110話:悲しい現実
宮殿へ戻り、国王陛下と会ったオーガストは、公爵令嬢とも隣国の姫君とも婚約するつもりはないと訴えた。オーガストは従順な第二王子として育ってきたので、こんなことを言い出すと思わず、国王陛下は大いに驚くことになる。そして思わずその理由を尋ねた。
「僕には心に決めた女性がいるのです」
「ほう。いつの間にそのような女性を作ったのだ? してどこの何者なのか」
問われたオーガストは、素直にキャサリン・ハートレーの名前を伝えた。古城の使用人の一人であり、メイド。平民出身の三女であると。
これを聞いた国王陛下は、話にならんと呆気なく却下する。そして公爵令嬢もしくは隣国の姫君との婚約話を進めると告げると……。
「意に沿わない相手と結婚するくらいなら、死を選びます」
オーガストがとんでもないことを言い出したのだ。
これには国王陛下も雷を落としたが、オーガストの意志は固い。
しかも公爵令嬢と隣国の姫君が同席する晩餐会で、さりげなく心を決めた相手がいると、彼は打ち明けてしまうのだ。当然持ち込まれていた縁談話は、ぽしゃってしまう。
国王陛下は呆れるが、覆水盆に返らず。
もはや国内からも国外からも、オーガストへの縁談話は持ち込まれない。
一方のオーガストは、宮殿に戻ってからの三か月間。国王陛下と顔を合わせれば、自身がキャサリン・ハートレー以外と婚約するつもりはないと、訴え続けた。こんなにしつこく粘るのは初めてのこと。さすがの国王陛下も無視できなくなる。
遂に国王陛下が折れた。
キャサリン・ハートレーの父親に男爵位を授け、結婚するまでの間に、伯爵位も与える。そして伯爵令嬢となったキャサリン・ハートレーとなら、結婚してもいいと、着地点を見出したのだ。
オーガストは喜び、古城へ彼女を迎えに戻った。
手紙などで事前に知らせなかったのは、サプライズのためだ。
だが、古城へ戻ると……。
オーガストは悲しい知らせを聞くことになる。
それは……キャサリン・ハートレーの訃報だ。
何があったのか。
休暇を与えられ、キャサリン・ハートレーは古城から出て行くことになった。その時点で元々病弱だった彼女の体は、三日間の高熱を経て、疲弊しきっていた。古城に一番近い村に着くと、再び熱を出し、倒れてしまう。彼女が古城でメイドをしていると知った村長は部屋を提供し、看病してくれるようになる。
村長とその妻は親切だった。
キャサリン・ハートレーのために、献身的に看病を行ったのだ。
隣町の医者を呼び、高額な薬も手に入れ、飲ませてくれた。手厚い看病のおかげで、キャサリン・ハートレーは三週間寝込み、ようやく回復できたのだ。
恩返しをしたい。
その一心で、残りの休暇が終わるまで、村長の家でメイドとして働きたいと、彼女は申し出た。勿論、無給で構わない。高額な薬を与え、看病をしてくれたのだからと。
村長は「袖振り合うも多生の縁です。お気になさらないでください」と伝えた。だがキャサリン・ハートレーには実家に帰れない事情があり、残りの休暇をどこでどう過ごすか。実は困っていることを知ると……。
「分かりました。では部屋と食事を提供するので、住み込みでお手伝いをお願いしてもいいですか?」
そう言って村長夫妻は、キャサリン・ハートレーの申し出を快諾したのだ。
そこから過ごす日々は、彼女にとって穏やかで、楽しい日々だった。
古城にいた時のように、意地悪をする先輩メイドのような人間はいない。決して裕福な村ではなかった。それでも村人は皆、真面目で堅実に生きていた。
国によって定められているルールを守り、狩りで獲物を仕留めれば、それは村人で平等に分け合った。病人が出て両親が働けなくなり、子供が困っていると分かると、すぐに周囲の村人が助けの手を差し伸べる。
たまに酔っ払いがお痛をすることがあるが、それもちょっと物を壊したり、子供のような喧嘩をするぐらい。すぐに解決するし、いざとなれば村長も仲裁に入る。
小さなトラブルがあるものの、平和な日々を送り、キャサリン・ハートレーはとても幸せだった。
このままずっとここで生きて行きたい。
あと一週間で休暇が終わる時。
彼女は古城に戻ることを憂鬱に感じていた。
そんな時、村にいずれかの貴族の令息が立ち寄った。旅の途中であり、村に唯一の宿に泊まることになる。貴族が村の宿に泊まるなんて、異例のこと。失礼があってはならないと、村宿の主は村長に相談する。すると村長は……。
「貴賓のもてなし、キャサリンは慣れているのでは? よかったら村宿を手伝ってもらえないか?」
村長に問われた彼女は、それを快諾する。
だがそれが不幸の始まりになるとは思ってもいない。
村宿の主の指示に従い、夕食を自室で食べる貴族の令息の給仕を、キャサリン・ハートレーは行うことになった。
地味な黒に近いワンピースに白いエプロン。決して着飾ったわけではない。それでもまだ若く美しい彼女に、令息はすぐに興味を持つ。
襲われそうになり、逃げようとしたキャサリン・ハートレーは、その令息の手で腹部を刺されてしまった。






















































