139話:少年の願い。です!
今年も『Heart-Giving Day』がやって来た。
昨年初めてスタートした時は、手探りだった。
でも一度実施したことで、ノウハウも蓄積できている。
ジェラルドが経営するチョコレートショップも、『Heart-Giving Day』に向けたチョコレートの生産を前倒しで行った。そうなると不揃いのチョコレートは『Heart-Giving Day』より前からできるので、私はそれを孤児院に配りに行っていたのだが……。
「あ、あの、公爵夫人!」
金髪で碧眼の美しい少年が、私に話しかけてきた。
チョコレートが欲しいのかと思い、差し出すと、ふるふると首を振る。
「チョコレートはさっき、沢山いただきました。美味しかったです。本当に、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる姿は、まるで貴族の令息のよう。
「僕はジェームズ・トラビスと申します、公爵夫人」
トラビス……聞いたことがある名だわ。
そこでハッとする。
トラビス男爵という、元は平民の一族がいたことを思い出す。
数年前、商会経営で損失を出し、破産。爵位を維持できなくなった。そこで男爵位を放棄、貴族としての義務と特権を失い、一家は離散したはず。まさかそこの令息がこの孤児院にいたなんて……。
どうりで礼儀正しく、容姿もどことなく洗練されているのだろう。孤児院に入る前は、貴族として生活していたのだから、当然と言えば当然なのだけど。
「立派な挨拶、ありがとう、ジェームズ。私のことは誰だか分かるわね?」
「はい! いつもこの孤児院にいろいろ寄付下さるフォード公爵夫人です!」
「そう、正解。それでジェームズ、私に何か用かしら?」
尋ねる私にジェームズはキリッとした表情になり、口を開く。
「僕に仕事をください。そして対価を払っていただきたいのです」
「まあ、お仕事が欲しいの!? でも孤児院では運営費を賄うため、みんなでクッキーやパンを焼いたりしているわよね? 頑張ったら少し、お小遣いを貰えるのでは?」
するとジェームズはきゅっと唇を噛む。
「そのお小遣いでは足りないんです……」
「何か欲しいものがあるの?」
ジェームズは膝丈のズボンのポケットから、大切そうに折りたたんだチラシを取り出す。
それをゆっくり広げると……。
それは私の幼なじみのリック、つまりはピアース侯爵家が運営するスイーツショップ『マダム・メルヘン』のチラシだった。よく見ると『Heart-Giving Day』に向け販売するチョコレートが描かれている。
「これが欲しいんです」
それはストロベリーチョコレートで作られた、薔薇の形のチョコレートだ。
値段を見ると、貴族なら余裕で出せる金額。
でも孤児院の子供では……。
しかも普段もらったお小遣いを、一切使わずためていたら、買うことはできたかもしれない。
でもそうではないだろう。
しかも渡されるお小遣いなんて本当に多くない。
「なるほどね。これを大切な人に贈りたいの?」
ジェームズはコクリと頷き、青い瞳を潤ませる。
どことなくブルースの子供時代を思い出し、思わず抱きしめたくなってしまう。
薔薇の形のチョコレート。我が公爵家のチョコレートショップでも販売していた。一粒とは言わず、一箱プレゼントしたい気持ちになっているが。
『Heart-Giving Day』のチョコレートは、特別なのだ。私から貰うのではなく、自分で買い、それを大切な人に贈りたいのだろう。
「分かったわ。ジェームズ。あなたに特別なお仕事をあげる」