おにぎり祭り 2
「わぁ、すごい」
ハラハラと降る雪は2月上旬なだけあり止みそうにない。
だが、地下から上がる熱と並ぶ屋台の熱気に寒さは感じない。
厚手のコートを着ていた芽依は、いらなさそうだなとおもむろに脱ぎ出した。
「暑いですか? ご主人様」
「うん、熱気が凄いね。冬なのに暑いよ」
「火を使う屋台が多いからね。ほら、あっちにはキッチンカーもあるよ」
フェンネルが指さす方には、ガヤで出しているキッチンカーもずらりと並んでいる。
曜日で出すわけでないじゃないから、数が多く壮観だ。
「すごい数だね」
『販売を主にしている俺たちだけじゃなく、自宅で作るカップケーキやクッキーなんかも売りに来るヤツらが多いからなぁ』
「なるほど、フリーマーケットみたいにもなってるんだ」
この世界は販売に対して許可を得るものではなく、本当に自由なのだ。
食中毒などに気を付ければ自由である。
両隣には飲み物やデザートの店と、野菜販売の店で、野菜販売の人は芽依達を見て分かりやすく顔を歪めた。
素晴らしい野菜を作る芽依が居たのなら完全なる営業妨害だからだ。
今日明日だけ先行で許可されている野菜販売をしているのは隣だけではなく、庭の復旧の目処がたってきている場所も増えてきて野菜を販売する店舗が今日は多い。
野菜不足の領民は、きっと目の色を変えて購入するだろう。
そんな中で、芽依の販売はおにぎりだ。
並べだしたパックのおにぎりに、野菜販売の男性が目を丸くしている。
「フェンネルさん達は暑くない?」
「暑いね」
「先に脱ぎましょうか」
2人お揃いのコートの中は色違いのワンピース。
芽依は満足そうに微笑み、ハストゥーレのスカートをペラリと少し捲る。
「中ってなんか履いてるの?」
『やめろ変態が! 』
「痛い!! 」
破廉恥な芽依の頭を軽く叩き注意する。
フェンネルは、あっ! と目を見開き頭を撫でて上げるが、ハストゥーレは恥じらってモジモジしていた。
元主人のギルベルトには間違っても見せられない可愛らしい姿だ。
「ちょっとした出来心……」
『お前はこいつらに限りいつもだろ』
「はっ!! 」
「僕達はメイちゃんのものだから、いつでも何をしてもいいんだよ? 」
顎をくいっと持ち上げて至近距離で言うフェンネル。ただし女装。
芽依はにっこり笑って腰に手を回してしめつけた。
「お酒を飲む時楽しみにしてる」
「あ……あれ?! なんか口ガチガチしてない? ちょっと?? 」
『準備しやがれ? 』
メディトークの注意に手を離しておにぎりと一緒に販売の果実水を置いていく。
流石に酒はやめた、お弁当だから。
「いっぱい売れるといいね」
フェンネルの笑顔から出た言葉に笑って返すが、最初は米である事から不思議そうに見る客が多く、なかなか手に取らなかった。
隣に野菜が並んでいることから余計に視線が野菜に向かう。
しかし、販売についてはかなり信頼されている芽依だからだろう、一回売れ出すとそれは止まることを知らないとでもいうように次から次へと売れていく。
「すごい、売れています……」
「お米様の威力よー」
胸を張って嬉しそうにしていると、周りはチラチラと芽依を見ながらお米様……と呟いている。
「あら!メイちゃんも出店してたんだねぇ! 」
相変わらずなおばちゃん登場ににっこり笑うと、おにぎりを1つ手に取る。
「あらぁ、美味しそう」
「それは、ツナとエビマヨのおにぎりですね」
「ツナって魚よね」
「はい」
「へぇぇ、1つ貰うわね」
「ありがとうございます! 」
フェンネルがお金を受け取りハストゥーレが手渡す。
すると、外だから出来ることだがその場でパッケージを開けて大きな一口を披露した。
「ん?! んんんー!! んっ! はぁぁぁぁ…………たまらない…………」
1口食べたらおばちゃんはトロンと目を細めて恍惚な表情を見せる。
おばちゃんだが、見た目は若々しく綺麗なので、そんな表情をすると周りの視線を集めてしまう。
そのままツナを食べ尽くしてから、1度しまった後、芽依を見て笑った。
「あと5つ貰うわ! 」
「まいどあり!! 」
相変わらずおばちゃんの宣伝効果は凄まじい。
あの肝っ玉かーちゃんみたいな話し方なのに、見た目は少しお年を召した淑やかな女性なのだ。
ドレスを着ると、立派な貴族に見えそうである。
そこからは、また飛ぶように売れ出した。
通常400円もしないだろうお弁当を多少ふっかけたような強気な金額でもどんどん売れていき両隣の店舗には目を見開いて見られていた。
「…………また足りなくなりませんか? 」
『それこそ野菜売りゃいいだろ。今回は追加で作んねぇからな』
「明日まで野菜解禁だからできるよね…………おっと」
フェンネルが笑顔でいうと、なにかに気付いて芽依を抱き寄せる。
ん? と首を傾げると、すぐ近くを見ているようだ。
道を挟んで向かい側の店、そこはお好み焼きに似ている料理なのだが、もくもくと黒い煙が立ち込めていた。
ミサで言っていた煙はあまり良くは無いということを思い出し、眉を下げてフェンネルを見上げると、ちょうどその店の人がフェンネルに気付く。
視線の先に気付いたその人はギャッ! と小さく声を上げて何かをつぶやくと、風が吹きぶわりと煙が飛散した。
ペコペコとこちらに向かって頭を下げるその人に、フェンネルはヒラリと手を振ってから芽依を離してくれる。
「意図しなくても、ああいった煙が発生しちゃったりするから気を付けなきゃだよ? 」
「…………うん」
普通の煙は屋外であれば空気や風によってふわりと流れて消えていくのだが、今回のように沢山の人が集まりミサとは違った様々な感情が重なるような時に煙があると、一気に力をつけて強く大きなドス黒い煙が発生しやすくなる。
その場合は自然に消えることはないので、魔術によって風を起こし強制的に煙を流し消し去る必要がある。
難しい事では無い為誰でも出来るのだが、煙の性質上隠れるのも上手い為、気付いたら巨大化して災害が起きる場合もある。
「…………すごいね、メディさんが言ってたのを見てしまった」
「小さく弱い姿だったから、すぐに消し飛んだね」
「あれ、小さいんだ」
『昔、領土全てを覆うほどの煙を上手く隠して目的の領地を吹き飛ばし、敵国に喧嘩を売った国があったな』
「あったねぇ、僕その時その領地で滞在してて寝てる時に来たからびっくりしちゃったよ」
「気付かなかったのですか? 」
「うん、あれは色々魔術を重ねて上手い具合に隠してたね。隠匿が上手な人外者が手を加えていたんだろうなぁ」
そんなまったりとした会話をしながら初日は終了した。




