初めての夜会
いつもよりも高いヒールの靴に足を入れた。
ふわりと広がるプリーズスカートは美しいエメラルドグリーンで煌めいている。
薄くもなく厚くもない生地は動く度に足に当たりふわりと広がる。
同じ色のチューブトップには美しい刺繍がされていて、薄く艶やかなレースの生地が肩から重なり背中に大きなリボンを作っている。
煌めかしいリボンは足首にまでフワリフワリと広がりスカートのボリュームを増やしているように見えた。
全体的に細身のドレスは、リボンによって艶やかな広がりを作ってとても豪華だ。
肩よりも少し伸びた髪は美しく結い上げていて、沢山の花を飾っている。
そこからレースで出来たベールを付け、鏡の前に立つ。
今夜は夜会である。
以前から練習しているとはいえ、期間は短く上達しているのか不安なダンスも控えている。
ふぅ……と息を吐き出して、準備を手伝ってくれたセルジオを見上げると、キラリと光るネックレスを付けてくれた。
「…………似合うな」
「ありがとうございます」
夜会へは移民の民だからこそ、出席するべきらしい。
夜会や舞踏会には様々な恩恵を授かれる事があり、更には大切な伴侶に手を出すなというお披露目にもなる。
誰の伴侶か、誰から守護を受けているのかを知らせて手出しされないように周知させるのも大切な事のようだ。
それを理解して、さらに移民の民というアドバンテージを見せびらかす人も多い。
人外者にとっての移民の民は、守るべき対象であり羨まれる存在。
そして、餌となりうるからこそ、誰のものが分からせる。
芽依に伴侶は居ないが、守護する人は沢山いる。
メディトークは勿論、大切な家族の2人にセルジオとシャルドネも芽依に気を配っているし、ブランシェットもいる。
たとえ国からの保護とはいえ、対国同士には協力な力を発揮するが、相手が人外者となっては太刀打ち出来なくなる事も多い。
その為にも、夜会に顔を出す意味があるのだ。
今までの移民の民に守護を与えていたのは伴侶だけ。
だからこそ、違う芽依への注意も含まれている。
手を出すな、芽依には警戒せよ、という事だ。
「気を付けて行くんだぞ」
「はい」
ふわりと笑って芽依の頬を撫でてからセルジオは部屋を出ていった。
相変わらずの美しい着付けに息を吐き出し、芽依はいつもよりも高いヒールに転ばないようにゆっくりと歩いていった。
この靴にも、痛みや疲れ軽減の魔術が施されていて思わず苦笑する。
細やかな場所まで手を尽くされている、さすが過保護なお母さんだ。
「あ、シャルドネさん」
「メイさん……綺麗ですね。とても似合っていますよ」
髪に触れて優しく微笑むシャルドネに芽依は笑う。
シャルドネの動く度に揺れてなるビーズ飾りのシャラシャラとした音を聞きながら、ありがとうこざいます、髪に触れるシャルドネの手に触れた。
「帰ってきたら感想聞かせて下さいね」
「はい、お酒を飲みながらお話しましょうね」
「おや……ふふ、そうですね。それは楽しみです……優しく噛んでくださいね」
耳元で言われた言葉に顔を赤らめて曖昧な笑みを浮かべる。
「シャルドネさんは良い香りで美味しいから止まらないんです。自重しなきゃです」
「ふふ……遠慮なさらず」
そんな言葉遊びをしながら2人でクスクスと笑った。
シャルドネは良く足を噛まれるのだが、全く抵抗感はなく、むしろ必死にあむあむする芽依が可愛くて仕方がないのだ。
「では、行ってらっしゃい。お気を付けて」
「はい、行ってきます」
手を振って歩き出した芽依の後ろ姿を見ると、あの時の溢れ返る香と素顔を思い出してふわりと笑う。
自分のものにしたい等は思っていない。
ただ、芽依がシャルドネを求めているなら、それならばいくらでも差し出しましょう、と言えるくらいにシャルドネは芽依に惹かれていたのだった。
「わぁ、メイちゃん可愛い……うっ!! 連れて行きたくない」
フェンネルがパチパチと手を叩いて言っていたが、背中側を見た瞬間崩れ落ちた。
チューブトップの背中はガバリと開いていてレースで覆われている。
