年始は最初からやる事が沢山です
新年が明けた。
この世界に来て2回目の新しい年である。
フェンネルが花雪として姿が戻ったからか空から降る雪に花の形が混ざっている。
ハラハラと花弁が落ちる美しさに外に出て眺めている人達が元旦の朝にちらほらといた。
芽依もそんなひとりで、朝日に照らされキラキラと光る雪や花を窓を開けて眺めた。
「……新年からなんだか気分がいいねぇ」
ぐぐ……と伸びをして芽依は用意されているドレスを見る。
三賀日の挨拶の為に移民の民とその伴侶は集められ、ドラムスト内に映像が映し出される。
恙無く移民の民が息災で過ごす様子を見せる事でドラムストが平和である事を伝える。
と、同時に軍事力の象徴ともなるから安心にめ繋がるのだ。
ふわりと軽い薄紅色のキャミソールワンピース。
何重にも重ねたレースで胸元を彩り、ワンピースはパニエを入れていないのにふわりと広がる。
薄紅色のワンピースは、美しい花柄で薄らと霞みがかっている。
スカートが揺れる度にぶわりと動き、色彩が揺れ動く。
動く度に様々な表情を見せるワンピースの上から丈の短い真っ白のニットを羽織る。
肩が片方出るデザインの無地のニットには小さなリボンが付いていて、花柄のワンピースの邪魔をしない上品なデザインだ。
袖を通すと薄くふわりと揺れる生地だが、保温の魔術が掛かっているのだろう、じんわりと暖かい。
「…………うん、素敵…………ん?」
膝下のスカートを軽く掴み揺らすと、後ろから手が回ってきた。
首元を彩る小さな宝石のついたネックレスが肌を一瞬ひやりと冷たくする。
ピンクゴールドの宝石が付いた美しいネックレスをそっと指先で触れるとキラリと輝く。
「綺麗ですねぇ」
目を細めて見つめてから振り返ると、セルジオは納得するようにひとつ頷く。
「似合いますか?」
「…………ああ、似合う」
指先でピンクゴールドの宝石を優しく摘んでから手を離したセルジオは、行くぞと声をかけて歩き出した。
すでに挨拶をする広間には移民の民とその伴侶が集まっているようだ。
数日後には定例会議も控えていて、新年からやる事が盛り沢山なのだと思ったが、去年が少なすぎたらしい。
シロアリ被害は、しなくてはいけない行事を尽く潰したようで、今年はその皺寄せが来るのだとか。
それには芽依も参加する行事が沢山あるぞ、と道ながら教えてくれたセルジオに眉を下げた。
生粋の酒好き引きこもりは、酒盛りに関係しない事には出来る限り参加したくない所存である。
なお、そこに庭の手入れは含まれていない。
お酒の為のあれこれだからだ。
「…………今年は忙しそうですね」
「通常よりも少しというくらいだ」
「………………うぇぇぇ」
嫌そうな声を出す芽依にフッ……と笑ったセルジオと共に回廊を歩く。
壁のない吹き抜けの通路は魔術によって雪が吹き込んで来ることなく温かさを保っている。
芽依の居住スペースから離れている挨拶を行う広場は領主館で仕事をする人々が行き交う場所を通るため、去年と同じくセルジオが付き添う。
行き交う騎士達は芽依に気付きうっすらと笑みを浮かべてくれるくらいには親しくなってきた。
名前はわからないが。
新年の挨拶をされ、洋服を褒めてくれる紳士もいて、年始から芽依はご機嫌に足取り軽やかに会場に向かった。
観音開きの扉を開けて入った室内。
年始に相応しい艶やかな色彩に彩られた室内は、端々に控えめな飾りで整えられていた。
これらも、アリステアから送られる祝福の為の下地らしく魔術の動線になるらしい。
魔術に対して理解出来ない芽依は、はぁ……としか言いようは無いが、綺麗に整えられた場はキラキラと輝くようだ。
「メイちゃん」
コツコツと足音を立てて近付いてきたのは、サラリと揺れる髪を今日は結ばないと決めたらしいフェンネルだ。
白い髪にピンクの大輪の花が咲いている。
「フェンネルさん」
「今日は僕が一緒にいるからね」
「うん」
手を差し出されて、その手を握り返すとただただ嬉しそうに笑う。
去年はハストゥーレがそばに居てくれたが、今年はフェンネルのようだ。
この裏でハストゥーレとの睨み合いがあり、今日の伴侶の代わりの参加をどちらがするかで小さな戦いが起きていたらしい。
「じゃあ、俺は行くぞ」
「はい、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げると、セルジオは目を細めて笑ってから離れていった。
あの去年の激情にも似た感情をぶつけてきたセルジオは、最近は穏やかだ。
去年は忙しかった事もあり、夜の酒盛りの時間も取れなかった事も理由に含まれるのだがセルジオとの時間が著しく短くなった。
