害獣 ガウステラ 2
ガウステラの被害はかなりのものだった。
侵入された部屋はカーテンや壁紙に家具、服や靴、装飾品。
仕事に必要な道具や書類にいたるまで齧り跡を沢山つけていてアリステア達は頭を抱えながら害獣駆除に奔走していた。
「アリステア! すぐに大広間に! 」
「セルジオ? メイも……どうしたんだ? 」
「一掃してから巣を探す」
「どうやって? …………まさか」
アリステア、そしてその場に居る領主館に滞在している職員や、泊まり込みで仕事をしていた社畜が一斉に芽依を見た。
……………………ですよね!!
「安全は確保する。大丈夫だ」
「その大丈夫の信頼度は如何程?! 」
ひぃん! と叫びながら言うと、丁度追いかけてきたシャノンが息を上げながら追いついてきた。
「ま……待ちなさいってばぁ……」
「シャノンさん!! 」
シャノン。
彼の姿は男性だが、柔らかな女性らしい言葉使いでフェンネルの奴隷紋を付けたあの方だ。
髭ズラのがっしりした体型で、動作もしっかりと男性なのだが、何故か言葉使いだけが淑やかだ。
壁に片手をつき息を吐き出したシャノンはセルジオを見る。
「遅い」
「随分な言い草ね?! 」
眉を跳ね上げて言うシャノンにふいっと顔を逸らしたセルジオはアリステアを見る。
「こいつを撒き餌に集めて一気に叩く。それから巣を探すぞ…………部屋の状態も見なくてはいけないな」
巣の場所は汚部屋がある場所だ。
ギリ……と手を握りしめて言うセルジオに全員が神妙に頷くが、芽依だけは撒き餌……と呟いていた。
大広間に来た芽依達は、シャルドネとシャノン2人がかりで一人で立つ芽依の周りに複雑な魔法陣を書く。
それを見ながら芽依はブツブツと呪いのような言葉を吐いていた。
「……なんで撒き餌……汚部屋にした人がやればいいのに。私関係ない、許すまじ……」
「メイさん……」
気遣わしげに芽依を見上げるシャルドネに視線を合わせる。
ぐっ……と眉を寄せると、部屋に続々と領主館にいる人たちが集まってきた。
そこには、あの新年の挨拶で初めて見た新しい移民の民もいる。
どうやら、外から移住したての人外者が呼び寄せた為、まだ居住区がなく芽依のように領主館に住んでいたようだ。
芽依の部屋から離れている為今まで知らたかった。挨拶もしていなかったからだ。
「…………いるじゃん、移民の民。私じゃなくてもいいじゃん」
「ほらほら、すぐ終わるから。ね? 」
「メディさんもいないのにぃぃぃ」
「だれか保護者呼んできてー」
シャノンがやる気無さそうに呟くと、よく見る3人が顔を見合せていた。
初めてギルベルトが来た時に芽依を片付け要因として引っ張ってきた3人だ。
アリステアから芽依の扉を通る許可を貰い、3人は駆け出していった。
「メディさーん。黒くつやつやの背中に乗りたいよぅ」
「はいはい、終わったらいくらでも乗りなさい」
「お酒飲みたい」
「終わったらね」
「ハス君撫で回したい」
「あの子は喜びそうね」
「モチモチのフェンネルさん噛んでもいいと思う? 」
「………………噛んでるのね」
「久しぶりにシャルドネさんもあむあむしたい」
「ふふ……では、夜にでもお部屋に伺いますね」
「えぇ、あんた達何してるのよ」
芽依の軽口に付き合うシャノンは、呆れながら芽依を見た。
「…………さ、いいわよ」
綺麗に書かれた魔術の陣は芽依を中心に広く書かれている。
半分をシャノンが、半分をシャルドネが書いていて、不可侵と範囲の魔術が施されている。
不可侵はシャルドネが、そして範囲の魔術はシャノンが。
奴隷紋は、その人物自体を範囲魔術で囲み主人と紐付けして奴隷紋を体に浸透させる。
