年始明けのカテリーデン
仕事始めの為に全員が既に動き出している今日。
芽依も早めに動いてはいるのだが、やはり領主の朝は早いようだ。
朝食の為に入った広間では、丁度食べ終わり席を立とうとしているアリステアがいたのだ。
「ああ、おはようメイ、フェンネル様」
すでにシャルドネとは挨拶を交わした後なのか、挨拶を言ったのは芽依達だけだった。
朗らかに笑うが、その手には空の胃薬があって愛用しているのがわかる。
時期的に仕事始めが大変なのは分かるが、パール公国の事にも頭を悩ませているのだろうな、と芽依は眉尻を下げた。
「メイは今日からカテリーデンだったな。昨日からカテリーデンは販売しているとはいえ休み明けは何かと物騒な事件もあるから気を付けるのだぞ」
「はい、アリステア様も無理しないでくださいね」
そう言って、そっと1口サイズにわけてあるチーズが複数入った丸い木箱をアリステアに手渡した。
これは……? と芽依と木箱を何度か見比べると、芽依はアリステアの手に木箱を持たせる。
「これ、胃に優しいのでお仕事の合間にどうぞ」
ちょっとでも癒しになればいいなぁ……と手渡すと、目を見開いて驚くアリステア。
首を傾げて芽依が見ていると、嬉しそうに笑ったアリステアは木箱をしっかりと持った。
「そうか、ありがとう。あとでいただこう」
「はい、無理しないでくださいね」
「ああ」
嬉しそうに笑ってから仕事に向かったアリステアを、忙しい人だなぁ……と見送った。
「さぁ、仕事だよー!! 」
芽依はヤル気に満ちていた。
しっかりと温泉で体を癒した芽依は、久々の仕事を楽しみにしている。
社畜だった時はいつ休みになるんだ、いつ帰れるんだ、と疲れた体を引き摺るように仕事をして寝に帰る生活の中で、自ら働きたいなど思わなかった。
ただ、課せられた仕事をする為に疲れきった体をもう無意識に動かしていたようなものだ。
そんな過去の芽依が、今の芽依を見たらびっくりするだろう。
休みを満喫して、大好きな家族とある意味一族経営な庭を手入れして出荷する。
しかも、売れば売るだけ収入が増えるという芽依には楽しい事しかない仕事だ。
ある意味社畜と変わらないが、そのヤル気や気持ちはまるで違うのだ。
「おはようございます、ご主人様」
「おはようございますメイ様」
2人でパタパタと足音を鳴らして芽依のそばに来る可愛い奴隷達に芽依は笑み崩れる。
「おはよう、ハス君、パピナス」
ハストゥーレの手を両手で握り締めると、頬を赤らめてハニカムハストゥーレ。
周りに真っ白い花が咲き乱れ、幻覚かと思ったら、フェンネルがこっそりハストゥーレの周りに咲かせている。
可愛らしい悪戯に思わず吹き出すと、ハストゥーレは周りの花を指先で掴んだ。
「…………花が」
「似合うよー」
えーい、とハストゥーレに飛びかかるフェンネル、わちゃわちゃとしている隣でうふふ、と笑うパピナス。
「…………うんうん」
満足そうに笑いながら頷くと、巨大な蟻が横切るのを見付けた。
走り出しジャンプして、太く長い足にしがみつく芽依を見下ろし動きを止めるメディトーク。
『どうした』
「メディさんが見えたから」
『随分機嫌良いじゃねぇか』
「何だか朝から気分がいいの。今日ずっとメディさんの背中でお昼寝したい」
『振り落とすぞ』
「えー? 」
そんな言葉遊びをするが、メディトークが芽依を落とすことは絶対無い。
今も足にしがみつく芽依が落ちない様に角度を変えて座れるように移動している。
「カテリーデンだし、福袋だし、お雑煮だし、少年だし」
『最後おかしいだろ』
「今日は私の天使に会える予感がする」
『お前のじゃねぇだろ』
「えー? 」
今日のカテリーデンは午前中だが遅い時間だ。既に準備は前日に終わらせている為、今すぐ何かをすることは無い。
だからこそ、芽依はメディトークの足に座って箱庭で手入れを行う。
直接手作業の方がいいのは分かっているが、カテリーデン前だからと今日は箱庭である。
「………………あ、ヘルキャットの羊って足りてる? 」
『大丈夫だ。次は害獣が終わった後の仕入れで間に合うだろう』
「害獣が終わったあとで思い出したんだけど、工場買うんだよね」
『ああ、3機な』
「え……2機じゃなくて? 」
『温泉でお前がフェンネル虐めたから、フェンネル買う気だぞ』
「えっ?! 」
驚きの内容にフェンネルを見たが、こっちの話に気付いていないようだ。
雪の下野菜を掘り出して様子を見ている。
白い服をよく着ているフェンネルの袖やズボンが土で汚れそうだが、魔術が掛かっているのだろう。真っ白でシミ一つない。
「…………えぇ、だから自分の為にお金を使ってよ」
『自分の為に使ってるだろ』
「そうじゃなくてさぁぁぁ」
まさかのフェンネル自腹での工場購入計画を知って脱力する芽依。
たしかにあの時重たいのはそんなもんじゃないと、ある意味メンヘラ彼女のようなフェンネルを軽く虐めたが、その弊害がここに来て発生。
しかも、フェンネルにしてみたらそこまでの出費でもないから余計に軽く即決して購入する。
『お前を繋ぎ止めたくて必死なんだろ』
「繋ぎ止めてるのは私の方なのに」
『諦めて貰っとけ』
「………………んー」
フェンネルを見ながら悩む芽依。
眉をひそめていると、視線に気付いたフェンネルが顔を上げた。
険しい顔の芽依にびっくりして駆け寄ってくるのを黙って見ていた芽依は、どうやって購入を白紙に出来るか頭を悩ませるのだった。
「さあ、今年初めてのカテリーデンです。よろしくお願いします」
今年初めてのカテリーデン、ブース代を多めに渡して芽依達はいつもの予約席のようになっている1番奥のブースへと向かう。
すでに2つ分の長テーブルが繋がって置いてあり、隣にいるブースの人が不思議そうに見ている。
「あ、ここの人ですか? なんか長テーブルくっついてるんで……す……よ……」
芽依達がゾロゾロと現れ、隣のブースの人が話し掛けてきたが、移民の民と沢山の人外者が来てびっくりしている。
言葉尻が小さくなり目を見開くその人をチラリとフェンネルが見ただけで、足が止まりかけた芽依の背中を押して先に歩かせた。
「え、話しかけられたよね? 」
「大丈夫」
「え、なにが……」
ちゃんと返事をしようとしたが、それを遮るフェンネル。
ブースの準備を始めていくメディトーク達に習って芽依も渋々準備を開始した。




