16話:体育祭です!
前世日本と違い、六月はジューンブライドで、天候にも恵まれる。
この日、王立レーモン学園は、体育祭が行われることになっていた。
王侯貴族が通う体育祭なので、設置されるテントもゴージャス。保護者が連れて来た使用人が、優雅にお茶をいれ、お菓子を父兄に用意する。一流シェフによる出店が設置され、お昼はそこで楽しむもよし。保護者のテントで食べるもよしだった。
ブルースが、ミユと大変仲が良いおかげで、フォード公爵家とミユの実家であるロイター男爵家とも、とても良い関係。共同でテントを張り、家族ぐるみで昼食をとり、徒競走や玉投げ、綱引きなどを応援することになった。ちなみにこういった学校行事に参加するのは、前世と同じで妻の役割。よって公爵様……ジェラルドの姿はない。でもブルースはリレーのアンカーで一位だったし、その勇姿はジェラルドにも見せたかった。
何はともあれ。もはやブルースとミユの関係は盤石。
そう思っていたが……。
巨乳童顔少女の玉の輿狙いビッチのハナは、運動音痴だった。
一年生女子による百メートル走でハナは、ゴール直前で、ビリの上、転倒。そしてその時、ブルースは体育祭実行委員の一人であり、ハナの近くにいた。他にも男子はいるのに。ハナはブルースに助けを求めた。
転倒し、どうやら怪我をしている。放置はできない。仕方なくだと思う。
ブルースは、ハナを抱き上げる。
その時、ミユは自身も百メートル走に出場するため、彼らの近くにはいない。
もしミユがいれば、ブルースは彼女を呼び、三人で保健室へ向かっただろう。
だがミユがいないし、他の生徒は忙しそうにしている。
ブルースはそのままハナを抱きかかえ、校舎内に入って行く。
なぜだろう。女というのは勘が働くもので。
何かある!と感じてしまった。
そこでロイター男爵夫人には「レストルームへ行ってきます」と告げ、職員用更衣室で早着替え。といっても眼鏡をかけ、髪は手早くまとめ、白のエプロンをつけただけ。それでも遠くから見守るのだから、問題なし。
そう思ったが……。
渡り廊下を通り、保健室に向かい歩いていると、気が付く。保健室の窓のカーテンが、すべて閉じられていることに。
胸騒ぎがして、建物に入り、廊下を小走りで進む。
保健室のプレートが見えて来たので、扉を開けようとするが、開かない!
やはり、何か仕組まれている。
用務員は、校舎内の鍵を使うことが認められているが、いきなり踏み込む前に、状況確認したい!
そこで思いついたのが、地窓。
廊下と保健室を仕切る壁の下に、まるで犬や猫を出入りさせるの?という窓がある。体育館にも設置されているが、保健室のものは、ガラスではない。一見すると、スライド式の引き戸のようにも思える。換気や採光の用途で設置されているが、いくつかあるので、どれか一つでも開けば……。
すると一箇所、開けることができた。
しゃがみこみ、耳を澄ますと……。
「毒じゃないから、安心して。ブルース。ただの軽めの睡眠薬だから。……あ、でももう寝ちゃった? ふふ。寝顔も可愛い~。それに睫毛が長いわね。もう少し待ってね。今、養護教諭がミユのことを呼びに行っているから。あの養護教諭は、私の乳母の娘なのよ。だから私を応援してくれるの」
つまり養護教諭はその立場を忘れ、玉の輿狙いビッチに協力したことになる。
絶対にクビだわ、クビ!
「ミユが来た瞬間、あなたの唇を私が奪うわ。あなたとキスをしている姿を見たら、ミユはきっとショックを受けるわ。あの子、真面目で大人しそうだから。たかがキスでも、効果てきめんのはず。私としてはブルースとなら、キス以上でもいいんだけど……退学になっちゃう。キスで我慢してね!」
最悪だった。
ブルースは、ハナのハニートラップにまさに落ちそうになっている。
今、私がするべき回避は二つある。
一つは玉の輿狙いビッチのハナが、ブルースにキスすることを回避!
間もなくミユが来るなら、ハナは保健室の鍵を開けるだろう。鍵を開けた直後に踏み込めば、ブルースはハナに唇を奪われず、そしてハナを取り押さえることができる。でもそこにミユが登場する可能性があった。
そこでもしハナが「ブルースとキスしちゃった!」と言うだけで、不信感を植え付けることができる。なにせブルース自身、薬で眠らされているのだ。その状態では、キスをされたかどうかなんて分からない。現時点では、キスをされていない。それでも吹聴されてしまえば、ミユは不安になるだろう。
そうなると、二つ目の回避、ミユがこの場に現れることを阻止した方がいいのではないか!?
だがしかし。
私がミユを引き留めた場合。
ミユがなかなか来ないことに業を煮やし、玉の輿狙いビッチのハナだったら、行動してしまうかもしれない。
つまり、ブルースの唇が奪われてしまう……!
私にクローンはいない。この身は一つ。でも回避したい事案が二つある。
どうすればいいの……!