羽を休める
「…………結構辛いのだな」
「あんまりでした? 」
「いや、すっきりとした喉越しで美味い」
「スパークリングもいいですねぇ」
「甘口も悪くないが辛口が美味いな……メイ、数本融通してくれないか」
頂いた2本のガディガディは飲みやすさ故に希少な酒だからと大事に、だがすぐに飲み干してしまった。
ほぅ……と息を吐き出して、次と手を伸ばしたのが日本酒。
アリステア達3人は、3種類ある日本酒を飲み比べしながら吟味している。
どうやら辛口が人気のようだが、スパークリングもなかなか……とシュワシュワと上がる気泡を眺める。
甘口も優しい甘さで味わい深いらしく、3種類全て好評だった。
香りも良いと匂いも楽しんでいる。
「コーヒーですか、珍しいものを持っていますね」
「シュミットさんから頂いたんです」
「シュミットか……」
丁度コーヒーボールを口にした所だったセルジオが嫌そうに顔を歪ませた。
「セルジオと同じ闇の最高位精霊でしたよね」
「ああ……収集癖のある商人だな……お前、良く殺されなかったな」
「シュミットさん良い人ですよ。パーソナルスペースズカズカ入っちゃったのに、コーヒー入れてくれますし」
「最高位精霊を相手になにをしているのだ……」
呆れた顔を向けるアリステアに首を傾げるしかない。
芽依自身は何もしていないのだ。
元々仕事以外のプライベートにはあまり踏み込まれたくないのは有名らしい。
だからこそ、突然現れた芽依を相手に手を下さなかったシュミットにセルジオは驚いたそうだ。
「しかし、芽依は人外者に好かれやすいな」
「そうですか? 」
「ああ、今まで会ってきた中でもあまり悪意を向けられていないからな。普通こんな事はない」
「悪意ねぇ……」
日本酒を口にしながら、思わず敬語を抜けて返事をする。
伏せ目がちで呟く芽依は、実はカテリーデンにいる時はそれなりな眼差しを向けられていた。
芽依を下に見たり、嫌悪感を顕にしたり、移民の民の芽依を舌舐りして見る人外者もいた。
大体はメディトークによって視界を遮られるのだが、フェンネルやハストゥーレに色を含んだ眼差しを向けられ怒った芽依が喧嘩を売り更に関係を悪化させる場面もある。
その度に大変なのはメディトークなのだが、基本好きにさせてくれる器の大きな蟻である。
庭を与えられて販売の為に人前に出る。
万人受けする訳じゃない芽依だ、客もいろんな人がいる。それは仕方ない事だが目を離した瞬間に切りつけられそうになる事は片手くらいはあった。
「……まあ、直接的な被害はないですねぇ」
辛口の酒をくいっと飲み干す。
直接的な被害を受ける前に、大体はメディトークによって潰されてきた。
セルジオが流し目で芽依を見てから、頬にかかる髪を指先で避けた。
「……ん? 」
「なにかあれば、言えよ」
「……はぁい、お母さん」
「…………」
「いたいいたい! つねんないで!! 」
無言で頬をつねられた。いたい。
ううう……と頬を撫でながらコーヒーボールを食べる。おいしい。
それを見て、シャルドネもコーヒーボールを口にした。
すると、羽がふわりと広がり一瞬淡く輝く。
見間違い? とじっと見ると、芽依の視線に気付いて笑みを浮かべて首を傾げた。
「……羽が開いてます」
「ああ……羽休めをしようかと思いまして」
「羽休め? 」
「ええ、私たち妖精は羽に体調や感情の機微が映るのですよ。特に、体調が悪い時は羽の艶や煌めきが減りひび割れます」
「…………あ」
前、狂った妖精になった時のフェンネルは羽の色彩が薄れてひび割れ破れた箇所もあった。
それを思い出して眉を下げると、シャルドネは笑みをさらに深める。
「なので、こうして羽を広げて羽休めをするんです。気分がいい時にすると、羽の回復が早まります」
芽依さんとのお酒の席は楽しくていいですね、と微笑み羽を広げるシャルドネの美しさに見惚れた。
初めてみた妖精で、その美しさに目を奪われた。それは今でも覚えていて、そして今も目を奪う存在だ。
そんなシャルドネの足を遠慮なく噛んでしまうのだが。
「羽休め……んん? フェンネルさんたちがしてるの見たことない」
「庭作業中にはしないだろう」
「そっか……あれ、妖精さんだけ? 精霊さんはしないんですか? 」
「精霊の羽は丈夫だから滅多にひび割れたりしない」
「ほぉ……」
「そもそも種族が違うから羽の用途も違うんですよ」
「用途……」
この世界に来て1年が過ぎたのに、人外者だから羽があるといった認識だった芽依は、羽の意味を考えた事がなかった。
芽依は、セルジオの透けるような黒い羽を見ると、ふるりと揺れている。
「妖精は感情面が表に出やすいのですよ。精霊は魔術を溜め込む器官があります」
「それは、一般的にみんな知ってるんですか? 」
「ええ、人間の中でも常識的なものですよ」
ふむふむ……と頷きながら、ローストビーフを口に入れる。
タレの美味さに頬が落ちる……と手を当てて柔らかな肉を堪能した。
「魔術を溜め込む器官? とは? 」
「羽にも神経が通っていて、複数箇所に魔術を溜める器官がある。そこに体に巡る魔力を魔術に変えて羽に溜めるんだ。貯蔵庫のような役割だな」
「セルジオさんの羽にも? 」
「ああ」
小さなグラスに入った日本酒を飲みながら頷くセルジオに、へぇ……と頷いた。
フワフワと広げる薄い緑の羽は色彩を陰らせているが、揺らす度にキラキラと輝きが増えてきていた。
ひび割れてはいないが、クタッと皺になっている羽は、輝く度にゆっくりとハリが出てきている気がする。
「他にも色々意味合いはありますが……話のタネにでもご家族に聞いてみても良いですねぇ」
ふわりと笑って言ったシャルドネに目を見開き顔を向けると、首を傾げて微笑んでくれた。
「ご家族……」
「ご家族でしょう? メディトークもフェンネルさんもハス君も」
当然のように言うシャルドネに芽依はポカンと口を開けていて、それを見ていたアリステアはクスリと笑う。
セルジオも否定的な言葉は出ず、奴隷だからと見下されやすい2人も含めて言ってくれた言葉に嬉しくて目を細めて笑った。
「どうしようシャルドネさん」
「どうしましたか? 」
「今すぐシャルドネさんを齧りたいです……」
スパァン!!
