酒盛りの知らせ
「すまないが、今日は2時間ほど夕食を早めるから庭を早めに切り上げてくれないだろうか」
いつも穏やかな笑みを浮かべているアリステアからの珍しいお願いに、スープを飲む手が止まった。
顔を上げてアリステアを見ると、さらに笑みを深める。
「実はな、仕事の謝礼として珍しい酒を貰ってな。それも2本しかないから、どうせなら夕食後にでも皆でと思ったんだが、どうだ? 」
どうやら他国との貿易の話し合いでアリステアが融通したらしく、礼にとその国でしか作られない希少な酒を頂いたらしい。
王家に献上する大切な酒で、年に30本出来たら僥倖といった酒である。
滅多に国外に出ないその酒は、妖精が作っている甘露なのだとか。
まったりとした甘さに、蜂蜜のような色合いの女性が好む味らしく、それを聞いた芽依は生唾を飲んだ。
「頂きます!」
「よし、じゃあ夕食後を楽しみにしよう」
滅多にお目にかかれない酒もそうだが、その希少な酒を皆でと言ったアリステアの中に芽依が当然のようにカウントされているのが何よりも嬉しい。
気にかけてはいるが、あくまで移民の民だと一線を引いていたアリステアがまるで家族のように芽依を受け入れている。
メディトーク達とは違う暖かな居場所を芽依はクフクフと笑って感受するのだ。
「ああ、口に付いていますよ」
珍しく隣に座ったシャルドネに、スクランブルエッグを取ってもらう。
口の端につけていたようだ。
取ったスクランブルエッグを食べる……なんて真似はしないシャルドネは、濡れたナプキンで芽依の口を拭き笑った。
「よろしいですよ」
「ありがとうございます」
シャラリ……と髪についたビーズ飾りを揺らして微笑むシャルドネ。
フェンネルといい、ハストゥーレといい、人を惑わす事に長けた人外者の外見は美しい。
芽依の好みの問題もあるのだが、精霊より妖精の方が外見は好ましい気がする。
ただ、気質のせいだろうが、精霊であるシュミットには吸い込まれるような美しさと気安さがありフェンネル達が居なかったら芽依は簡単に彼に着いて行ってしまいそうだ。
あの気安さ故に、人外者には注意を促されるのだが。
あのシュミットの吸い込まれるような感覚や話しやすい気安さは彼の全てではなくて、残忍でいて簡単に切り捨てる苛烈さ、人外者としての一面を器用に隠しているようだ。
今は笑みを浮かべて対応してくれるシュミットが、いつ芽依に牙を向けてもおかしくない。
そんな危険性を孕んだ相手でもある事を忘れてはいけないのだ。
それを考えると、この場にいるセルジオやシャルドネ、ブランシェットもアリステアという繋がりがあって初めて芽依に気を使う間柄になるのだが、何故かこの3人は大丈夫という確信がある。
シャルドネを見上げると、穏やかに細くした瞳が芽依を写し、細く長いしなやかな指先が芽依の頬を優しく擽ると、正面から控えめな咳払いが聞こえた。
その瞬間、逆側から頭に腕を回されて引かれる。
いつの間にか至近距離に座っていたセルジオの胸に後頭部がポフリと当たった。
「まったくあなた達は。食事中ですよ」
「………………お前達、なんと言うか……メイに気安くなったな」
「 そうですね、メイさんですから」
「…………見るな」
シャルドネは素直に肯定し、セルジオは上を向き顔を見ていた芽依の顔にぽふりと手を乗せた。
「仲が良くてよろしいけれども、食事の席には謹んでくださいね」
「すみません」
チクリと言われた言葉にも、シャルドネの紅茶を飲みながらの謝罪にブランシェットは溜息を吐いた。
「お嬢さんも、嫌だったら嫌! って言っていいんですからね」
眉を寄せて芽依に言う可愛らしいおばあちゃんなブランシェットは心配ですと、顔に書いてある。
そんなブランシェットに笑みを見せて頷いた芽依は、お礼にと小さな宝石が付いたケースを差し出した。
「あら……なにかしら」
「チーズボールをアレンジして牛乳とコーヒーを混ぜたお酒にしてみました。周りと濃厚ミルクなので相性バッチリです。セイシルリードさんがお酒大丈夫でしたら、是非御一緒に」
シュミットから貰ったコーヒーを使ってウイスキーボンボンに似たお菓子を作った。
味はコーヒー牛乳なのだが、度数の高いお酒になっている。
元々芽依の庭で作る牛乳は3種類あり、中でも1番濃厚なものを使用した。
まったりとしたコクのあるミルクに、ほろ苦のコーヒーを合わせたコーヒーボールである。
酒なしのコーヒーボールもあり、販売にも良さそうだ。
「まあまあ! ええ、あの人もお酒を嗜むの。ありがとう、頂くわ」
胸の前で手を合わせて笑うブランシェットに芽依は良かったと笑った。
自宅に帰るブランシェットは、アリステアが言うお酒の席等には滅多な事が無い限り参加はしないのだ。
皆で楽しむのに、仲間はずれになるブランシェットの為に芽依は何かしらを持ち歩いている為プレゼントをよくしている。
「では、庭の手入れを今日は早めに終わらせますね」
カタン……と椅子を鳴らして立ち上がり、芽依はウキウキと会食堂を後にした。
「どうしようかな、本数少ないって言ってたし、なんか持っていこうかな。明日はお休みの日だから、ある程度潰れても大丈夫でしょ」
ブラック企業並な働きをしていると思われがちだが、芽依は庭の手入れの関係上、完全な休みは無く箱庭を使って手入れをする事も多々ある。
そうすることによって、メディトークたち3人にもしっかりと休みが取れるように調整しているのだ。
社畜反対! と、数日働いてはお休みを挟んでいるのだが、自ら社畜になりに行く3人をどう休ませようか、芽依の最近の悩みでもある。
芽依の庭と同じように領主館でも休みはある。
大体7日に1日~2日の休日で、交代に休みを取ったり半休だったりと調整されているようだ。
そして、明日はアリステアとシャルドネが休みでセルジオが半休の為、午後から出勤のようだ。
酒盛りにはうってつけの日である。
休みでも、緊急時は出なくてはいけないのだが、最近は温度上昇により走り回っている為、久々に羽を休めたいとシャルドネからの要望もあったようだ。
アリステアもこれには心の底から頷き、ちょうどタイミング良く希少な酒を手に入れた事もあり、日にち調整までしてこじつけたようだ。
もう、だれも酒盛りを止めることは出来ないだろう。
珍しく疲れた表情をしているセルジオの肩を数回叩いてあげたのだった。




