135話:消えた!です!
宝石鑑定用のルーペで、ターコイズを見たサディ夫人は、困惑気味で口を開く。
「ほ、本当に公爵夫人の言う通り、傷ひとつありませんね。……不思議です……」
「今回は運が良かっただけかもしれないわ。これからは扱いに気を付けるわね。みんなターコイズを見たがって、ひっぱりだこなのよ。明日のお茶会も、明後日の舞踏会にもつけていかなきゃならないの。みんなターコイズを気に入ったみたい。それで新作は沢山あるのでしょう? 店頭にはいつ並ぶのかしら?」
「そ、そうですね……。新作……まだ試作品なのです。店頭には……春頃までには……」
交易品はそう簡単に手に入るものではない。原石で買い付け、そこから加工していくと……大変よね。
「ではその試作品、よかったら見せてくださる?」
「は、はい……。店頭に出ない可能性もありますが……」
「構わないわよ」
こうしてトランクいっぱいの試作品を見せてもらったのだけど。どれも新商品として、店頭に並べて問題ないように思えた。それを伝えるとサディ夫人は「ありがとうございます」と恐縮している。
そして一通りの紹介を終えると、こんなことを言う。
「そちらのネックレスですが、念の為にわたしがお預かりして、メンテナンスをしましょうか」
ターコイズに変色や傷はない。ゆえにそれは不要と伝えると、「そうですよね……」となんだかガッカリしている。
プロとして、私の扱いが雑だったので、心配しているのかしら?と思うものの。ターコイズを見たいというマダム令嬢は沢山いる。明日もネックレスをつける必要があったので、それを改めて伝えると「分かりました」と最終的に応じ、付き人と共に帰って行った。
そんなこともあった翌日。
いつもの日常が過ぎて行く。ジェラルドの腕の中で目覚め、身支度を整え、ブルースと三人で朝食。ブルースを見送り、ジェラルドは執務だ。
フォード公爵家主催の舞踏会の準備を進め、今年の『Heart-Giving Day』への参加を表明する商会やお店からの申請書に目を通す。
昼食はジェラルドと摂り、終わると招待されているお茶会に向かうための着替えとなる。
そこで問題が生じた。
「奥様、クローゼットをくまなく探したのですが、ターコイズのネックレスがございません」
モナカの言葉に「えっ?」と驚くしかない。
昨日、ターコイズをみんな見ている。なくなるはずがなかった。
「……あり得ないと思うのですが、部屋の掃除を担当したメイドに確認しますか?」
モナカの言っていること、それはつまり清掃メイドが盗んだ可能性を示唆しているが……。
それはないと思う。
清掃メイドは私が面接をして選んだ者達で、皆、信頼できる。盗難をして公爵家のメイドをクビになれば、紹介状はもらえない。
もう二度と貴族の屋敷で働くことは無理になるのだ。人生を棒に振るようなこと、するはずがない。
何よりターコイズはまだほとんど流通していない。そんな宝石を転売しても、足がすぐつく。
というか転売先でもターコイズの価値がまだ分からず、二束三文でしか買い取ってもらえない可能性も高い。
トータルでいろいろ考えても、清掃メイドは犯人ではないと思う。
では他の使用人の可能性は?
他の使用人でも同じだ。違うと思う。
では泥棒が入ったのか?
泥棒ならその道のプロ。裏社会で売り捌くことはできると思う。
ただ、公爵邸に泥棒に入るなんて……。
それは間違いなく凄腕の泥棒だろう。
ジェラルドに警備を任されている騎士達は優秀だ。
蟻の子一匹通さないと思うのだ。
ゆえに泥棒でもない気がする。
とはいえ、昨日クローゼットにターコイズのネックレスをしまってから、部屋を空けている時間は相応にある。部屋の鍵を開けているが、もしもその鍵を開けることが出来たら……。凄腕の泥棒なら鍵も突破する気がする。
これは確認するしかないわ。
だか今はお茶会に向かうための用意が優先だ。
ロイヤルブルーのドレスに着替え、ターコイズのネックレスの代わりにパールの宝飾品を身に着ける。ターコイズを期待されているが、仕方ない。それに今回はユズ伯爵夫人のお茶会。彼女なら上手く取り繕ってくれるだろう。
エントランスまで同行してくれたモナカには、こうお願いすることになる。
「ネックレスの紛失の件はまだ話さないで。ただ、クローゼットにターコイズのネックレスを片付けて以降、出入りした者を確認して頂戴。そして何か変わったことがなかったか、軽い調子で聞いてみて欲しいの。疑っているとは思われたくないし、疑いたくないと私も思っているから」
「かしこまりました。奥様。お茶会からお戻りになるまでの間に話を聞いておきます」
「助かるわ、モナカ。では行ってくるわね」
「はい、いってらっしゃいませ」
チャーマンとモナカに見送られ、私は馬車に乗り込んだ。