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未知の酒


「これと……これと……」


 芽依は庭に来た瞬間酒蔵を漁っていた。

 購入したものから作った物まで様々な酒に溢れていて、そこにはスペシャルなリーグレアも残してある。

 果実が増えた事で果実酒も豊富に作ったのは、ハストゥーレが果物を使った甘めの酒が好きだからだ。

 今度シャングリラを作ってあげようと思っている。

 それ用のワインも作成中だ。


 そして、今回の目当ては米が出来たことで作り出した日本酒である。

 勿論作り方など知らない芽依は、この世界には無い日本酒制作をこんな味で……と必死に伝えた結果、フェンネルが試行錯誤して作り上げてくれた。

 彼には酒造りの才能があるのだろうか。

 ただし品質改善の為の味見に、最近のフェンネルはへべれけ状態で就寝していたようだ。

 日本酒のアルコールは苦手なのか、味は好きなんだけど酔いやすくて……と可愛く笑っていた。


 こうして辛口、甘口、スパークリングが出来上がり上出来! と芽依に渡してくれた。

 酒を作るのにも数日では出来ない筈なのに、それを可能にするのも魔術のなせる技なのだろう。


「酒造りは素人だから今はこれが限界なんだ。品質改善はしていくから」


 そう言って3種類の日本酒が入った小さなコップを差し出された時は感極まってフェンネルに抱き着き頬にキスをした。

 目を見開いて頬に手を当てるフェンネルは呆然と芽依を見ていて、そんな芽依の頭をメディトークがグリグリと攻撃したのはつい先日の事だった。

 まだアリステア達にお披露目していない日本酒を、どうせなら持っていこうとクフクフ笑って箱庭にしまった芽依を訝しげにメディトークが見ていた。


『何してんだ』


「ん? 夕食後にアリステア様達と酒盛りなの。あ、明日は多分朝イチ来れないわ」


『それはかまわねぇよ。酒盛りか……』


 ふむ……と悩み出したメディトークを見て、まさか! おつまみが?! とワクワクしているのを見て、ぽふんと頭を叩いてから離れていった。


『なんか用意しておいてやる』


「愛してるー!! 」


『へーへー、ありがとよ』


 んふふふー、と上機嫌に笑って野菜を収穫して納品用の場所に移動していく。

 3月にはギルベルトに納品するのだ。既に検疫で問題なしとされた芽依の野菜たちは、ガイウス領への移送分を山積みに用意している最中だ。

 これ1回きりの予定なので、しっかり準備を進めている。

 釘を刺す用に言った自分達でも庭を作れの言葉に渋々ながら庭作りを開始したらしいギルベルトは、少しずつ収穫量が増えてはいるが、作る端から食べてしまっていて市場に流れないとアリステアに愚痴を言っているようだ。そこまではしらん。


「よしよし、乳製品系はもう良いでしょ。野菜たもある程度おっけー、肉も平気……あと何いる? 果物? 」


 魚は芽依の管轄外。むしろ芽依も欲しいくらいだ。


「ちゃんちゃん焼き食べたい。味噌が有るのに鮭がないーきのこ汁もいいなぁ…………あれ、きのこ……きのこ?? 」


 ピタリと動きを止める。

 そういえば、きのこはごく稀にカテリーデンで販売しているのを見るくらいで勿論芽依の庭にもきのこはない。

 芽依は振り返り少し離れた場所にいるフェンネルを見た。

 雪山を触って首を傾げている。


「フェンネルさん、ちょっと聞きたい事があるの」


「ん? なに? 」


「ドラムストにきのこってあんまりない? 」


「ああ、きのこ? 土地柄なのかドラムストではきのこはあんまり成長しないんだ。だから、たまに他領や他国から搬入してるんだよ」


「…………なるほど……どこら辺できのこって出来るの? 」


「うーん……かなり昔はパール公国辺りにとても良質なきのこが沢山あったんだよ。分厚く大きな物が多くてねぇ、全国的に広まってたんだけど……それもディメンティールが居なくなってからはなくなっちゃったんだよね……とっても美味しいきのこが色んな種類あったんだけど」


