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花盗人


 領主館から街へと行く道の途中に見事な紫陽花が咲く場所がある。

 薄紫や青、ピンクが混じり合い両側の道路を彩っていく紫陽花は観光スポットにもなっていた。

 領主館に入ることは出来ないが、その外観は白一色で美しく、門の周りにはぐるりと花菖蒲が咲いている。

 その領主館を見に来る人もいる為、紫陽花の道を通り目を楽しませる人は多い。


 そんな紫陽花を最近盗んでいる人が居るとアリステアに連絡が入ったのは昨日の事だった。

 広く長く咲く紫陽花の花の1箇所をごっそりと切り取られていて、その横に薄紫色の髪を持つ女性が切り取られた紫陽花がある場所を見つめていた。


 カツカツ……と足音を立てて歩くセルジオの隣には芽依がいて、初めて見る紫陽花ロードを微笑みながら見つめていた。


「とても綺麗ですね」


「ここの紫陽花は、季節に関係なく咲くから何時でも見れるぞ」


「おおー……」


 アリステアからの指示で見に来たセルジオ。

 たまたま話をしているのを聞いていた芽依は紫陽花ロードを知らず、そんな場所があるんだ……と呟いたのを聞いた2人が芽依を見た。

 そして、用事がないなら見に行ってみたらどうだ? とアリステアに言われて一緒に行く事になったのだった。

 美しい紫陽花を見ていると、女性がいるのに気付きセルジオはそっと芽依の手を掴んだ。

 後ろに隠すように少し前に出て立ち止まると、女性はこちらを見た。

 

「…………あなたは」


 ふわりと風が吹き、薄紫色の髪を抑えた女性が呟く。


「……その切り取られた紫陽花を調査しに来た。場所を開けてもらっても? 」


「ええ、勿論」


 場所を譲ってくれた女性から目を逸らしたセルジオは、芽依の手を引き歩き出した。


「………………スッパリ切り取られてるな」


 長い紫陽花ロードの表面の場所をごっそり切り取られている。

 切り口もスパッと綺麗に無くなっていて、茎の部分を指先で摘み見ているセルジオの隣に立つ芽依は紫陽花を見てからセルジオを見上げた。


「……人外者の仕業だな」


「そうなんですか? 」


「ああ、誰かは分からないが気配が残っている」


 すぐに手を離して周りを見渡すが、女性以外には誰もいない。

 だが、何かの魔術を使ったのか、魔術の痕跡も残っているようだ。

 眉をひそめて考えるセルジオを横目に芽依は女性を見る。

 セルジオを見ていた女性は、視線に気付き芽依を見るが、その表情は無であった。

 何を考えているのか表情からは読み取れない。


「ここに、誰か来なかったか? 」


「いいえ、私だけでしたよ」


「そうか」


 振り向き女性に聞くと、セルジオには笑みを浮かべて答えている。

 セルジオと話し出した女性は一切芽依を見ない。

 徹底してるな……と思いながら女性を見ていると、隣から緩く頭を撫でられた。

 セルジオを見上げるが芽依を見ている訳ではなくて首を傾げてからごっそりなくなっている紫陽花を見た。

 美しい紫陽花だ。それが1部まるで切り取られているかのように無くなっている。

 そっと切られた茎に触れようとすると、女性と話しているが意識は芽依に向けていたセルジオに、手を握られて止められた。


「無闇に触るな。何が起きるかわからないぞ」


「はぁい」


 頷くと、掴まれていた手は離された。

 素直に周りを見るだけて手を出さない芽依には魔術の痕跡を見ることが出来ない。

 ディメンティールによって魔術が今後使えるようになる可能性は高いらしいが、今現在は何ら変わらず無力のようだ。

 紫陽花ロードを見たくて着いてきた芽依は、その目的を果たしてしまった。

 美しい景観に喜んだのもつかの間、切り取られた紫陽花は可哀想だし、身元不明な人外者の女性の出現になんとなく落ち着かない芽依。

 出来たら今すぐにでもメディトークの黒光りボディに体当たりしてヒヤッとしたツルスベを堪能したいところだ。


「なぜここに? 」


「あら、紫陽花を見に散歩ですよ? ここの紫陽花は有名だもの」


「…………有名、か」


 ふむ……と悩むセルジオを見ていた女性は、穏やかなや笑ってから、それじゃあ……と控えめに手を振っていなくなった。

 最後まで芽依を見なかった女性は、あっさりとセルジオの前から姿を消した。


「どうしましたか? お腹すきました?」


「なんでそうなる」 


 離れていく女性の背中を見ていたセルジオに声を掛けると苦笑された。

 昼も近い時間だから芽依がお腹を空かしているから聞いたのだが、セルジオは空腹では無いらしい。


 そのまま紫陽花や魔術の痕跡を調べているセルジオだが、芽依から見たら紫陽花に触れて凝視しているようにしか見えず首を傾げる。


 サクッ……サクッ……


「……………………何を食べてる」


「唐揚げ棒? 」


 空腹で気持ち悪くなりそうな芽依は箱庭を漁り、にんにく醤油の唐揚げが4個刺さった唐揚げ棒を食べている。

 公道で、しかも人通りもある場所だ。

 揚げたての香ばしい匂いをさせてジューシーな唐揚げ棒をアツアツ……と言いながら食べる芽依の自由気ままさに思わず笑ったセルジオは食べかけの唐揚げをひとつ奪っていったのだった。






 結局、紫陽花を切り取った人は分からなかった。

 人通りがあり、領主館に近い場所であるのに目撃証言が一切ないのも不自然だが、阻害魔術が掛けられているのか痕跡を辿れなかったようだ。

 人外者や能力の高い人間の人通りが多い為、溢れ返る紫陽花には潤沢な魔力が宿っている。

 だから、切り取られた紫陽花を使ってよからぬ事をしでかす奴が居るかもしれないと花泥棒を探すはずだったのに、最高位精霊のセルジオが見つけられない。

 という事は、同じだけの力を持つ者の仕業か隠匿を得意とする者か。

 今後も調べは続けると、忙しいセルジオは頭が痛いと言いながら芽依の髪を混ぜるように撫でた。

 

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