137話:自ら白状、です!
私に呼び出され、屋敷に来たサディ夫人は……もう完全に観念していた。
自分でも隠し切れないと思っていたのだろう。
問うまでもなく、自ら白状してくれた。
応接室のソファに座っていたサディ夫人は、ローテーブルに額がつく勢いで体を折り曲げ、頭を下げた。そして謝罪の言葉を、まず口にする。
「本当に、本当に申し訳ありませんでした。確かにクローゼットの宝石棚に置かれていたターコイズのネックレスを……一緒にいたメイドのお二人にバレないよう、持ち去ったのは……私です。ごめんなさい」
「……何か理由があるのですよね。あのターコイズが希少だったので、詳しく研究したくなったのですか? 落としても傷がなく、香水や化粧品が付着したのに痛んでいることもない。ターコイズの弱点を克服している。そこでとんでもない価値があるものと気づいたのでは?」
「ち、違います! むしろ、その逆……と申しますか……」
「「逆!?」」と思わず、控えていたモナカと二人、声が揃ってしまう。
でも本当に。
逆とはどういうことなのか。
「実はターコイズは偽物が多く流通しているのです」
「!」
「偽物は、ターコイズが持っている弱点を、逆に克服しているんです。ただ、見た目は本物と遜色がなく、しかも耐久があり、発色もよく退色しにくい。ゆえに本物のターコイズよりも、偽物を重宝がる人もいるぐらいで……」
そこでサディ夫人は、悔しそうな顔をする。
買い付けのため、フィグ帝国へ向かい、新たに取引をした相手。
気前がよく、親切で、しかもターコイズが産出された鉱山にも案内された。
偽物と本物の違いもちゃんと説明し、目の前で見分け方も教えてくれたのだ。
この人物なら信頼できる。
そう思い、思い切ってかなりの買い付けを行ったのだが……。
「まさか偽物を掴まされているとは思いませんでした。そもそもが偽物と本物の見分けはつきにくく……。デザインは私が行い、原石からカッティングまで彼らに任せていたのです。納品されたものをゴールドやシルバーの土台や台座にはめ込む作業を店の職人に任せていたのですが……。ですが公爵夫人の話を聞き、そして実際に確認した結果。偽物の可能性に気付き……。ルーペで見て、偽物だと確信しました。傷一つないことが何よりの証拠です」
青ざめたサディ夫人は、それでも話を続ける。
「あのトランクいっぱいのターコイズは、新作の予定でした。ですが偽物なのかもしれない。そう思うと、新作とは言えず、試作品と案内するしかできません。本当はお見せせず、持ち帰りたい気持ちでいっぱいでしたが……。さらに言うなら、お贈りしたターコイズのネックレスを、メンテンナンスを理由に引き上げさせていただき、本物のターコイズと付け替えたい……と思ったのです」
「そうだったのね。そんな意図、分からなかったわ。私がお断りしたから……忘れ物をしたと言って部屋に戻り、ターコイズのネックレスを持ち出したの? 盗んだつもりではなかった。そっと持ち出し、本物に付け替え、元に戻そうと考えていたの?」
サディ夫人はこくりと頷いた。
「いくつかのターコイズは本物と分かり、持ち帰っていました。それに差し替え、すぐ元に戻すつもりでしたが……。公爵邸の警備は厳しく、忍び込むなんて無理でした。そこで名乗って訪問することも考えましたが、もしネックレスの紛失に気付かれていたら、即疑われてしまうと思い……。つまり私は後先考えず、焦った状況で動いていました。計画性なんてゼロです。よって次から次へと綻びが出て、元に戻すことができず、結局『盗んだ!』と言われてもおかしくない状況に陥りました」
「なるほど。盗むつもりはなかった。その言葉を私は信じます」
「フォード公爵夫人……!」
瞳を潤ませるサディ夫人に尋ねる。「なぜ、最初から本当のことを話さなかったのか」と。
「それは……フォード公爵夫人という、社交界のトップにいらっしゃる方に、偽物を贈っていたなんて……。偽物と知らず、それを夫人が着用していたなんて、もし公爵様がお知りになったら……。夫人に恥をかかせたと、店を潰され、王都から追い出されてしまう。でもそれぐらい当然の失態を犯したと思い、とても言い出せませんでした」
「まあ、ジェラルドは……公爵様は、そんな恐ろしい人間ではないわよ。もしも偽物と知りながら、贈りつけたのなら……。容赦ないと思うわ。でもサディ夫人自身が騙されていたなら、仕方ないことでしょう。悪気があったのか、なかったのか。そこが重要。そしてあなたは騙すつもりはなかったのだから」
私の言葉にサディ夫人はハンカチを取り出し、目元を拭う。
「そうですよね。冷静になり、きちんと事情を話せばよかったです。あの時の私はとんでもないことになった。フォード公爵夫人にもご迷惑をかけている。店も大きな損失だとパニックになっていました」
それはそうだろう。あれだけの試作品……新作。売り物にならなければ、どれだけの損失になるのか。何より偽物を掴まされたと噂になれば、信用を失い、店を失う可能性だってあった。
前世のような、化学的な鑑定もできない世界だ。
ゆえにここでは宝石の鑑定は、職人技でもある。
その腕が確かなら高い評価を得るが、誤れば名声は地に落ちてしまう。
サディ夫人が偽物を掴まされたことは事実。私が口をつぐんでも、どこかで知られてしまうリスクはある。でもせっかくの才能と商才をダメにしたくなかった。
何か方法はないのかしら?