疫病の広まり
ガウステラの襲撃に合い、芽依は撒き餌の如く使われた。
泣く泣くベールを外してガウステラを呼び寄せた芽依の頑張りにメディトークが2種類の唐揚げを揚げてくれた。
にんにく醤油と塩唐揚げである。
いつの間にか日本食にも十分に使える調味料を仕入れてくれたメディトークには感謝しかない。
頼んで一緒に作って貰った豚汁にフェンネルが目を見開いていたのに思わず笑った。
「豚汁いいよねぇ……幸せ」
「僕これ好き」
「本当? 良かった」
芽依の隣にはフェンネルを定期観察にきたニア。
同じく器を持って豚汁を飲んでいる。
具沢山の豚汁を飲んで息を吐き出すニアに芽依は可愛いなぁ……と笑った。
一緒に作ってくれた鮭のおにぎりを口元に持っていくと、なんの疑問も無くパクリと食べるニアに芽依はだらしなく笑う。
ぶどうだけを食べたがったニアが、メディトークの作るご飯を美味しいと食べている。
あのおにぎりを買って食べてからニアはどうやら日本食が気に入ったのかもしれたいと思ったが、ニアの美味しいの基準はどこまでも芽依であるらしい。
芽依が好きならニアも好きという、なんとも可愛らしい事を言って芽依の心臓をぶち抜いていた。
「ニア君、お暇な時は遊びに来てね」
「定期観察以外にも来ていいの?」
「勿論、いつでも歓迎だよ」
「………………うん」
それはそれは嬉しそうに笑うニアに芽依は可愛い可愛いと内心言いながら笑う。
ハストゥーレがギリギリしているのを分かっていてニアを可愛がる。
そんな嫉妬に塗れた可愛らしいハストゥーレを見るのも芽依は大好きだからだ。
嫉妬の仕方がとにかく可愛い。
「………………ご、ご主人様……私も好きです」
くいっ……と控えめに服を掴むハストゥーレを見上げる。
芽依よりも高い身長に整った顔、全体的に緑色の配色をしているハストゥーレは不安そうに芽依を見る。
ニアが来ると可愛がる芽依に不安感が増すようだ。
「私もハス君だーいすき」
にっこり笑って言うと、じわじわと顔が赤くなっていく。
負けじと豚汁が好きと伝えたはずだが、主語が抜けているのだ。
なんだそのポンコツ具合は、可愛らしいじゃないか。
「か……からかわないで……下さい」
「おっふ」
最近可愛さが更に1段階上がったハストゥーレに芽依はちょうど牛乳プリンを持ってきたメディトークをバシバシと叩く。
『なんだ』
くしゃりと頭を撫でて通り過ぎるメディトークを見送った。
最近、芽依の周りが甘ったるい。
過保護を極めている。
そんな暖かくも芽依を守ってくれる周りの優しさに微睡むが、1歩外を出たら優しくない世界だということも忘れてはいけない。
「そうだ、害獣の被害が出始めてるみたいだよ」
「ガウステラ? 」
「ごめん、そっちじゃなくて庭の方」
2月の害獣の方だ。
今年の害獣、ツチオウガ。
ドラムストだけでなく、その周辺地域全てに現れるツチオウガ、庭に侵入し食い散らかされている場所も多々確認されている。薬液が少なかったのだろう。
ドラムストから離れた場所では鳥型だったり獣型だったり人型だったりと地域により出現する害獣は違っていて被害も様々だ。
シロアリのような横断するタイプ以外は地域により様々な害獣が現れる。
「あれかな、疫病? 」
「うん、今回は腹痛が中心だからそこまで被害は無いみたいだけど、腹痛からくる下痢嘔吐が酷いみたいで脱水症状も出てるって」
「治療院はパンク状態だったよ」
実際に見ていたのだろう、ニアが顔を上げて教えてくれる。
外にも患者は並び腹部を抑えているが、症状により近くの家の玄関を叩く人も沢山いたようだ。
トイレを借りたいが、今回はうつるらしく家人は開けたくないと攻防しているのだとか。
「治療院? 」
「教会まで行かなくても処置出来そうな怪我や病気に対処している治療院だよ。あの領主が作っていたはず」
『シャリダンとガヤは合わせて1つだが、他は街に治療院があってな、風邪や熱、腹痛や切り傷なんかの簡単な対処に治療院を建てている。薬も充実させているし、職員も置いてある。全員が教会に行って金を払える訳じゃねぇからな。安価な金額で対処出来る場所を作ったんだ』
教会からの反発も勿論あったのだが、お布施を払えない市民が風邪などを拗らせ亡くなるケースがかなりあったようだ。
熱が出ても解熱剤を手にするだけでふた月の生活費相当の金額を請求されるらしい。
だから、アリステアが治療院を建てて対応出来るようにした。
どうしても呪い等には専門知識を有する為、職員の配置が難しいのだが、それ以外は少しずつ対応出来る症状を増やしている途中のようだ。
「ツチオウガが侵入した庭を中心に検査をしているのですが、侵入されずとも多少の疫病がかかった庭も存在しています。検査をすり抜けた商品がカテリーデンやガーディナー、裏路地の販売所を中心に疫病が広がります」
「それも毎年の事なんだよね」
はぁ……と息を吐き出す。
検査を受け、更に洗浄の魔術を掛けて販売するので大半は問題ないのだが、疫病により多大な被害を受けた庭の持ち主や、販売量を増やしたい人はそっと販売所に持ち込む人もいるのだ。
その疫病によって検査自体をすり抜ける場合もある。
「なんって迷惑な」
『まったくだな。関係ない俺らも睨まれる』
疫病検査はアリステアから指示され、全ての庭の検査はいち早く終わっている。
検査員から鋭い眼差しを向けられて、重々注意をして販売するようにと言われた。
芽依の庭には一切の魔術汚染から疫病に至るまで入り込まないように丁寧に魔術を重ね合わせ守護してるし、これでもかと薬液を撒いたからなんの心配もない。
全ての庭や保存している物も洗浄魔術を掛けて完璧だ。
なにより、芽依が口にする物を中途半端にするメディトークではない。
「庭が復興してきてこれだもんねぇ」
「これがディメンティールが居なくなった弊害だからねぇ」
「………………ディメンティール……様、かぁ」
澄み渡る空を見上げて呟く芽依をメディトークがチラリと見る。
力を継承途中の芽依。
全ての力を継いでも人と妖精の差から、以前と全く同じにはならないのはメディトークもわかっている。
それよりも、ディメンティールの力を全て手に入れた芽依自身より、その周囲の変化の方が注意しなくてはならない。
アリステアが守護し、ドラムスト以外から守るだろうが、それだけでは足りない。
それは最初からわかっていたことだ。
『……ほら』
「わっ!! すごっ!! 」
差し出されたのはプリンアラモード。
鮮やかな果物が乗り、美しく飾られた濃厚の生クリーム。
洋菓子は苦手なためプリンを作ったのはハストゥーレで、その滑らかな口当たりに芽依とフェンネルは目を輝かせる。
頬を赤らめたハストゥーレが芽依とフェンネルを見て、同じく目を輝かせるニアに勝ち誇った笑みを向けるが、キラキラした眼差しを向けられて困ったハストゥーレはメディトークを見た。
そんな可愛らしい様子をニヤニヤして見ていた芽依は、ちらりとニアを見て赤らめた顔のまま微笑むハストゥーレの可愛さに堪らずメディトークの口にプリンを突っ込んでいた。
巷では疫病で騒がしいのだが、ここは相変わらず平和である。




