繋がりのアイテム
動けない芽依は、小さなニアにお姫様抱っこをされた。
重くない? 大丈夫?と何度も確認した芽依のすぐ横に、いつもより近いニアの整った顔がある。
可愛らしい顔はまた無表情に戻り、長いまつ毛が瞬きをする度にバサリと動くのが良くわかった。
「じゃあ、出るよ」
「…………うん」
抱き上げられたまま隔離部屋から出る。
最初に入ったのは勿論芽依だけなのに、ニアと一緒に出てきた為、周りはザワリ……と空気が動いたのがわかった。
「ッ…………メイ!! 」
「メイさん!! 」
「な…………どうしたのだ!メイ!! 」
いつの間にかアリステアも合流していたのだろう、3人が揃って芽依を待っていた時、重度の火傷を負った芽依がニアに連れられて出てきたから驚天している。
慌てて走り寄り、シャルドネが芽依の焼け爛れた手に優しく振れて手のひらを見た。
「……これは」
酷く燃えている鉄板に押し付けたような酷い火傷に目を細めると、すぐに壁際にある椅子の方へと案内される。
さぐさまシャルドネが体の内部を確認し、何らかの障りがないか確認してから魔術を用いて手の治療を開始した。
「…………なにがあった、どうして……コイツが? 」
セルジオがニアをチラリと見ながら聞くと、芽依はまだ熱さが残る体をふるりと震わせてから口を開いた。
「戻り呪なんですけど……最初の方は豪速球の野菜からのフルボッコだけで、なんとか耐えたんですが」
「…………豪速球の野菜」
「残り2枚で、なんとも言えない呪いがきました。1個は青色一色になって巨大な影に付いてるギョロギョロした目と見つめ合いました」
「…………なんだそれは」
何とも気の抜ける報告をする芽依に眉を寄せるセルジオ。
その足元にはしゃがみこんだシャルドネが芽依の足の様子を見て、治療を開始する。
手のひらは綺麗に治っていて、足も今からピカピカにしてくれる様だ。
「直ぐに治りますからね」
優しい声に頷くと、ふわりと微笑んでくれる。
そんな芽依を見ながら、アリステアは火傷を負った状態を聞いた。
「……手足はどうだ」
「痛みはありません。じくじくとした違和感と熱を感じます」
「…………なんだ、魔術の火ではないな。どうやってこうなった」
セルジオが片脚を持ち上げてまだ治療していない足をじっと見る。
シャルドネが無作法ですよ、と声をかけるが鼻で笑うだけで手を離しはしなかった。
スカートが溶けて足が見えてしまっているので、セルジオのジャケットを掛けられ隠されている。
「…………封筒から赤い線が放射線状に広がって、一気に熱くなりました。部屋全部が物凄い温度で、暑さにクラクラして倒れたら、鉄板みたいに熱い床で手足が……焼けました」
「そう……だったのですか」
痛ましい、と呟きながら、靴を脱がしますねと声をかけられ溶けた靴を脱がされ足裏を見られる芽依。
スカートで足を上げられる為、ジャケットを押すように隠しつつ、美しい妖精なシャルドネに足の裏を見せるなんて……と頭が下がりそうだ
「…………こちらも酷いですね。」
大根によって守られた足の裏は、そこまで酷くはなかった為に、逆に痛みがあった。
そっと触れたシャルドネの手に痛みが走り眉を寄せる。
「……直ぐに治しますね」
眉を下げて言うシャルドネに頷くと、アリステアは芽依の焼かれた足を見ながら何かを考えていた。
「……アリステア様、どうしましたか? 」
「…………床が熱かったんだな?」
「はい……」
「そうか。……メイ、去年の戻り呪は、その呪いが今年に起きていたな。フェンネル様の事とシロアリの事」
悩んでいたアリステアが顔を上げて芽依を見る。
いきなりそんな事を言ってきたアリステアにきょとんとしながらもおずおずと頷くと、セルジオがバッ!とアリステアを見た。
治療に集中していたシャルドネも、ゆっくりとアリステアを見る。
「………………まさか、今起きている異変に関係があると?」
「それはわからん。だが、床が熱を持つというのが気になるのだ。ブランシェットが地面から熱を感じると言っていたし、積雪も早く溶ける。フェンネルの庭の雪もだ」
「……………………たしかに、あてはまりますね」
シャルドネは、セルジオが掴んでいる芽依の足を受け取り足の治療をする。
あんなに酷かった足は数分時間が掛かるが、跡も残らず綺麗に治していくのを見て、ホッと息を吐いた。
「まだ憶測にすぎないから過信はしないが、条件がそろっている。メイの去年の戻り呪の事もあるから……申し訳ないが、何か分かったことがあったら教えてくれないか」
「分かること……」
「ああ。今は疲れているだろう、すぐじゃなくていいからな」
沢山の問題が重なっている状態で、芽依の有力かもしれない情報はすぐにでも欲しいところだろう。
しかしアリステアは、グッと堪えて微笑み、今は心の休息を優先してくれた。
今はやっと落ち着いたようだが、ニアの手を握りしめ続けているのだ。
「…………ところで、なんでこいつがいるんだ」
「あー……少年は……」
少し考えてからコトリと首を傾げた。
芽依もなぜ来てくれたのかわかっていないからだ。
「色々ショックで動けなくて……皆の名前を呼んでいたら少年が来てくれたの」
「名前を呼んだら……?」
セルジオが眉を寄せてニアを見ると、相変わらず無表情で佇む可愛らしい芽依の天使。
ふくふくとした手を思わずギュッギュッ……と握ると握り返してくれた。
「…………助けてって聞こえたから」
「助けて、か…………聞こえたのか?なんの繋がりもないお前が?」
「一方通行だけど、回線は繋がってるよ」
「……………………なんで」
「血と羽」
よく分からない会話をしている2人だったが、二アの言葉にセルジオは二アの胸ぐらを掴み、シャルドネも慌てて振り向きニアを見た。
「わぁ! セルジオさん!! 何してるんです?! 」
「お前! メイを喰ったのか!! 」
大広間には沢山の人がいる。
芽依が移民の民だと理解している人外者達が、セルジオの言葉に反応して振り返った。
ギリッ……と歯を食いしばりニアを睨み付けるセルジオをやはり無表情でニアは見上げていた。
「…………喰った、であってるのかな……お姉さんはぶどうの味がするんだよ」
それはセルジオは勿論シャルドネの怒りすら買う言葉でぶわりと髪に空気をはらみ動き出した。
流石に魔術を使う時によく起きる現象だとわかった芽依は、立ち上がりニアを背後からギュッと抱きしめる。
「ま……待ってください! 誤解です!! 」
「…………誤解? 」
「少年が私の血を口にしてしまったのは過去のリンデリントです! つまり、事故です! 」
かなり無理のある芽依の事故発言。
芽依を知らないニアがいる時代であれば、むしろ切ったのはニアだという可能性の方が高い。
しかし、そこをなんとか事故だと推し進める気満々の芽依は決して譲らなかった。
「だが、怪我はしていただろう。あの村には誰もいなかった筈だ。それなのにこいつが居てメイが怪我してるなら、切ったのはコイツって事だろう」
「それに近しいけれど、違うんです!」
「何が違うのですか?」
ゾクリとするような冷えた声を出すシャルドネに芽依とニアも思わずびくりと体を揺らした。
「………………え、と……」
「え、セルジオより怖い」
「え?なんですって? 」
「…………なんでもない」
プルプルと首を振って答えたニアは、後ろからしがみついている芽依の腕をキュッと握った。




