11話:ヒロインとの初対面はいい感じです!
初対面のヒロインであるミユに、ブルースが放った言葉は、本当に最悪だったと思う。自身が公爵家の嫡男であることを鼻にかけ、さらにミユに対し、おまえは男爵家の娘に過ぎない……とのたまうなんて。さらに見た目しかない、だなんて。
ミユは大人しく控えめで、性格だっていいのに!
若さと美貌が売りのうち……まあ、それは否定できない。前世でもこの世界でも、ただ若いだけでちやほやされるのは事実。だからと言って「僕のような男の婚約者になるのが、賢明だぞ」は、ない。あり得ない!
だが、安心してください! ブルースの軌道修正は完了している。
ぜーったいにこんなことは、言わない。ううん、言わせないわ!
ということで社交界デビューとなる舞踏会の招待状が届くと、みっちりブルースには、初対面の令嬢に対する接し方もレクチャーした。そして最高の一着となるような、上質な生地でテールコートを仕立て、オーダーメイドで革靴も作らせた。理髪師を屋敷に呼び、前日に髪もカットしてもらい、ミントの香油を入れた湯船にも浸からせている。
もう完璧な状態に仕上げ、ブルースを送り出したが……。
心配は、尽きない。
さらに。
小説を読んだことがある身としては、気になる。
あの高飛車発言を、ヒロインであるミユを前にして、してしまわないかを!
ということで私は、ブルースが参加する舞踏会へ、潜入することにした。
社交界デビューする令息に付き添うなんてこと、この世界ではしないもの。ゆえに潜入するしかない。しかもジェラルドにバレないようにするため、お友達のお茶飲みマダムに、アリバイ=ディナーを一緒にすることにして。
こうして私は懇意にしているブティックに向かい、そこで用意してもらっていたドレスに着替えた。
仮面舞踏会ではないので、顔を隠すことはできない。
よってドレスと髪型とお化粧で、別人になる必要がある。
そしてこのドレスであれば、まずブルースは、自身の母親とは思わないだろう。なにせ……とても露出が多い。普段の私が着ることがないタイプのイブニングドレスだった。それに初心な令息なら、このドレスには、目のやり場に困り、視線を逸らすはずだ。
ということで、胸元も背中も大きくV字に開いた、体にフィットする黒のシルクのドレスに着替えた。
髪はサイドポニーテールにし、ブティックで呼んでもらったメイクアップアーティストに、化粧を施してもらう。ナチュラルメイクにしているが、目元の印象を変えるよう、陰影をつけてもらい、つけぼくろも唇の上あたりにつけた。眉毛のラインも、いつもとは違う感じにしてもらう。
完成した私は、前世で言うならVから始まるファッション誌の表紙を、飾れそうだった。
ブティックの店員も「公爵夫人……ですよね?」とたじろくぐらいだ。
これなら絶対にブルースにバレることがないわ。
嬉々として馬車に乗り込み、宮殿へ向かってもらう。
舞踏会というのは、入場する方法が二種類ある。
まずは招待状を提示して入る方法。
次が家門の紋章を提示、入場する方法。
後者はよほどの家門ではないと、お断りされることもある。
だが、私はフォード公爵家の夫人なのだ。そもそもこの国に公爵家は、五つしかない。その一角であるフォード公爵の名で入れない舞踏会は……ないだろう。
というわけで宮殿のエントランスホールに到着すると、会場となる大広間に向かった。問題なく、大広間入口で紋章のついた扇子を見せ、入場完了。
大広間は華やかに飾り付けられている。白の生花やリボンの装飾が多いのは、この舞踏会が、社交界デビューする貴族がメインで開催されているからだろう。この日がデビューの令嬢のドレスコードの色は白だから。
ひとまず大広間に入り、中の様子を窺う。
社交界デビューする令嬢・令息がメインであるが、そうではない人々も紛れている。この国に滞在している各国大使や要人などは、この舞踏会に顔を出している。そういった方々の輪を見つけ、さりげなく潜り込む。
すると。
声を……かけられた。間違いなく、この露出がやや多めのこのドレスが、メンズホイホイになっている。各国大使や要人を、引き寄せてしまうようだ。そういうつもりで来ていない&私はジェラルド命なので、必死にそれらをかわしながら、遠巻きでブルースの様子を窺う。
いたわ……!
遠目で見ても、ひと際その素晴らしさが、際立つと思う。
ヒロインであるミユとの出会いは、国王陛下の挨拶が終わり、いよいよダンスとなった時だ。
小説では、不慣れなミユがブルースにぶつかる。そこでブルースが高飛車なダンスの誘いをし、本当はミユはイヤなのだろうが、断ることもできず、ダンスとなる。
今回は大丈夫だろうか……。
ブルースはすぐに見つけられたが、ミユはどこに……。
いた!
ミユは、白のドレス、白のロンググローブ、まとめた髪にはティアラと、大変愛らしい。
ミルキーブロンドの碧い色の瞳。雪のような肌で、小胸だが程よい形。
表紙絵と挿絵で見たヒロインが、そこにいることに感動する。
あ!
ミユが別の令嬢に押され、ふらっと傾いた。
ブルース!
見事に抱きかかえるようにミユを支え、そして体勢を立て直すのを手伝ってあげている。しかも何か気の利いたジョークでも言ったのかしら? ミユの雪のような肌が、嬉しそうに薔薇色に染まっている!
さらに。
ブルースは恭しく手を自身の胸に当て、もう片方の手をミユに差し出し……。
ダンスのお誘いをしている!
ちゃんとお辞儀もして、遠目であるが、礼儀正しいと思う。
対するミユの反応は……。
笑顔だわ!
困っている表情でも、困惑している表情でもない、ちゃんとした笑顔!
これは間違いなく、成功だと思った。
高飛車なダンスのお誘いではない!