10話:息子の軌道修正できました!
「断崖絶壁で暮らすスノー・ディア……知らなかったよ、キャサリン。ここ連日、書物に没頭していたのは、それを調べるためだったのか?」
「ええ、そうなんです」
この世界では、基本的に夫婦は別々の寝室が当たり前と、キャサリンの記憶にはある。
だがジェラルドは、毎晩のように私の寝室へ来ていた。
それは……まさに私の前世記憶が覚醒した日から続いている。
何もない時、ジェラルドはただ私を抱きしめて眠りに就く。そうすることが当たり前になり、そうしないと熟睡できないくらいになっていた。お互いに。
ということで今朝の件もある。今日のジェラルドは、ただ私に腕枕をして、白い鹿の話を私から聞いていた。
「王太子と第二王子が褒美を出すという話は、本当だ。褒美欲しさに、白い鹿を捕らえようと考える愚か者は……コリンズ伯爵の令息キータだけではないだろう。大人でも、そんなことを考えてしまうかもしれない。キャサリンの言っている本を明日、王宮へ届けに行ってくる。そして改めて王家から通達を出してもらおう。今回の狩りで、白い鹿を狩らないようにと。参加者に、注意喚起させよう」
「ええ、ぜひ、そうしてください!」
これできっと、ジェラルドの崖から転落死は、回避できる。
ただ、他にも何かあるかもしれない。
「ジェラルド。白い鹿もそうですが、森にはクマやイノシシもいます。くれぐれも注意なさってくださいね」
「……わたしのことを心配し、あんなに真剣に本を読んでいたのか?」
まさにその通りなので、思わず赤くなると。
「キャサリン……。今日は君をゆっくり休ませたいんだ。昨晩は無理をさせてしまったから。だからそんな煽るような表情をしては、ダメだ」
そう言って視線を伏せるジェラルドは……なんだか妖艶。
男性でもこんなに色気があるのね。
気づけば私からキスをしてしまい……。
この夜はとても甘く優しい、とろけるような時間が流れた。
翌日。
ジェラルドは王宮へ向かい、そこで断崖絶壁で暮らすスノー・ディアの件を、王太子と第二王子へ報告した。結果、通達が出され、この狩りで白い鹿を捕らえる者はなかった。
かつ、狩り自体も問題なく終わっている。そしてジェラルドとブルースは、大変立派なサイズのイノシシを狩り、特別賞をもらっていた。その際、ジェラルドが「息子が最初にこのイノシシを見つけました。白い鹿の件は、妻のアドバイスです」と皆の前で、明言したのだ。
おかげでジェラルドと共に、私まで褒章を別途与えられた。そしてブルースも、自身では何も言わないが、周囲の子供たちは「ブルースもその家族もすごい」「立派だ」と口々にする。これにはブルースも大喜びだった。
結局、ジェラルドは小説の流れに反し、狩りで命を落としていない。
そのせいで、何か起きるのではと心配したが……。
私にとってジェラルドがどんなに素敵でも。
小説の中では、所詮モブなのだ。
よってストーリーの強制力が働くことも……どうやらなしで済んだ。
そう思っている。
一方のブルースは、ジェラルドの協力もあり、とても素敵な令息へ成長したと思う。
十五歳になったブルースに、小説で見られるような高飛車な発言も、身分による差別意識もない。日曜日には毎週のように孤児院に足を運び、そこで家族三人でボランティア活動に参加した。これも功を奏したと思う。おかげでブルースの性格は、素直で優しく、とても親切。私が覚醒したばかりの頃は、我が儘を言い、服を投げたりしていた。天使のように愛くるしいのに、悪魔のような側面もあったのだ。ゆえに怖がるメイドもいたが、今はそんなことはない。表裏なく、天使だと思う。よって使用人のみんなからも、愛されている。
さらに剣術と乗馬の訓練を、約九年間続けたのだ。ジェラルドには及ばないが、ブルースの体も、程よく筋肉がついている。髪型は、もうおかっぱ頭ではなく、襟足が少し長めで、前髪はサラサラ。ちょこんと小ぶりの王冠を載せたら、なんだか王子様のようだ。……これは親の贔屓目かしら?
ちなみにジェラルドと私は同い年なので、現在共に三十四歳だが、問題ない。毎日の食生活の改善と、私も乗馬をやるようにしたので、共に美貌をキープできている。というかむしろこの年齢になり、ジェラルドは若さ+αの魅力が出て来たと思う。ベッドで一緒に休む習慣も変わっておらず、そして溺愛は深まるばかり。ただ残念なのは、ブルースの弟や妹の誕生がないことだ。そこは小説の設定のせいなのか。あれだけジェラルドの愛は深いのに。
ともかく家族三人、そして使用人たちと幸せに暮らしているが、これでハッピーエンディングではない。何せブルースは間もなく、運命の日を迎える。
運命の日。
それはこの小説の世界のヒロインであるミユ・マリア・ロイターとの出会いだ!
ブルースとミユが出会うのは、共に社交界デビューとなる宮殿の舞踏会。
初夏に行われるこの舞踏会で、二人は出会っているのだ。
ただ……。
私が小説で読んだ時の二人の出会いは最悪だった。
だって。
高飛車令息だったブルースは、美しいヒロインに、こう告げたのだから。
「僕は公爵家の嫡男だ。お前は格下の男爵家の娘。僕の婚約者になれば、両親も喜ぶだろう。どうせ見た目しかないんだ。若さと美貌が売りのうちに、僕のような男の婚約者になるのが、賢明だぞ」