リボンになりスカートのボリュームを出している生地はとても薄くて、背中をしっかりと見せているのだ。
背中は短い髪の為隠しようがない。
「仕立ての精霊めぇ……可愛いけど出したくないじゃないか」
ぐぅ……と力を入れて手を握っているフェンネルに思わず苦笑するが、逆に照れて赤くなりそうなハストゥーレは平常心だった。
美しいです、と微笑み芽依を褒める。
それは少し意外だったが、良く考えたら彼はギルベルトの奴隷で、美しく着飾っている女性は五万と見てきたのだ。
今更背中が開いたドレスを見ても、デザインの一環と捉えてしまうようだ。
フワフワと笑って芽依を見るハストゥーレは、本当に綺麗、可愛いとしか思っていない。
そして現れるラスボス。
『…………ああ、いいな。良く似合う』
腰に響く低く甘い声を出して頬を撫でるラスボス巨大な蟻。
この蟻は最近溺愛がさらにグレードアップして芽依を可愛がっている。
蟻なのだ。巨大な蟻。
何故、こんなに誰よりも腰を破壊しにやってくるのだ。
本当に蟻なのだろうか、何かに化かされているのでは……呪いか?! と最近真剣に悩む。
「……メディさんもとっても素敵」
『蟻が素敵? 本当かよ』
クッ……と笑い髪型が崩れないように頭を撫でたメディトークが離れていった。
「な……にあれ! 甘いんだけど!! 」
地面にしゃがみ込むフェンネルの上にどさりと倒れ込んだ芽依は、危なげなく支えられている。
フェンネルもノシノシと歩くメディトークを見ていた。
「メディさんは元々甘くて優しいけど、最近は何だか凄いよね」
フェンネルにも言われる始末だ。
だが、この蟻は人たらしなのだろう。
甘々な溺愛を見せるのは芽依ばかりだが、フェンネルやハストゥーレにも優しい笑みを浮かべて世話を焼く。
世話焼きが溺愛にグレードアップしたとしても、もはや芽依たち3人はそれを不思議には思わなかった。
それ程に、メディトークは芽依たち3人を慈しんでいる。 最初に会った時と比べようも無いくらいに。
夜から深夜にかけて開かれる夜会は、夕方から入場が開始される。
本格的な夜会はまだだが、集まり会話を楽しむのは自由なのだ。
夜会への招待状は、主催者が出すが、それが届けられずとも参加する事は可能。
まず、位の高い人外者や季節により重宝される人外者は招待状無しでも主催者に連絡をすれば参加可能となる場合が多い。
今回は、雪の眷属を持つ最高位のフェンネルがいるから問題はないのだ。
予め連絡していて4人は参加者となっている。
その分、正規の参加者から2組分の招待状が忽然と消えて参加資格を失っている。
人数の調整も、主催者の義務だ。そういうものなのだ。
特に、移民の民の芽依がいる。参加を渋る主催者はいない。
「今回は冬の系譜の妖精が主催者で穏やかな人だから心配はないよ」
にこやかに笑うフェンネルに頷き、楽しみだと笑みを浮かべた。
空が闇色に染まる頃、芽依は3人にエスコートされて白銀に輝く城の入口に立っていた。
フェンネルとハストゥーレに手を添えられ、その後ろには招待状を持つメディトーク。
受け付けなのだろう、黒に限りなく近い深い緑色のスリーピースを来た美しい妖精が羽を光らせて招待状を受け取る。
「…………羽が光った」
「うん、歓迎や嬉しかったり幸せだったり……そんな時に羽は光るんだよ。幸福の象徴だね。今回は歓迎の証」
「え…………」
そんなのは見たことがない。
幸せなら光る? でも、フェンネルもハストゥーレも光っている所など見た事がない。
セルジオもシャルドネもブランシェットもだ。
愕然としてフェンネルを見上げると、ん? と首を傾げている。
それを正確に読み取ったメディトークが後ろから芽依の腰に足を回した。
『…………羽は常に光るもんじゃねぇ。色んな意味やその立場にも変わってくるもんだ。だから、こいつらやセルジオ達がお前といて幸せじゃねぇって事じゃねぇからな』
「……そう、なんだね」
「……そっか、ごめん。話してなかったよねぇ。メイちゃん、後でゆっくりお話しよっか」
「うん」
ふわっと笑ったよそ行きのフェンネルは、安心させるように握る手に力を込めた。




