130話:その罪と罰です!
イザベルが犯人と分かると、ブルースとミユは「ああ」と納得するしかない。
二人には勿論、私達にとってイザベルは、狡賢い女狐。
だがしかし。既に過去の人だった。
隣国に逃げ延び、その後、自身の両親によりざまぁが完了。
もう関わることはないと思っていた。
でもそうはならなかった。
まさかこのような形で関わることになるなんて。
とにかく捕らえられたイザベルの取り調べはみっちり行われ、すぐに裁判の手続きが始まった。
その一方で、我が家には驚きの連絡が来る。
それはバークリー侯爵が謝罪をしたいと、訪問を申し出たのだ。
しかも実際に会うと彼は「本人は事故だの弁明をしていますが、怪我をさせたのは事実です。本当に申し訳ありませんでした。これを収めてください」と、お詫び金を差し出したのだ。
これにはビックリ。
バークリー侯爵はイザベルのことを、正式に勘当している。すなわち法的に、その勘当は認められていた。ゆえにバークリー侯爵が、お詫び金を我が家のみならず、ロイター子爵に払う義務はない。だがバークリー侯爵は貴族として、自身の家門の名誉を守りたかった。そのためにお詫び金を支払う選択をしたのだ。
貴族が名誉を守るための行動を否定はできない。ゆえに我が家もロイター子爵家も、お詫び金を受け取った。
その一方でバークリー侯爵はイザベルに対し、救いの手を差し伸べることはない。その結果、イザベルは……。
今回の事件。
傷害事件だが、ブルースの傷は幸い浅く、軽傷で済んでいる。よってイザベルが禁固刑と賠償金を課せられたとしても。数カ月から一年程度の禁固刑になるはずだった。
だが裁判が始まってからも、イザベルは一切、謝罪の言葉を口にしない。
あくまで自分を貶めたミユが悪いというスタンス。さらにブルースが傷ついたのは、事故であり、傷つけるつもりはなかったと主張した。
これは裁判官の心証を非常に悪くしている。ゆえに禁固刑は一年では済まない。しかも賠償金の支払いに応じられるだけのお金は、当然だが持ち合わせていなかった。そしてバークリー侯爵は、お金を肩代わりするつもりはない。
そうなると、どうなるのか。
賠償金を支払えない分、禁固刑が重くなる。
禁固刑で服役している最中に刑務作業を行い、そこで得たお金を賠償金へ少しでも回すというわけだ。そしてこの賠償金の相場は、この世界ではまさにピンキリだった。傷つけた相手の身分が高位であればある程、金額は跳ね上がる。
その結果。
イザベルの禁固刑は十五年という判決が下される。重傷を負わせた場合でも、この世界では禁固刑で五年だったので、これは異例。ここでようやくイザベルは事の重大さに気付いたようだが、もう遅い。
まさに王都警備隊の隊員が予想した通りの結末を迎えた。
何はともあれ、ブルース切りつけ事件は、これで一件落着。
通常、裁判にはもっと時間がかかる。だが国王陛下が配慮してくれた。おかげでスピーディーに裁判は進み、判決がでるのも早かった。おかげで来るニュー・イヤーズ・イヴは……。
さっぱりした気持ちで、迎えられそうだった。
◇
ニュー・イヤーズまであと三日。
まさに前世で言うなら年の瀬だった。
「キャサリン」
ダークグレーのセットアップ姿のジェラルドが、ラズベリー色のドレスを着た私に声をかける。
12月の末とは思えない程、暖かい陽気だった。
サンルームでジェラルドと私はティータイムを過ごしている。
さすがにジェラルドもすべての執務を終え、今は休みに入っている。
そしてブルースとミユは、この時期に増える演奏会を聴きに行っていた。
帰宅は夕食を摂ってからなので、時計塔の鐘が鳴る前だ。無論、それで問題ない。しかも今回は万一に備え、護衛の騎士もついている。それに二人を狙う人物は、もういないと思うのだ。
「今日こそ、この前のリベンジをしないか」
「!? それは……」
「二人のデート。それのやり直しだ」
これは俄然嬉しくなってしまう。「ぜひ、そうしましょう!」と応じると、ジェラルドは着ているセットアップの上衣の内ポケットから、チケットを取り出す。
それはこの時期に人気の、オペラのチケットだ。
「ジェラルド、これ、中央ボックス席ですよね!? いつの間に……!」
するとジェラルドはフッと口元に笑みを浮かべる。
「キャサリン。我々はフォード公爵家だ。これぐらい手配できなくてどうする?」
「……!」
さすがだわ、ジェラルド!
しかも……。
「ニューイヤーに合わせ、我が家の商会で初めて販売する、ラム酒も到着した。ニューイヤー記念デザインのラベルも貼るから、新年早々飛ぶように売れるだろう」
そう言うとチャーマンに目配せし、ラム酒の瓶をテーブルに置かせる。
ティアドロップ型のボトルには、エンボス加工された金のラベル。
飾り文字で商会の名前も刻まれ、実にお洒落だ。
間違いなく、飛ぶように売れるだろう。
「オペラを観劇したら、ディナーだ。屋敷に戻ったら、このラム酒で一足先に乾杯しよう」
あ……それはもう想像するだけで、全身が熱くなる。
きっと今晩は……とんでもなく濃厚で濃密な夜になると思う……!
ニュー・イヤーズまであと三日。
冬の午後は、熱い夜に向け、静かに過ぎて行く――。