それはセルジオもわかっているからか、最近は芽依がいる時間に部屋に訪れ片付けをしているくらいだ。
また酒盛りが出来るくらいの通常通りな日常に早く戻らないかなと願う。
「おはよう」
「ユキヒラさん! おはよう」
ちょうど他の移民の民とその伴侶と話していたユキヒラとメロディア。
先に気付いたユキヒラが手を振ると、メロディアもこちらを見た。
「あらメイ! 良い色のドレスね似合ってるわ」
「わあ、ありがとう。メロディアさんも似合ってるよ」
「まあ、当然よね」
芽依に褒められて満更でもないメロディアは胸を張る。
そんな珍しく可愛らしいメロディアのドレスはユキヒラが選んだらしく、かなり浮かれているのだとか。
ユキヒラ大好きなメロディアは朝からテンションが高く、他の人外者に見せつけ自慢をしているらしい。
「………………可愛いね、メロディアさん」
「ね、最近闇堕ち減ってきて可愛いよ」
「おー、素直じゃん」
「素直に言った方が喜ぶから」
2人でコソコソ話していると、メロディアがムッとして芽依をジトリと見る。
「……なんで2人で話してるのよ」
「ん、メロディアさんが可愛いねって話してたんだよ」
「………………あ、あら。なによ、お世辞言ってもクッキーくらいしか出ないわよ」
「クッキーは出るんだ」
ぶふっ……と吹き出しそうになるのを堪えると、クッキー専門店の高級ショコラクッキーが箱で出てきて、ほら! と渡される。
本当に出てきた……と受け取った芽依はお返しにとお重を渡した。
「…………あら、これって……」
「お節じゃなくって、メディさんスペシャル。ミチルさん用に作ったやつの私用」
「え、いいの?俺たちは嬉しいけど……」
「私達は本体のメディさんがいるから大丈夫なの。美味しいから是非是非! 保存魔術が敷かれているからゆっくり食べてね」
ね! と振り返り後ろに立つフェンネルを見上げると、にっこり笑って頷く。
美しい白い色彩の妖精は芽依の決定に反対はないらしい。
お互いに元旦早々手に入れた嬉しいお土産にホクホクしていると、天使の輪がかかるさらふわな金髪を靡かせた少女が入ってきた。
見た事の無い少女は朗らかに微笑んでいて、隣にいる人外者の手に手を乗せている。
どうやら位の高い精霊のようで、スマートにエスコートをしている。
新しく来たばかりの移民の民なのだろう、にこりと目を細めて微笑んだ少女を見て、今年も穏やかな年になるだろうかと思い悩むのは、ここに居る大半の人外者の目を一瞬でも奪ったからだった。
「…………また厄介な感じのが来たなぁ」
小さく呟いたフェンネルを仰ぎ見ると、にこやかに笑い返され手をギュッと握られたのだった。
アリステアからの年始の挨拶は、投影魔術を使ってドラムスト全域に向けたものである。
この挨拶は、1年を恙無く過ごす為の祝福を領民に与える大事な役割も含まれていて、国や領地経営をする人によってはこれを省く場所もある。
シロアリのような大々的な被害にも多少なりとその恩恵はあり、これを手厚く行うドラムストの死者数が少ないのも祝福に関わっているのだ。
簡単に挨拶とはいうが、これはアリステアひとりで出来るものではなく、高位の魔術を丁寧に編み他者との魔術に反発すること無く繋ぎ合わせていく必要がある。
それを出来る人間は少なく、小さな村や魔術師の少ない国や街では難しいのだ。
その魔術を汲み上げ、定着させる土地にも向き不向きがある為、1年を恙無く過ごす為の祝福が出来ない国や街は別の方法で違う祝福を授けるのだとか。
芽依は、横並びにずらりと並ぶアリステア達を見て、本当にいい場所に現れたのだなとしみじみ思った。
この祝詞を紡ぎ魔術を重ねていくのだが、これに人外者を含めてはならない。
人間に混ざり、姿を隠していたとしても人外者からの恩恵には対価が発生する為、ドラムスト領内に幅広く渡ってしまう恩恵に対価が払えず国が滅ぶなどという事態を防ぐための措置である。
いろんな事があるんだな、と黙って魔術が重なり合い帯のように視覚でき始めた祝福を見上げた。
ミサで天井ギリギリに巡られた魔術がリボンを思い出すヒラヒラと透ける美しいリボンのような魔術の帯。
それがキラキラと輝き出し、室内が輝いている。
投影魔術を使ってドラムスト領全域に微笑む穏やかなアリステアの新年の挨拶が映し出されている。
滑らかな言葉に領民は目を瞑りしんみりと聞いたり、その姿を見る為に寝正月を決め込む人達が起きてきたりと少しだけ慌ただしかったようだが、恙無く健康で過ごせるようにと願いが籠った祝福はドラムスト領に行き渡ったのだった。




