それは、まるで
ヴァイパーホーク。ヴェルツ王国周辺に生息する大きな鷹のことで蛇のような舌を持っている。生態系上位に位置する生物で、体が大きい上に毒まで使ってくる厄介な生物だ。
そんな生物と出くわしてしまうとは運がない。普段の彼らはどうやら森の奥のほうを縄張りにしているらしく、滅多に街道側に出てくることはない。
そんな怪物に物怖じせずに立ち向かうお父様であった。俺はといえば草の中に隠れて、プルプルと震えながら見るぐらいしか出来なかった。
そりゃあそうだよ。震えるぐらい許してくれ。
元サラリーマン。争いなんてしたこともない。
こんなに大きな動物なんて前世で動物園ぐらいでしかいない。
それに動物の中でも猛獣なんて。猟師じゃあるまいし。
それに猟師も銃や罠を使うしましてや直接対峙なんてもってのほかだ。
あー怖い。お父様はよく剣を向けられるな………。
恐怖の感情に押しつぶされている俺と違いお父様とヴァイパーホークがにらみ合っている。
そして、先に動いたのはヴァイパーホーク。
「キェェェェェ!!!!」
大きな威嚇声を上げ、攻撃態勢に入る。
大きな翼を広げ、一瞬空に飛びあがったと思ったら、前足を突き出しお父様の方に飛びかかる。
一瞬の動きであったが、お父様はそれを見切ったようで横に回転しながら回避する。
すかさず構えている剣で足元を切り裂く。
しかしヴァイパーホークの足は傷つくだけで怯みもしない。
「くそ!硬い!」
「キェェェェェ!!!!」
再び、ヴァイパーホークが翼を広げた。
その時、翼の前に小さな水玉がいくつか浮かび上がりそれをお父様に向けて飛ばす。
お父様もその動きを知っていたのか、上に跳躍。しかし通常の跳躍と違い、ふわりと浮遊感ある動きをしていた。
しかしヴァイパーホークは空の生物。飛びあがったお父様に向かってヴァイパーホークが飛び上がり、お父様が嘴に咥えられて、その後地面に叩き付けられた。
「グハッ!!」
叩き付けられたお父様は直ぐに起き上がろうとするが、ヴァイパーホーク翼を広げさっきの水玉攻撃をする。
しかしお父様も対抗して手を前に突き出し、何やら口ずさむ。すると氷の塊が浮かび上がりそれをヴァイパーホークに向けて放つ。
バンッバンッバンッ
互いに攻撃を受け、ヴァイパーホークからは血が流れていた。お父様からは煙らしきものが上がっていた。
数秒、お父様の方をヴァイパーホークが睨み、森の奥へ飛んで行ってしまった。
「お父様!!大丈夫ですか!!」
息を吞む戦いであったがお父様が心配で、駆け出した。
「くっ………。フェニア。はあ………。はあ………。怪我はないか?」
「そんなことよりお父様!お父様!酷い怪我です………。僕は、僕は」
焦って言葉が詰まる。
お父様の皮膚はヴァイパーホークの毒でただれていた。
「フェニアよ………。落ち着いて話を聞け………。まずは母さんたちを呼んできてくれないか………?あと水でこの毒を洗い流して欲しい………。フェニア。頼む」
「わかりましたお父様………。すぐにお母様を呼んで来ます!!」
そうして走り出した俺は必死に息を切らして、お母様の元に向かった。
どうして、どうしてこんなことに。生まれ変わって幸せで、それなのに、こんな、酷い。
――――――――
そして、お母様のいる馬車に着きすぐさまお父様の元に向かった。
「あなた!!なんてこと………。ヴァイパーホークとだなんて………。毒も浴びてしまって………。」
「はあ………。クラリッサ………フェニア………。すまない………。君たちともっと………もっと………」
その眼には涙が浮かんでおり、お母様も俺もわんわんと泣いていた。
ヴァイパーホーク。この生物の毒は非常に強力で、特定の解毒剤をもっている場合を除き対峙してはいけないとされている生物。
そんな生物がこんな街道に近いところにいるなんて誰も考えない。
「ああ!お父様!ごめんなさい!ごめんなさい!僕が!僕が!普段から!お父様たちとお話ししていれば!」
「フェニア………。お前は悪くない………。私が………。私がもっと、普段から………。」
どうやらもう助からないらしい。
どうやらもう時間がないらしい。
どうやらもう………。
わんわんと下を向いて泣いている僕たちであったが、ふと前を見る。
そこには紫のようなシルバーのような綺麗な毛並みの猫が佇んでいた。
その猫がお父様に近づく。
「ニャー」
不意に猫が鳴くとお父様の爛れた皮膚が時間を巻き戻すように治っていく。
は?
何が起こっているかわからない。でも確実にわかるのはお父様の傷が治っていることだけ。この猫は一体。そう考えていると
「ケット・シー!?」
お母様が驚いた声でケットシーと言った。どうやらケットシーのようだ。いわゆる妖精猫。前の世界だと童話などに出てきた想像の生き物。そんな生物がどうして今ここに?
そして再び猫が鳴く。
「ニャー」
すると、猫の体が光り輝き、小さい光となり、ビュンビュンと飛び回るった後、こちらに光が向かってきた。
「うわ!なんだ!」
その光は手の周りをグルグルと周り、手の中に入って行った。
そうして手の先、指先、人差し指に指輪のように、光るタトゥーのような紋様が刻まれた。
何が起こったか理解できなかった。そしてよこで倒れていたお父様が起き上がった。
「なにが………起こったのだ………?」
「わからないわ。でもケットシーが現れて、あなたを治したのよ。よく分からないけど助かったみたい!」
笑顔でありながら泣きながら嬉しそうにしているお母様であった。
しかし俺は俺で手を見つめて呆然としていた。
それは、あの猫が起こした奇跡は、まるで魔法のようだった。
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