118話:どこにも怪しいところはない……です!
王都から一番近い港であるが、馬車で早朝に出発し、到着したのはお昼前。
途中で休憩をとったせいもあるが、遠い!
ともかく指定された場所――倉庫街に到着すると、そこには真っ白なロングコートを着たリックが手を振って待っている。今日のために、わざわざ任務を調整したというのだから、リックも本気だ。
「フォード公爵、キャシー、遠いところまでありがとうございます。船の到着まで、まだ少し時間があります。先に昼食を摂りましょう」
リックが案内してくれたのは、倉庫街にある、倉庫を利用したレストラン!
港にあるレストランだけあり、前菜からメインまでしっかりシーフード料理。
ボイルしたエビがたっぷり入ったグリーンサラダ、ブイヤベースを思わせる魚介のスープ、そして旬のヒラメのムニエルも美味しい。食後はさっぱりのレモンのアイス。
食後の紅茶もレモンティーにして楽しんでいると、リックの商会のスタッフが静かに彼に耳打ちする。
「……またやられましたよ。ラム酒を強奪されました」
口調は悔しそうだが、リックの顔は穏やかだ。
ジェラルドがいるので、きっと証拠が見つかる……そう思っているのだろう。
「前二回と同じです。例の船が怪しいということで、港に曳航しています。フォード公爵、強奪犯の犯行の証拠、ぜひ見つけてください」
「ああ、全力を尽くそう」
こうして私達は曳航された船に乗り込み、調査を行うことになった。
◇
「どこにも怪しいところはない、か」
船に乗り込んだジェラルドは、貨物室、操舵室、食堂、乗組員の居室など順番に調べて行く。
その際、同行しているリックが何度も唸る場面があった。
まずは貨物室にあった積荷の木箱。その木箱が上げ底になっていないかを確認し始めたのだ。
「リック、木箱が上げ底になっていないか、過去に確認している?」
「いや。そういった報告はない。木箱を開け、中身を確認して終了だったと思う」
ジェラルドは抜き打ち的にいくつかの木箱を確認し、上げ底の下にラム酒が入った瓶が隠されていないか探したが、瓶は見つからない。というかそもそも上げ底されている木箱はなかった。
次に目をつけたのは、前世で言うところのコンテナだ。この時代、まだ鉄を使ったコンテナは存在していない。代わりに巨大な木製の木箱が使われていたのだが……。
「この巨大な木箱の壁に当たる部分を二重にして、その隙間に金を隠し、密輸しようとした貨物船があったと聞いたことがある。ノックする要領で叩くと、空洞があれば、音が違って聞こえる。確認してみよう」
既に巨大な木箱の中身を見て、そこにラム酒がないことは確認できていた。
ということでジェラルドの言葉に従い、ランダムに巨大な木箱の壁の部分を、ノックしていく。
「偽装している様子はないな」
その後もジェラルドは「え、そんなところ!?」という場所を次々に調べて行く。リックに聞くと、過去二回の調査では調べていない場所ばかりだ。それは例えば船内の配管、バラストタンクなどである。
前世知識ではバラストタンク内は海水が入っているイメージだが、この世界では違う。そこは石や砂が置かれていた。盗んだラム酒の瓶をここに紛れ込ませれば、見つからない……と考えたわけだが、どうやらそこにもなさそうだった。
ということで一通り捜索した後、ジェラルドは「どこにも怪しいところはない、か」と呟いたのだ。
つまりさしものジェラルドでもこの謎は解けない……ということなの……?
「そもそも盗まれたラム酒は瓶に入っている。その上で木箱に納められていた。ラム酒の瓶だけ隠しても、大量の木箱が残るわけだ。でも船内を確認したところ、空の木箱はない。しかも貨物室にあった木箱は、すべて釘で打ちつけられていた。短時間でラム酒を取り出し、中身を入れ替え、釘を打つというのは……やってやれないことはないだろうが、雑になるだろう。でも見た限り、そんな雑な釘打ちはされていなかった」
ジェラルドは、自らこの謎は解けないと宣言するようなことを口にしている。
これはもはや完敗なのか。
そう思ったのだけど、ジェラルドの口元は……笑っている!?
「リック近衛騎士団長、海図を見せていただけないか?」
「! 海図、ですか? はい、分かりました」
突然、海図を見たいと言われ、リックは「!?」という顔つきになっていたが、すぐに商会のスタッフに持ってくるよう指示を出す。するとスタッフは船長と話し、海図を受け取った。
スタッフが持参した海図を、その場で広げて見たジェラルドは、フッと笑う。
そして強奪犯の手口をジェラルドは――看破した!