111話:古城へ戻る、です!
「一応、傷の縫合は済んだ。だがまだ治癒していない。そんな状態で古城へ戻って大丈夫なのかい!?」
村長夫妻も村人も、キャサリン・ハートレーのことを、心底心配してくれた。
だが長期休暇を既にとっているのに、さらに休むなんて許してもらえないと、キャサリン・ハートレーは感じていた。
何より今回の休暇。罰として与えられたものである。それなのに追加で休みたいと言えば、あの意地悪な先輩メイド達も反発するだろう。メイド長を焚き付け、「そんなに休みたいなら、クビにしてはどうですか? この古城のメイドになりたい女性は沢山いると思います」と言い出しそうだった。
だがメイド長は悪い人ではない。経験も豊富であり、公正な判断をできる人だ。よって直接会い、怪我をしていることを伝えたら、「仕方ないですね。治療を受けながら、勤務時間を減らしましょう」と言ってくれる可能性があった。
よって一度は古城へ戻る必要がある。
そうキャサリン・ハートレーは考えたのだ。
こうして傷が癒えていない状態で、休暇が終わる前日に古城へ戻った。
戻ったキャサリン・ハートレーを待ち受けていたのは、あの意地悪な先輩メイド達。彼女たちは部屋に行こうとしたキャサリン・ハートレーを引き留め、あの屋根裏部屋へ連れて行く。そしてそこへ閉じ込めた。
休暇が終わったのに、帰ってこない。
そういう状況を作り上げ、キャサリン・ハートレーをクビにする計画を彼女たちは立てていたのだ。その時、キャサリン・ハートレーが怪我をしていることなんて……彼女たちは知らなかった。
だが、知らなかったで許されるわけではない。
それどころか。
怪我をしているとは知らず、キャサリン・ハートレーを突き飛ばした。
すると屋根裏部屋に置かれていたチェストに腹部が当たり、縫合したばかりの傷口が開いてしまう。
激痛に苦しみ、声をあげ、助けを請うた。
だがその屋根裏部屋は使われておらず、滅多に人が立ち寄ることはない。意地悪な先輩メイド達は笑いながら部屋を出ていく。
体は思うように動かない。そして部屋の鍵は外側からかけられており、出ることはできなかった。
キャサリン・ハートレーの人生、振り返っても何か悪さをしたわけでない。
ただ、星の巡り合わせが悪かった。
そうとしか思えない。
実の母親が早死にしてしまい、後妻となった継母と二人の姉が、我欲の強い人間だった。そして父親はそんな人間に流されやすいタイプ。それでもオーガストのような男性に出会えた。もう少しで幸せになれたのに。
継母や二人の姉と同様に。他人の幸せや成功を妬む人間に、足元をすくわれてしまった。
無念だっただろう。悔しかっただろう。
でも一番は、ただただ、苦しかった。
そして悲しかった、だと思う。
翌日。
オーガストが古城に戻って来た。
彼はそこで知ることになる。
キャサリン・ハートレーが帰らぬ人になったことを。
キャサリン・ハートレー。
名前と性格、そして少し容姿が似ていることで追体験することになった彼女の人生。それはあまりにも短く、悲しく、報われないものだった。
あの意地悪な先輩メイド達がどうなったかは知らない。
オーガストがその後どうなったのか。
それも分からなかった。
ただ、分かった気がする。
キャサリン・ハートレーが何を望んでいるのか。
叶えてあげよう。その願い。
だが、今、私は自分がどういう状態か分からない。
自分では生霊だとずっと思っていた。
でも実際はどうなのかしら?
それにあまりにも長い時間が流れた。
ここは過去の世界だが、現実の世界はどうなっているの?
キャサリン・ハートレーが息を引き取ったと同時に。
私はスポットライトのような光が一筋当たる場所に、取り残されていた。
この状況がいつまで続くのか。
自分はこのままここに取り残されるのか。
不安になったその時。
「キャサリン」「お母様」
「フォード公爵夫人」
「奥様!」
大勢の声が一斉に聞こえた。
その瞬間。
世界が明るい光に包まれ――。
そして私はゆっくり目を開けた。
開けた瞬間に眩しくて、再度目を閉じることになる。
でも一瞬見えたのは、ジェラルド、ブルース、ミユ、ロイター子爵夫妻、モナカ……。
ずっと会いたかったみんなの姿が見えたのは嬉しい。でもその反面、不安でもある。
天に召される寸前に奇跡が起きたのでは!?と。
最期に会いたいと願ったみんなの姿を、見せてくれたのではないかと――。