「いっっっ!! 」
ポワンと頬を染めた芽依の言葉を聞いて、セルジオが後頭部を叩いてきた。
「痛いです!!」
「妖精に齧り付く奴がどこにいる!! 」
「ここに!! 」
「馬鹿か!! 」
ほろ酔いで盛大に怒られ、うー! と言いながらセルジオの腕をポカリ……と軽く叩いた。
見た目よりも酔っているな……とセルジオは息を吐く。
「本当に仲良しだな」
「仲良しに見えるのかアリステア……お前も呑気なやつだな」
日本酒が美味しいと、気付かない間にかなり飲んでいたらしい、ぽやぽやと笑っているアリステアにセルジオは呆れながらも笑って隣に行った。
様子を見て、無理そうなら退出をさせる必要があるからだ。
流石お母さんである。
「…………ああ、アリステア。お前もう寝ろ」
「何を言うか。まだ夜は始まったばかりだぞシャルドネ」
「どうやったら俺とシャルドネを間違えられるんだ。ほら、立てるか? 」
「ん……ん? セルジオか? あれ、今シャルドネが……」
「もう寝ろ! 」
「ま……まて! せっかくメイ達との……セルジオ! 聞いているのか? 」
グイッと立たされ、セルジオがアリステアを抱えるように歩き出したのを見て芽依は、何あれ可愛い酔い方……とセルジオに寄りかかりながら歩くアリステアを見た。
「かーわいー」
「メイ! まっ……メイー! 」
パタパタと手を動かすアリステアを見送った芽依は可愛い! と浮かれているが、こちらも酔っ払いである。
「メイさん」
「はぁーい? 」
「噛みたいですか? 」
「ん………シャルドネさんの柔らかい足噛みたい」
「ふふ……はい、いくらでも。お好きに噛んで結構ですよ、満足するまで」
座る向きを変えて足を差し出すので重なる布地に手をかけた芽依は、チラリとシャルドネを見て、部屋を出たセルジオが帰ってこないか扉を見てからにやぁ……と笑った。
「…………いただきまぁす」
普段とまた違った酔い方をしている芽依。
普通に話をしていてそれ程酔っているように見えないが、目はとろりとしている。
ペロリ……と唇を舐めてから寄せた服の隙間に顔を埋めて柔らかなシャルドネの肌を確かめるように唇を押し当てた。
カプカプと噛み付く芽依の頭を優しく撫でるシャルドネは、ゆっくりとベールを捲り噛み付く芽依の顔を見る。
「………………ん? 」
「可愛らしいですね」
「噛むのが?」
「全て」
真っ白な柔らかいシャルドネの足は赤く色付いていて、テラテラと光っていた。
それを噛み付く芽依が満足そうに見て数回頷いているのを、シャルドネは口元に手を当てて笑うのを必死に堪えている。
こちらも可愛いとご満悦な芽依がいたのだった。
それから暫くしてセルジオが帰ってきて、飲み会は続いていた。
用意したツマミも食べ、酒が無くなりワイン等も追加で出した芽依の頭をセルジオが無言で撫でる。
そして、夜更けまで飲み続けていた芽依は、とうとう途中で寝落ちした。
「ん? ……寝たか」
静かになった芽依に気付いたセルジオが芽依の顔にかかる髪を寄せると、スースーと寝息を立てているのがわかる。
シャルドネを見ると、魔術で食器を厨房に下げて笑みを浮かべてセルジオを見た。
「お開きにしましょうか」
「そうだな」
頷き芽依を抱き上げると、シャルドネは芽依の頭を撫でてからセルジオを見た。
「片付けは私がやりますから、そのまま休んで構いませんよ」
「……ああ、頼んだ」
「はい、おやすみなさい」
「ああ」
いがみ合っていた2人は、芽依と出会ってからお互い協力する事が増えた。
まだまだ顔を合わせたらいがみ合う事はあるが、以前は有り得なかった夜間の飲みの席で嫌がらず同じ空間にいる。
しかも、お互いに気安く話し頼み事をしたりと、まるで仲の良い人外者同士の集いのような関係に見える程だ。
それを嫌だと思っていない2人は密かにお互いの変化に驚いていたのだった。
セルジオによって抱き上げられた芽依は、揺れを心地よく感じながら運ばれ、寝台に体を預ける。
「んふぅぅ…………さつま……いもぉぉ」
「どんな寝言だ」
苦笑して芽依の頭を撫でてから、首元だけを緩ませたセルジオはふっ……と笑う。
「…………変なやつだな、お前は」
うふふ……と笑う芽依に苦笑してからセルジオは静かに部屋を後にしたのだった。