 今はもう良質なきのこは数を減らしているらしい。

 1番近くてもファーリア王国から2つ離れた国らしいのだ。

 芽依は目を伏せて考え込む。

 パール公国、今まさに庭の問題に直面している小さな国である。


「…………ミカちゃんに連絡してみるかなぁ」


 ポツリと呟いてから、残りの庭の手入れに戻ったのだった。








「さて、これが言っていた酒、ガディガディだ」 


 アリステアがドン……とテーブルに置いたのは黒いボトルだった。

 コロンとしたフォルムで角度によって赤みがさすそれは、あまり大きなものではない。

 丸いボトルの8割りほどまで入っている酒はまだ封をしている状態だ。

 ボトルの注ぎ口は狭く、可愛らしい青いリボンが着いている。


「可愛いボトルですね」


「ああ、酒も飲みやすく女性に人気だからか、女性受けする作りなのかもな」


「なるほど……」


 マットな手触りのボトルを指先で撫でながら教えてくれるアリステアは、小さく笑ってボトルを開けた。


「ふわぁ、いい匂い」


「…………甘いですね」


 チャプン……と音を鳴らすボトルから視線を外せない芽依の隣には期待に笑みを浮かべるシャルドネ。

 セルジオは、グラスや皿を用意していてつまみの準備をしている。

 酒の席にはツマミが出るので、夕飯は軽めになっていた。

 その代わりにツマミがテーブルに乗っている。

 そこに、芽依からの差し入れも並べた。


「あ、セルジオさん。これもいいですか? 」


 出したのは塩唐揚げに、カリカリに焼いているロール状のチーズ。そして、酒が入ってないコーヒーボールだ。


「ん、これはブランシェットに渡していたのか? 」


「これはお酒が入っていないんです。おひとつどうぞ」


 箱を差し出すと、宝石の様な薄茶色のボールを1つ取った。


「………………美味い」


「良かった。作ったのは私じゃないですけどねぇ」


 元はコーヒー牛乳を飲みたいとメディトークに我儘を言った芽依の為のものだった。

 冷たく冷やしたコーヒー牛乳に目をキラキラさせた芽依を見て、静かに作っていたコーヒーボール。

 好きだからな、と酒を入れて作ったら庭の手入れ中にも離さなくなった為、通常は酒なしのコーヒーボールのみだと言及され、メディトークに泣きつく場面もあった。

 仕方ないのだ。酒入りのコーヒーボールを飲んだらフェンネルを噛んでしまう。

 日中にも関わらず、フェンネルの叫びが響く芽依の庭。

 ビキリと黒光りボディに青筋が浮かんだのも仕方ないだろう。


「じゃあ、乾杯」

 

 アリステアに渡されたグラスには無色透明な酒が入っている。

 開けた瞬間、あんなに芳醇な香りを漂わせていたのに今は薄い爽やかな香りがするだけだ。


「……………………うっま」


 1口飲んで、目をカッ!と開く。

 口当たりが良く程よい甘みがあって飲みやすい。

 量は少なめだから良いのだが、度数は高そうで飲みやすいからこそ酔いやすい。


「うーん、ハス君好きそう」


 甘く美味しいお酒が好きなハストゥーレも好きそうだと思い言うと、アリステアが芽依を見る。


「奴隷達とは仲良くしているようだな」


「家族ね、家族。仲良くしてますよ。庭の手入れして美味しいご飯を食べて、一緒に外出して。今度なんか悪戯したいなぁ」


「悪戯ってお前……」

 

「メイさんも、この世界を謳歌出来ているようで良かったですね」


「幸せですよ、好きな事しかしてませんし」


 チビチビとお酒を飲む芽依を見てアリステアは笑った。

 まだまだやりたい事は沢山ある。

 惣菜の工場まではまだもう少しお金を貯めないといけないし、さつまいもや茶畑も作りたい。

 ミカちゃんも心配だし、何よりこの世界のお酒はまだまだ飲めていないのだ。

 いつか、地酒なんかも買いに出掛けたい。


 そんな欲望を抱えて、今は家族が増えて幸せだと自信持って言えるのだ。


「これはなんだ?」


 ぽやん……とお酒を飲んでいる芽依の隣にいるセルジオが、芽依が持ち込んだ酒瓶を持つ。

 一升瓶をじっと見てから芽依を見ると、いそいそと新しいコップを用意してフェンネル産の日本酒を注ぐ。


「これはお米から作ったお酒です」


「米から? 」


「甘口辛口、スパークリングの3種類です……おーいしぃですよぉ」


 ニヤァ……と笑って辛口を渡すと、コップを軽く揺らしてからセルジオは日本酒を口にした。


「!……美味い」


 目を見開きコップを凝視すると、アリステアとシャルドネもジリジリと近付いてくる。

 それはそれは、獲物を狙う眼差しだ。だが、酒を前にした芽依も良くなる眼差しの為、ニヤリと笑うだけで留めておいた。

 

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