対価の提供
その日、何故か凄く作らないとと思った肉まん。
何故かは分からないのだが、庭を箱庭任せで手入れした芽依はキッチンに立て篭もり無心で沢山の肉まんを作った。
肉まん、あんまん、角煮マン、チョコマン……沢山包んで蒸していった。
角煮はメディトークお手製だが、生地はものによって作り分けてふかふかの肉まんが完成した。
よしよし……と頷いた芽依の頭に突如響く鈴の音にビクンと体を揺らした。
「………………あ、なるほど? 」
この不思議なほどの肉まんを作らないといけない理由がなんとなくわかった。
「これは催促だ……………………わぁぁぁぁぁ!! 」
いつもは部屋に戻り、就寝している間に落とされる芽依。
だから出来た肉まんたちを全て箱庭に戻した後に落とされるなんて思ってもみなかった。
急激に来た一瞬の浮遊感からの落下に芽依は悲鳴をあげたのだった。
「……………………ふん」
地下にある部屋で置いてある沢山の物品。
普段目にするものから希少なものまで様々な物が綺麗に整頓されている。
新しく入荷した物を指先で遊びながら冷たい目でそれを見るシュミットはピクリと反応して上を見た。
「…………またか」
ブワン……と空間が揺らぎシュミットは呆れるように真上を見た。
そして棚に持っていた物を戻してから両手を出すと、どさりと芽依がそこに落ちる。
カタカタと恐怖に震えた芽依は、じとりと見るシュミットを見上げて安心からか力を抜いた。
「シュミットさぁぁぁん…………落下こわぁぁぁ……しぬ」
コテンとシュミットの胸に寄りかかる芽依を眉をひそめて見てから、部屋にあるソファにどさりと落とす。
わっ! と声を上げて座った芽依は、腕を組み立つシュミットを見上げた。
「…………今度は昼か。お前はなんで俺の所に落ちてくるんだ」
「私もわからない……また鈴が聞こえました」
「だろうな」
はぁぁぁぁぁ……と深く息を吐き出してから、芽依から離れテーブルに置いてあるコーヒーを1口飲む。
苦味の強いコーヒーを好むシュミットは無表情で口をつけていると、芽依はポカンとその様子を見ていた。
「…………なんだ」
「コーヒー……」
「好きなのか? 」
「うん……こっちでは初めて見た」
無言で飲みかけのコーヒーを差し出され、なんの疑問も違和感も無く受け取り口にする。
「っ! にっが!! えぇ? シュミットさんこんな苦いの飲むの?! 」
「くっ……そうだな、甘ったるいのは飲まん」
「うえぇぇ……大人すぎる……」
「……飲むか? 豆も粉もあるぞ」
「飲むっ!! 」
即決。
芽依はキラキラどころかギラギラとした眼差しをシュミットに向けると、芽依からカップを取り簡易キッチンへと向かう。
棚には様々な豆や粉がありシュミットもコーヒー好きかと頷くと、チラリと見たシュミットは沢山ある中から1つの瓶を取り出した。
「…………濃い味か、薄い味か。どんなのが好みだ」
「中間」
「中間、か」
1度持った瓶を戻し、新しい袋を棚から取って丁寧に鋏で切る。
7割程豆が入っていて、専用のミルに入れてゴリゴリと豆を挽くとふわりと香りが漂いだす。
芽依は立ち上がりシュミットの隣に行くと、チラリと見られたが注意はされないようだ。
「豆からなんて、贅沢……」
「粉より美味いからな」
「間違いないですね」
ゴリゴリしたシュミットは直ぐにコーヒーを落とし始める。
ゆっくりポタポタと抽出していくコーヒーのいい香りが部屋中に広がり芽依は目を瞑って深呼吸するように吸い込む。
「………………いいなぁ、シュミットさんの家」
「居つくなよ」
このなんともいえない居心地の良さに芽依はまったりとした気分で呟くが、シュミットの辛辣な言葉が返ってくる。
