106話:だ、誰ですか!?です!
ジェラルドと一通り話した後、図書室へ向かうことにした。
早朝の時間。
すれ違う使用人の数は少ない。
だが彼らは私が元気そうな様子を見ると、安堵の表情になる。
「これまで王家がこの古城に滞在しても、舞踏会に招かれるのは、この周囲に領地を持つ貴族だ。使用人達を舞踏会に参加させることなんて、一度もなかった。故に昨晩、この城の女主としてキャサリンが使用人の参加を認めたこと。皆、とても感動していた。すっかりキャサリンのファンになったようだ」
「……! そうだったのですね。単純に舞踏会なのに人が少ないのは寂しいと思ったのと、使用人のことを知るいい機会と思っただけなのに……」
「その単純な発想さえできない貴族が多いということだ。さあ、着いた」
そう言うとジェラルドは、当たり前のようにカギを取り出した。
「もしかして図書室自体にもカギが?」
「そうだな。図書室といっても、ここは古城であり、王家が所有していたんだ。収蔵されている本には古書も多い。初版本や希少な本もあれば、装丁が芸術品的なものもある。ここの使用人がそれを盗むとは思えないが、何か起きた時、疑うことになるからな。それならば転ばぬ先の杖で、カギをかけるのは妥当だろう」
「それはその通りです。……昨晩もきっと、カギはかかっていたのですよね。でも私は、ゴーストがカギを開けてくれたので、中に入ることが……できました」
これを聞いたジェラルドはくすくすと笑い「そこについては何とも。ただカギを掛け忘れていた可能性もある。この世ならざる者がそうしたとは限らないぞ、キャサリン」と言うと、ぽすっと私の頭に手を載せ、撫でた後。
ちゃんと私をエスコートして、室内へと足を踏み入れる。
まずは窓の方へ向かい、カーテンを開けることにした。
カーテンを開けながら、改めて昨晩のことを思い出すと、背筋が寒くなる。
ジェラルドと信じ、薄暗い廊下を走り、図書室の中にも入ったのだ。
あれがゴーストと分かっていたら、追わなかったのに……!
そう思うものの。
あのゴーストは私に手紙を見つけて欲しかったのだ。
ということは。
もし昨晩、誘われなくても。
別のタイミングで呼ばれただろう。
でも。
日中にしてくれればいいのに!
ホラーの展開って必ず夜ばかり。
どうして幽霊は日中、出現できないのかしら!?
そんなことを思いながらもジェラルドと二人、すっかり明るくなった図書室で、本の目録を確認する。
「歴代の城主を記録した本は……あるな。ただ場所は書庫だ」
「え、書庫ですか!?」
昨晩の今朝なのだ。
書庫に行くのは……怖い!
「キャサリンはここで待っているといい。わたしが見て来よう」
そう言って歩き出したジェラルドの上着の裾を掴んでしまう。
「ひ、一人になるのは無理です! 昨晩みたいにカギがかかり、ジェラルドが出られなくなったら……」
ふわりと抱き寄せられ、頬にキスをされる。
ジェラルドの唇の温かさに、心が和らぐ。
「では一緒に入ろう。扉は開けておく。椅子を置いて、扉が閉じないようにしよう。大丈夫だ、キャサリン」
「ジェラルド……」
もうエスコートではなく、腕を組むのでもなく。
私がジェラルドに抱きつくようにして、書庫の中に入った。
まずはカーテンを開けると、なんてことはない。
ただの書庫。
そこまで広くなく、昨晩、ここで怪奇現象が起きたとは……とても思えなかった。
むしろ窓から見渡せる美しい庭園に気持ちが緩む。
「キャサリン」
ジェラルドに名を呼ばれた瞬間。
背中にピリピリするような気配を感じ、そして首の後ろ辺りにドンと衝撃を感じた。
「どうした、キャサリン!?」
ジェラルドが抱きとめてくれたと思い、顔を上げると。
だ、誰ですか!?
シルバーブロンドでサファイアのような瞳。
これって、スチュアート!?
い、いや。
違うわ。
スチュアートはまだ十代。
でもこの彼は、もう少し年上。
例えるなら大学の先輩くらいの年齢だわ。
それに髪が長い!
シルバーブロンドのサラサラの髪を左側で束ね、銀細工のリングの髪留めでまとめている。
「キャサリン、大丈夫? 仕事がきついのでは? 僕からメイド長に言って、もう少し楽な役割に変えてもらおうか?」
うわぁーーーーー!
声がスチュアートそっくり!
さながら今のこの状態は、学園を卒業し、アカデミー在籍中に髪の毛を伸ばしたスチュアートに抱きとめられた……そんな感じに思えた。
うううううん!?
なんで抱きとめられたの? ……あ、私が倒れそうになったから?
でももう大丈夫ですから……と思い、その胸の中から逃れようとするが。
「殿下、ご心配には及びません。私のことは気にせずに」
え、この声、誰!?
「キャサリン、そんな寂しいことを言わないで。僕は本当に君のことが心配なんだ。君は元々体が強くないのだろう?」
サファイアのような瞳が私の顔を覗き込む。
スチュアート!
距離が近い! っ、違う!
スチュアートにそっくりだけど、違う!
それに私、病弱ではないですから!
「殿下」
「キャサリン」
嘘、嘘、嘘!
何しているんですか、スチュアート!?
私にキスしたら、ジェラルドに抹殺されますよ!?