普通の魔術よりも人を縛り付けるので、その魔術は繊細でいて強く、様々な制約を刻み付けている。
殊更、領主館で働く奴隷紋専属の職員は魔術に長けていて、その扱いが細やかだ。
相手を支配する魔術の為、守る事を支配する範囲を組むのはシャノンの十八番である。
「…………ガウステラなら、一匹すらあんたに触れさせたりしないから心配しなくていいわよ」
ふわりと頭を撫でたシャノンは心配そうなシャルドネと共に魔法陣から離れていく。
芽依はそんな二人を見送った後、アリステアとセルジオを見ると頷かれた。
「………………いきます」
芽依はため息を吐いた。
芽依自体が何かする訳では無い。
ただ、いつも顔半分を隠しているベールを外すだけ。
この世界で香りを垂れ流す芽依が寝る時すら外してはいけないベールを、最近やっと髪型のお陰で庭にいる時以外、外してはいけないベールを外すだけだ。
頭の周りでぐるりと止まっているベール、魔術によって外す意図がないと外れないようになっているそれに手を伸ばす。
様々な形の匂い消しがあるが、セルジオによって用意されている美しく刺繍されたベールをゆっくりと外した。
「………………」
普段顔を晒さない芽依の顔が、少人数とはいえ全員に晒された。
困ったように緩く眉尻を下げた芽依は顔を上げると、初めて見る芽依の顔を息を飲む人達が芽依を凝視している。
「…………そういえば」
この場にいる人達の中で芽依の顔を見た事があるのはアリステアとセルジオのみだ。
目を見開き凝視するシャルドネと目が合ってにこやかに笑うと、蕩けるような優しい笑みが返ってくる。
どうやら芽依の童顔な容姿は、シャルドネに好評だったらしい。
「あらまぁ……人外者の好きそうな顔をしてるわね」
「…………とても可愛らしいお顔です。それに……香りに酔いそうですね」
他にもいる人外者たちは生唾を飲み込み芽依を見ていると、呼ばれていた保護者が家族を連れて現れた。
サラサラと揺れる髪をそのままにベールを外した芽依を凶悪な顔で見ている。
「…………メイちゃん」
「ご主人様……」
『随分と、酷ぇ事をするじゃねーか』
「仕方ない、ガウステラが増殖してる」
小さな舌打ちを鳴らした時、ダカダカと大量の足音がなった。
ガウステラが芽依の香に惹かれて走ってきているのだ。
隠れていたのだろう、その足音は10や20ではなさそうだ。
「メ……メディさん……」
不安そうにメディトークを見る芽依をメディトークはジッと見ている。
『……大丈夫だ、すぐにそっちに行く』
魔術陣を見て、問題ないと理解してから芽依を見つめるメディトーク。
それはフェンネルとハストゥーレもだ。
心配そうに眉をしかめて、でも大丈夫だとわかっているから動きはしない。
ただ、芽依の不安が伝わりフェンネルの表情は険しいが。
「あっ……フェンネルさん……」
「大丈夫だから、メイちゃんはそこから出ては駄目だよ」
「…………うん」
少し心臓に痛みがあるのだろう。
芽依に安心させるように笑ったフェンネルに素直に頷いた。
「………………早く来い」
セルジオがゆっくりと地面に魔術を浸透させていく。
それはなんの魔術か芽依にはわからないが、それを見たアリステアが別の魔術を展開させていた。
そのスピードは凄まじく早く、一瞬で部屋全体を覆う。
そして、大広間に1つだけの扉から、丸くフワフワした色とりどりのガウステラが一斉に入ってきて芽依に向かい群がってきた。
芽依の周りにある不可侵の範囲魔術により芽依へ近付く事が出来ないガウステラは、きゅーきゅーと悲しそうに泣き、つぶらな瞳が芽依を見る。
潤んでいる目に震える体はとても可愛らしいのだが、忘れてはならない。
このガウステラは、芽依を食べに来ているのだ。