初めて来た時から、この家の中のごちゃっとしているようで整頓されている部屋や、入り込んでしまった寝室の心地良さに心が奪われている。
領主館の広く美しく整えられた室内も勿論いいのだが、人の気配がある暖かな雰囲気の室内がものすごく好きだ。
1人ではゴミ屋敷にしてしまうが。
「…………ほら」
「わぁ、ありがとうございます」
一応と置かれた砂糖やミルクに手を出さず、まずは1口。
芳醇な香りを楽しみながら口にしたコーヒーは先程の苦味をかき消しまろやかな苦みと甘みを舌に感じさせる。
ふくよかな味わいに目を瞑り、息を吐き出す満足そうな芽依を見たシュミットは、口にカップを当てながら笑った。
「美味いか」
「とても」
「これならブラックも飲めるだろう」
「飲めます。美味しい」
ゆっくり大切そうに飲む芽依を簡易キッチンに残したまま別の棚からまったく同じコーヒー豆の袋を持ったシュミットはピタリと止まった。
「…………豆を持ち帰って自分で飲めるか? 」
「無理です」
「……………………まあ、そうだな」
袋を戻したシュミットは別の瓶を取る。
「それの粉、いるか? 」
「いります!! 」
瓶を振ってみせると、食い気味に返事を返した芽依に喉の奥で笑う。
「対価は? 」
「あっ……」
「忘れてたのか? 」
「………………いえ」
呆れたように芽依を見るシュミットだったが、幸せそうにコーヒーを飲む芽依に息を吐き出した。
今回で3回目、芽依が急にシュミットの家に訪れた回数。
何故だろうか、普段だったら自分のテリトリーである自宅には絶対に足を踏み込ませないし、迷い込んだら殺すだろうシュミット。
なのに、寝室にまで来ていた芽依を当然のようにもてなしている。
普通に対応しているようで、シュミットは内心首を傾げていた。
「(…………なんなんだ、この移民の民は)」
壁に寄りかかりコーヒーを飲むシュミットは箱庭を触りだした芽依を見る。
沢山の物をしまい込んでいる箱庭。
それを無理やりにでも出させる事もシュミットには簡単に出来るだろう。
中には希少な物も多いと推測できる。でも。
「あ! これ……前の対価」
ドン!! と置いたお重の蓋をカパッと開けて中を見せる。
ホカホカの出来たて肉まんをニコニコしながらシュミットの元に持っていくと、眉を跳ね上げた。
1つ手に取り半分に分けると、中から肉汁たっぷりの餡が入っていて口端が持ち上がる。
香りを確かめた後、1口食べると小さく目を開き満足そうな顔をしている。
「美味しいですか? 」
「美味い」
「よかったー! あんまんもありますよ」
ぺろりと食べた肉まん1つ。
結構大きめだが、あんまんにも手を伸ばす。
まったりとした胡麻餡の舌触りを楽しむシュミットを見つめる芽依。
しっかりと練り込んで滑らかな胡麻餡の甘すぎない味はかなり好みだったようで、そちらも満足のいくものだったようだ。
「…………いいな、コーヒーの対価はこれの追加」
お重をコツコツと指先で叩くと、芽依はニンマリと笑う。
「じゃん!! 今日の出来たてです!! 」
さらに増えた種類に満足そうなシュミットは指先で芽依の頭を緩やかに撫でてから出された肉まん達を消し去った。
「上出来だ」
作った沢山の肉まん達は一瞬で消えたのだが、その労力も微笑むシュミットの顔を見て、まぁいいかと納得した芽依も同じく微笑みを返したのだった。
無理やりにでも箱庭から取り出すことは可能だろうが、自分に好意的で笑顔を絶やさず、時にミスをして慌てる芽依をシュミットは思った以上に気に入っているようだ。
その場の感情だけで芽依の心と体を壊す事をやめたシュミットは、今後の芽依の使い道を考えて楽しそうに艶やかに笑った。




