12話:やっぱり私の息子は完璧です!
二人のダンスは……もう本当にパーフェクトの一言に尽きる。
今日のヒーローとヒロインは、誰ですか?と聞かれたら、私は遠慮なくブルースとミユの名を挙げるだろう。それくらい、二人のダンスは息が合い、見ていて感動的だった。
すっかり見惚れていると。
ゾクッと悪寒を覚えた。
初夏であり、この世界に冷房などないのに。
何かしら? この寒気は。
そう思っている間に、ブルースとミユの姿が消えている!
でも、安心してください!
なぜなら小説を読んでいる私は、この後の展開が分かっているから。
小説でのミユとブルースのダンスは最悪だった。
理由は簡単。
ブルースのダンスが超下手くそなのだ。
ダンスは男性がリードするのが基本。そのリードが下手くそだと、女性は変な体の動きを強いられ、腰や足首を痛めることだってあるのだ。
よってミユは一度のブルースとのダンスを終えると、逃げるように飲み物と軽食が用意された休憩室へと移動する。
というわけで。
小説と違い、ブルースとミユのダンスは完璧だった。
だが小説の流れを考えると、休憩室へ移動しているはず。
そこに二人はいるはずだわ。
休憩室へ移動する最中に、まさかのブルースと同い年の令息からダンスに誘われるなんて。驚くしかない! ただ私がそれだけ若々しく見えるのかと思うと……嬉しい。嬉しいが、私がこの世界でダンスをしたいのはただ一人。ジェラルドだけだ。
ようやく休憩室に到着したので、そっと、様子を窺う。
良かった。それなりに人がいるので、紛れ込むことができるわ。
舞踏会は、ダンスがメイン。よって軽食や飲み物を用意した休憩室も、隣室にある。そして舞踏会慣れしている貴族であれば、飲食はほぼ行わない。それでも長時間に渡る場合や、本当に喉が渇き、カラカラという時は、ドリンクくらいは利用する。
だが今日は、社交界デビューしたばかりの令嬢や令息が集まっていた。それではなくても、緊張している。そして緊張すると喉が渇く……。よって意外にもこの休憩室には人がいたというわけだ。そしてブルースとヒロインの姿も、比較的容易に見つけることができた。
ブルースとミユは、お互いにあれは、オレンジジュースだろうか? グラスを手に、笑顔で会話ができている。
どう考えてもミユに、困っている様子はない。
それはそうだろう。
ブルースのリードは、完璧だった。
公爵家の次期当主として、ダンスのレッスンも、カリキュラムに加えたのだから。私も何度もブルースのダンスの練習相手になったが、とても楽しかったもの!
もう、問題ないだろう。
小説でブルースはこの休憩室でプロポーズ(?)というか、脅しのようなあの言葉を吐く。だが私はブルースに、伝授している。気持ちを伝えるなら、それは雰囲気を作りなさいと。さすがに十五歳なので、夜景の見えるレストラン……なんて無理だ。ならばせめて二人きりのお茶会の席などで、気持ちは伝えた方がいいと、教えているのだ。
こんな周囲に人がいて、立ち話みたいな状態で、求婚なんてしないはず。
ゆえに今日はこのまま楽しく会話し、なんならもう一曲ダンスして終了だろう。
安堵した瞬間。
後ろから抱きつかれそうになり、慌てて、回避した。
一瞬、さっきも感じた悪寒を覚えたので、動くことができたのだ。
驚いて振り返ると、そこには……。
前世で言うなら、カツラを被ったモーツアルトみたいな髪型。色白に見せるため、顔にはおしろいをつけている。お腹周りがむっちりして、その姿で白いテールコート。タイはなぜか眩しい程のイエロー。なんだかアヒルみたい……。
「ナイスバディで、舐め回したくなるような美女のレディ。どうですか、わたくしとダンスをしませんか!」
完全に酔っ払いだ。しかも容赦ないセクハラ発言!
「お誘い、ありがとうございます。ですが私はもう、帰るとこ」
「えええええ、もうお帰りになるのですか!」
声デカイわ、このどっかの国の大使!
ブルースやミユに見られると、困るのに!
慌ててその口を押さえ、テラスへと連れ出す。
後ろを振り返ると、ブルースはこちらへ背を向けている。
良かった。この酔っ払い大使のことなど気にせず、ミユとの会話を楽しんでくれているわ。
「むむむむむ! なんて積極的なんですか、レディは! いきなり口を押さえるなんて! しかも人気のないテラスに連れ出すなんて。ヤル気満々ですね!」
そんなわけ、あるわけがない!
ハリセンがあれば、一発しばきたいところだ。
「大使が息苦しそうでしたので、ご案内したまでです。どうぞ、お一人で。ごゆっくりお過ごしください」
室内に戻ろうとすると、どっかの国の大使は、ちょこまかとアヒルのようについて来る。
これにはもう、「ゲッ」だった。
「なんならわたくしの部屋に来ますかー?」
さっきの私の言葉など、一切耳に届いていなかったようだ。
ここでギャアギャア話されるのは、本当に困る。
仕方なく再びテラスに出ると。
「もう、待てませんよ~」
両手を持ち上げ、指をエスパーみたいにくねくねさせ、どっかの国の大使が迫って来た。ここは「キャー、助けて!」と、スーパーマンを呼ぶヒロインのように、叫びたい。だがそんなことをしたら、ブルースやミユの注目を集めてしまう。この変装に、バレない自信はあるが、もしも、がある。
仕方なく逃げ出すと。
最悪だった。
宮殿の迷路庭園に入り込んでいた。
宮殿には、何度も来たことがある。日中にこの迷路庭園に入ったこともあった。でも夜なんて初めてのこと。これで迷ったら、朝になってしまうのでは!?
不安になり、駆け出し、後ろを振り返ると……。
どっかの国の大使が、ニヤニヤ顔で追ってきているーっ!
その姿は『シャイニング』で怪演したジャック・ニコルソンを思わせる。
持っているはずのない斧を持っている気がして、背筋が凍り付く。
とにかく走り、撒くしかないと思った。
しばらく走りに走り、そして――。
撒いたかもしれない。
そう思った瞬間。
生垣から手がにゅっと伸びて来て、私の肩を掴む。
その生垣の隙間から、ニマニマ笑いの、どっかの国の大使が見えた。
「お今晩は~」
大使の声に、絶叫しそうになった。
お読みいただき、ありがとうございます!
新章完結のお知らせ。
『転生したらモブだった!
異世界で恋愛相談カフェを始めました』
https://ncode.syosetu.com/n2871it/
大好きな乙女ゲームに転生した! と思ったら、名もなきモブ。
ちなみに前世では、結婚相談所のコーディネーターをしていた私。自分の恋より他人の恋に奔走していた。悪役令嬢やヒロインに転生したわけではない。ならばこの世界では、自分の恋愛を楽しもうと思ったら……。政略結婚なんて勘弁して! 自活のために恋愛相談カフェを始めた結果。恋愛はおろか他人に興味なし令息から、かまってちゃん令嬢まで、様々な悩みを聞いてアドバイス。すると意外な人物たちまで、カフェへ来るようになり……。
老若男女問わず、楽しめる作品に仕上がっていると思います。
章ごとに読み切りになっています。
ページ下部にイラストリンクバナーがございますので
物は試しでまずはプロローグから、ご賞味いただけると幸いです。