大広間の半分以上をガウステラがギチギチに覆った時、セルジオは一気にガウステラを焼き払った。
部屋はアリステアの魔術により保護されていて無事で、領主館にいるガウステラはこんなに簡単一掃されたのだ。
勿論、芽依が居る事と、芽依を守る為の強い範囲魔術と不可侵の魔術を他人同士で美しく綻びなく練り合わせ、ガウステラを一掃する程の高火力範囲魔術を使ったからこそではあるのだが。
あまりにも呆気なく終わった事に芽依はパチクリと瞬きをしたが、普通だったら数日かけての討伐になる事を後程聞いて芽依は驚愕する事になる。
『メイ』
ノシノシと魔術陣を踏んで近付いてくるメディトークに両手を伸ばすと、足を絡めて抱き締めてくれた。
「…………メディさーん……唐揚げ食べたい」
『まったく……好きなだけ作ってやる』
「僕、心労が……牛乳プリンがいい」
『お前な……』
「………………」
「ハス君? 」
「あの………………肉まんが食べたいです」
「いくらでも作るよ!! 」
抱きついたまま笑って言う芽依に嬉しそうに笑うハストゥーレ。
寝起きなのだろう、家族達は寝間着姿だ。
可愛らしい……と頷く芽依は、隣に来たフェンネルの頭を撫でて髪を梳いてあげる。
その手に擦り付くように顔を寄せるフェンネルに笑みを浮かべる。
「フェンネルさん、大丈夫? 痛い? 」
「ん、もう平気」
「そう……ごめんね」
「怖かったんでしょ? メイちゃんが謝ることなんて1つもないよ」
目を開けて芽依を見るフェンネルは笑っている。 美しい花雪。
そんな花雪は体の位置を変えて芽依を隠した。
まだ香りが垂れ流している芽依を周りの人外者が見ているからだ。
可愛らしい顔すらも晒している。
『見んじゃねぇ』
威嚇するように周りを見るメディトーク。
その間に、ハストゥーレは芽依が持っているベールを頭に付けていた。
パチン……と耳元で音が鳴ると、ベールは正常に稼働する。
「………………うん、いいね」
ベールに引っかかっている髪を直して頷くフェンネルは、後で一緒にプリンを食べようねと可愛らしいお強請りをするから、たっぷり果物と生クリームを乗せたプリンアラモードも作ってあげると言うと、それはそれは嬉しそうに笑った。
芽依を見る人外者の眼差しが変わった。
普段見ない芽依の素顔と、香。
それを見て感じた人外者は、芽依を欲しがりコクリと喉を鳴らしている。
勿論、表立って芽依に手を出す人はいない。
しかし、今後はそうもいかないかもしれないと、メディトークは周りを見ながら思っていた。
ガウステラの巣はそれからしばらくして発見された。
どうやら新しく来た移民の民の女性は1部屋を自室として利用し、もう1部屋を借りて仕事部屋としていたようだ。
とても頭が良いのか書類整理を手伝っていて、その部屋は居住区ではなく外部も出入りするアリステアの仕事の領域の場所にある。
その仕事部屋の書類が部屋中に積み上げられていてまともに片付けがされていなかった。
仕事の書類は、元々自分で置いた場所を触られたくない性分らしく場所はしっかりと把握しているからと誰にも触らせなかったのだ。
書類が積み上げられた部屋はお世辞にも綺麗では無い。
その書類の奥に、ガウステラの巣が出来ていて小さなガウステラがモクモクと成長していた。
次々に出てきていたのだろう、室内は荒れに荒れていて大切な書類は食い荒らされている。
「…………嘘」
女性は頭を抱えていた。
ガウステラの存在を知らなかった女性は、今回の騒動が自分のせいだと微塵も思ってはいなかったのだ。
知らなかったとはいえ……とアリステアに頭を下げた女性に詳しい話をしつ厳重注意となった女性は、後日撒き餌となった芽依にも丁重に頭を下げに来ていたのだった。




