141話:その時が近づきます!です!
『Heart-Giving Day』が終わる頃、ブルースは高校生活最後のテストを迎えた。
ミユと一緒に連日、最後の集大成で勉強に励んでいたのだ。
きっと素晴らしい成果を収めるに違いない。
その結果は下旬に出るが、テストが終わった週末。
紳士服オーダーメイド専門店の『サルバトーレ・テーラー』の店主がやって来た。卒業舞踏会でブルースが着るテールコートを注文しており、それが完成したのだ。
「採寸など完璧に行いましたが、ブルース坊ちゃまはまだ成長期。背が伸びている可能性もあるので、本日試着いただき、微調整したいと思います」
店主サルバトーレの言う通りで、ブルースはついぞジェラルドの身長を1センチ超えてしまったのだ!
とはいえ、正直、1センチの差なんて分からない。
何しろジェラルドには圧倒的な公爵様のオーラがあるから。
その身長以上に存在感があり、ブルースと並んでも、皆、その差1センチには気づかない。
ということはさておき、晴れ舞台ではビシッと決めて欲しいので、微調整は大歓迎だ。
応接室でサルバトーレとジェラルド、私が待つ間、ブルースは自室で着替え、戻って来たのだけど……。
「うん。ブルース、そのテールコート、よく似合っているぞ」
思わずソファからジェラルドが立ち上がり、ブルースに駆け寄ったが、私もその立派な姿を見て涙が出そうになる。
マットな質感の漆黒のウール生地は、一目見ただけで上質なものと分かった。実際に触れると、肌に吸い付くような触れ心地だ。肩幅も見事にフィットし、袖の長さも完璧。背中にだぶつきもなく、ボタンを留めるとウエストも引き締まって見える。
ズボンの丈も問題ない。細身のそのズボンは、ブルースの脚の長さを再認識させてくれた。
併せて注文していたカフスボタンやタイを飾るシルバーの宝飾品も、上品で洗練されている。
「裏地にもシルクを採用しているので、着脱もしやすくなっております。卒業舞踏会で着用されるということで、ポケットチーフがアクセントになると思い、ブルース坊ちゃまの瞳と同じ、碧い色でご用意しました」
「いいと思う。鮮やかな碧でブルースによく合う。ミユも碧いドレスなのだろう?」
「はい。お父様。ミユも僕も碧い瞳なので、碧にしようと決めていました」
このブルースの隣に、碧いドレスを着たミユが並ぶ。
想像するだけでウットリしてしまう。
まるでおとぎ話のプリンスとプリンセスになりそうだ。
「改めて採寸しましたが、身長が伸びている可能性を踏まえ、製作したのが良かったようです。びったりですね。このまま納品でいかがでしょうか」
もう直すところはないのだ。このまま納品で問題ない。
こうしてブルースが着用するテールコートも揃い、後は卒業舞踏会、その日を迎えるだけとなった。
卒業舞踏会。
この世界に転生していると気付いてから十年以上。
私は忘れることがなかった。
なぜならここは小説の世界。
そしてブルースは本来、子爵令嬢にうつつを抜かし、ミユに対して婚約破棄を突き付けるのだ。
自分から上から目線でプロポーズしておきながら、公爵夫人の地位目当ての子爵令嬢に、あっさり手玉にとられ、婚約破棄をするなんて! 卒業を祝う舞踏会という華やかな場で、一方的に婚約破棄をするのだから……。
ブルースを女の敵のような令息に成長させてはならない!
小説のヒロインであるミユも、実はヤンデレヒーローのスチュアートと、束縛エンドになるなんてダメ!
この思いでブルースの育て方をガラリと変更。結果、ブルースは素敵な令息に育ち、あの小説で書かれたような高飛車プロポーズではなく、とても素敵な愛の告白を、ミユにしたのだ。こうしてブルースとミユは小説の時とは違い、相思相愛で婚約している。これなら絶対に婚約破棄なんてしないはず……そう思っていたが……。
小説の世界で、ブルースを骨抜きにするビッチ子爵令嬢が現れ、本来ミユと結ばれるヒーローである第二王子のスチュアートも登場。ブルースとミユの行く手を阻むが、そこは私と……なんとジェラルドも大活躍し、二人の悪事を暴くことに成功した。
早々にビッチ子爵令嬢は消えてくれたが、スチュアートは一筋縄ではいかない。自身の腰巾着を使い、いろいろと汚い手を使って来た。だがそれもこれも、なんとか解決し、気付けばスチュアートはミユへの関心を失っている。
それどころかスチュアートは今年も『Heart-Giving Day』に、私にとんでもないチョコレートを贈って来た。王宮のパティシエに作らせたのは、1メートル近くもある女神像! しかもその女神、間違いなく私がモチーフなのだ。そして台座のプレートには「Pochirina」の文字。
ミユが隣国の王子に見初められ、国王陛下経由で、ブルースと婚約破棄し、その王子フェリクスと婚約するよう言われた時は……。もう回避不可能と思われた。でもそこで一肌脱いでくれたのが、スチュアートだった。以来、スチュアートが私のことをポチリーナと呼ぶことを許したのだけど……。
まさかこんな女神像のチョコレート贈ってくるなんて!
無駄にリアルなだけに、使用人に食べさせることもできない。
どうしようと思っていたら……。