113話:こんな狭いところに
「「まさか、この城にそんな……」」
この城を管理するヘッドバトラーのマーコットとメイド長のカラは、私から話を聞いて、顔を青ざめさせた。だが二人とも、城主の指示には従順に従う。よってマーコットとカラは私達を連れ、屋根裏部屋へ向かうことになった。
「この城の屋根裏部屋は、ほぼ使われていません。収納は沢山ありますし、常駐で城主が住まわれることもないので……。よってカラと私もここへ来るのは……もう数十年ぶりです」
屋根裏部屋へは、折り畳み式の階段を下ろし、登って行くことになった。だがその階段を登りきると、ちゃんとした廊下がある。
それでも明かりはないので、マーコットとカラの二人が先に廊下を進み、壁掛けトーチへ明かりをつけていく。するとズラリと左右に並ぶ扉が、浮かび上がってきた。
「右側が正面のファザードに面した部屋です。……どちらの部屋か、お分かりですか?」
「はい。分かると思います」
マーコットに問われた私は、彼に続き歩き出す。
湖でボートに乗っている時、屋根裏部屋でシルエットを見た。
あれはきっとキャサリン・ハートレーだったのだろう。
だが屋根裏部屋はいくつもあり、窓も多かった。
どこだったのかは覚えていない。
でも。
ここまでのことをしたのだ。
導かれる。
そう思った。
そして実際――。
足が自然に止まった。
「この部屋ですね。ここです」
マーコットとカラは顔を見合わせ、頷いて、カギを取り出す。
カチャ、カチャとカギが回る音がする。
キャサリン・ハートレーは、どれだけ願ったことだろう。
このカギが開いてくれることを。
「キィィィィッ」
軋んだ音と共に、扉が開く。
窓のカーテンは引かれていない。
すりガラスの窓からは、午前の秋の陽射しが、柔らかく差し込んできている。
夜ばかりに現れ、怖いを想いをさせて!――そんな風に私が心の中で訴えたので、キャサリン・ハートレーは日中に。しかもこれだけ大勢でここへくることを、許してくれたように思えた。
「カビっぽく、埃が……そしてなんだか匂いがしますね」
ミユの言葉に、ブルースはすぐにハンカチを取り出す。
ジェラルドもロイター子爵も。
自身の最愛のために、ハンカチを取り出して渡す。
マーコットとカラは、それぞれ自身のハンカチを取り出した。
こうして私達は、ハンカチで鼻や口を覆い、中の様子を確認する。
キャサリン・ハートレーが、横になっただろうマットレスはなかった。
だがチェストや古い家具は、いくつか置かれている。ロッキングチェアや揺りかご、子供の遊具である木馬なども、置かれていた。
このどこかにキャサリン・ハートレーがいる。
皆で一斉に家具の引き出しを開けたり、木箱を開けたりする中。
私の足は、自然と一つのチェストへ向かう。
見覚えのあるチェストだった。
長い年月を経て、飴色になったそのチェストの角に、黒いシミのようなものが残っている。
「こんな狭いところに」
自然と言葉がついて出ていた。
皆が動きを止め、一斉に私を見る。
「キャサリン、もしやここに?」
私の瞳からは涙が溢れ、ボロボロと零れ落ちていた。チェストに触れると、目の前に現在と過去が交錯する。
あの意地悪な先輩メイド達が、悲鳴を上げていた。
古びたマットレスの上で横たわる、キャサリン・ハートレーの死を確認して。
彼女達は、キャサリン・ハートレーの遺体に毛布をかけ、その場から立ち去った。何も見なかったと、口を閉ざすことにしたのだ。
キャサリン・ハートレーは古城に戻って来た。だが片想いをしていたオーガストが婚約者を連れ、ここに戻ってくると勘違いし、湖に身を投げた――そんな嘘を、意地悪な先輩メイド達は広めたのだ。
そう。
オーガストは、キャサリン・ハートレーが湖に身投げしたと思っていた。
彼はすぐに捜索を命じたが、そもそも湖に身投げなどしていないのだ、彼女は。いくら探しても、その遺体は見つからない。その事態を受け、オーガストは……キャサリン・ハートレーの後を追うように、湖に身を投じてしまったのだ。
だがそれは不慮な事故として処理された。第二王子が平民の恋人の後を追い、自死を選んだなんて、王室のスキャンダルになる。その事実は伏せられた。
第二王子であるオーガストの遺体は湖から引き上げられ、壮大な葬儀が行われる。身投げした使用人の遺体の捜索のため、陣頭指揮を執った心優しい第二王子。だが誤って湖に落ち、帰らぬ人になってしまった。
美談としてオーガストの死は語り継がれ、王家への国民からの人気は高まる。多くの平民、メイドやバトラーとして働く人々が、彼の墓所を訪れていた。花束を手にして。
一方のキャサリン・ハートレーは、屋根裏部屋で静かに朽ちていった。誰も近寄らない屋根裏部屋。誰にも発見されることなく、骨になったのだ。
そして数年後。
キャサリン・ハートレーを死に追いやることになった意地悪な先輩メイド達は、それぞれ結婚などの理由で、古城から去ることになった。
そこで最後にキャサリン・ハートレーの遺体がどうなったのか、彼女たちは確認しに来た。確認し、骨の状態になっていると分かると……。
彼女のお腹の傷が開くきっかけになったチェストの一番下の引き出しに、その骨を無造作に隠した。
そして意地悪な先輩メイド達は、二度とこの屋根裏部屋にも、古城にも、訪れることはなかった。
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