
「キャサリンが、臨時用務員として、学園に潜入すると知った時。こんなに魅力的な用務員では、男子生徒を刺激するのでは?と心配になってしまった。そこで臨時で雇われた馬丁の青年に扮し、学園にわたしも潜入したのだよ。とはいえ、わたしも忙しい身だ。補佐官が代わりに潜入している日もあった」
「私の身に何か起きないよう、心配してくださったのですね」
「ああ、そうだ。体育祭はブルースの父親として、普通に観覧したいと思ったが……。父親が体育祭を観覧はしないからな。そこで慣れた馬丁に扮し、ブルースの勇姿も堪能させてもらった」
ジェラルドに見せたいと思った、アンカーで優勝するブルースの姿。ちゃんと見ていたことに、嬉しくなってしまう。
「もうこのまま体育祭を楽しみ、この日は終わると思ったら……。君が動いた時は、本当に驚いたよ。しかもまるで凄腕スパイみたいに、あっという間に臨時用務員に変装して。しかしよくぞあの子爵令嬢の悪巧みに、気が付いたな」
元々、ブルースに悪い虫がつかないか心配――ということで潜入していた。よってハナの玉の輿狙いビッチぶりは、事前調査でも分かっていたので、ピンと来たのだと伝えると「女の勘は鋭いのだな」とジェラルドは笑う。
ともかくもうこれでブルースの心を惑わす悪女は消えた。ミユとの仲も問題ない。
小説で起きる婚約破棄は、これでもう起きない。
私の学園での潜入は、これで終了でいいだろう。
そう思ったが……。