年末のカテリーデン
芽依は、ライトグリーンのワンピースを着て、空からチラチラと降る雪を暖かな室内から見つめていた。
膝下のいつもよりも短いスカートだが、その少し下まである編み上げのブーツが芽依の足をしっかりと守っている。
今日は年の瀬、この世界に来てから2回目の年越しを迎える。
この1年間、100年越しに現れたシロアリによってドラムスト内……いや、全世界が混乱の渦に巻き込まれた。
年間通しで行われなくてはいけない行事は沢山中止になり、その弊害が起きないようにアリステア達は年中新しく魔術を練り直してドラムストを守り続けていた。
来年にしなくてはいけない祝祭や魔術の重なりの補強は通年よりも手厚くしなくてはと、その調整も見越しながら手掛けていたらしい。
そんな大変だった1年が終わる。
暖かな室内で、眼下に広がる冬の美しい情景を見るが、屋根や木々に積もる雪より地面に積もる雪の少なさがアンバランスだ。
芽依は頭を動かす度にサラサラと揺れる髪を手で撫で付ける。
シロアリによって切られた髪は少し伸びて肩よりも下になったが、長いからできる複雑な結び方はまだ出来そうもない。
「……どうした」
「セルジオさん」
急に聞こえた声に振り返ると、いつも通りに侵入しているセルジオが小さなテーブルにへアセットの準備をしている。
「もう、1年が終わるんだなって感慨深くって」
「……そうだな。だが、まだ重要なものが残っているぞ」
「なんですか? 」
「戻り呪だ」
「グッ……」
それは、1年の最後の日に届く呪いの手紙である。
1年間の自分の後悔や悲しみ、怒りといった負の感情が呪いとなって我が身に降りかかり、全てがなくなって新年を真っ白な状態で迎えなさい、という呪いである。
その呪いから自分を守る為にも様々な魔術を駆使して対応するのだが、魔術を使えない芽依はただサンドバッグになるしかなかった去年。
嫌な記憶しかない芽依であったが、今年は協力な助っ人の野菜様達や、メディトーク達がこれでもかという程に恩恵を与えてくれるらしい。
それでも、怖いものは怖いし、逃げ出したくなるのだが。
災いが自分に降り注ぐ前に、最後の日の今日、芽依は決死の覚悟で戻り呪に立ち向かうのだが、先にカテリーデンに行き心に潤いを与えて癒しを抱き締めるのだ。
むんっ! とやる気を無理やりに奮い立たせ、素敵な髪型にしてくれるセルジオにおまかせする事にしたのだった。
「…………どうだ?」
「とっても素敵ですけど……大丈夫ですかね? 」
「なにがだ?」
「……若すぎませんか? この格好」
真っ白な生花をひと房使った髪飾りを編み込んでひとつに纏めている。
出来上がりが複雑な編み込みに見えて、飾りになる花がひとつでも十分に華やかだ。
シンプルなワンピースの上から柔らかな素材の丈の短いモコモコのカーディガンを重ねて、実年齢よりグッと若く見える装いに頬を染める。
「…………いや、似合っている」
ふっ……と笑って言ったセルジオに芽依も笑みを浮かべた。
さあ、今日は今年最後のカテリーデン。
用意していたお節を売る大切な日だ。
「行ってこい」
「はい、行ってきます」
セルジオに送り出されて芽依は足取り軽く庭に向かっていったのだった。
「うわぁ、メイちゃん今日も可愛い! 」
「ご主人様、とても素敵です」
可愛らしい奴隷達の手放しな賛辞に目尻を下げる。
テレテレと赤らめた顔で笑い、2人を見るが美しさが飛び抜けているフェンネルと、可愛さに磨きがかかってきたハストゥーレの相変わらずなお揃いコーデが今日も光っていた。
しかも今日は、久々のメイドさんである。
2人とも骨格はしっかりとした男性で、勿論胸も無い筋肉のついた胸元なのに、可愛らしいメイド服を来たら可憐な美少女に見える不思議。
喉元もしっかり男性で、手も筋張った大きく美しい男性の手なのに、その危ういアンバランスさがまたいいのだ。
2人とも同じクラシカルなメイド服を着ていて、イタズラにハストゥーレのエプロンの紐を解くと、ふわりと外れて慌てて抑えたハストゥーレの可愛さに倒れそうになった。
『……またお前は、変態的な悪戯はやめろ』
「だって! あんなに可愛いから! 」
『理由になってねぇ』
「ご主人様……あの、ご希望でしたらいくらでも……」
頬を染めて脱ぎますか? と首を傾げるハストゥーレ。
その恥じらった様子すらも変態ホイホイをしそうで、芽依は慌ててギュッと抱き締めるようにくっつき、背中に手を回して腰紐を結んだ。
「……これはあぶない。誘拐されそう、危険がいっぱい」
「あ、メイちゃん僕もギュッてしたい」
両手を出して芽依にお強請りするフェンネル。
ハストゥーレは真っ赤な顔で、両手を上げて芽依の好きなようにさせていたのだが、そんなフェンネルを芽依と2人で見た。
こちらも可愛さが爆発している花雪である。
「はい、ぎゅー! 」
「……あれ?ハス君も参加なの? 」
芽依とハストゥーレでフェンネルを挟むように抱きしめると、メディトークは呆れたようにやれやれと足を振った。
「いらっしゃいませ!」
ベースにある長テーブルにお節を並べている最中から、客は続々と現れた。
ワクワクと並べていくお節等をゴクリと喉を鳴らして見つめている客の前に、美しいメイド達が動き回り、こちらにもゴクリと生唾を飲む。
可愛く飾り立てている本物の女な筈の芽依を見る人は少なく、もれなく2人を見ている。
ちょっと悲しい気持ちになるが、確かに2人は美しくて可愛らしいから仕方ないか……と苦笑する。
だが実は芽依に興味を持たせない為の装いでもある2人は、誰かが絡んで来たら困ると力を入れてメイドさんをしているのだった。
それで芽依の賛辞とハグも貰えるのだ、やって良かったと2人で顔を見合せてほっこりと笑う。
「よし、これで準備できた。お待たせしました。今回年越し用は、お一人様用とご家族用があります。お一人様ひとつ、ご家族用はひと家族様1つです」
1人用は、3日間ほどで食べきれる量で、家族用は、お重のような三段重ねである。
どちらも魚介、肉、野菜を使った大盤振る舞いのお節で、普段お弁当販売をしている自動販売機には今年は置かない事にした。
1人用は中身が見えるのだが、ご家族用は中が不透明の蓋が閉まっているから中身は見えない。
それでも、信頼と実績の有る芽依のお節は飛ぶように売れていた。
一緒に用意しているお雑煮と茶碗蒸し、年越しそばは希望者のみとしていたが、こちらも良く売れていて芽依は胸がじんわりと暖かくなり、満足そうに笑った。
「メイー!! お節買いにきたわよ!! 」
ユキヒラを引き摺るように連れてきたメロディアの満面な笑みに芽依も手を振ると、メロディアは口の端をくにぃ……と上げた。
「凄いわ、これがオセチなのね」
何処か外国の人が話すようなイントネーションに思わず笑いそうになりながら、まだある? と慌てて聞いたメロディアの可愛らしさに胸を抑えた。
「…………ね、ミチルさんの話は聞いた?」
「え、聞いてない」
「5個目の毒の解毒剤が出来て投与が始まったらしいよ。回復に向かってるって」
「本当に?! 良かった……」
思いがけず嬉しい話を聞いた芽依はぴょこんと飛び跳ねて喜んだが、やはり新年の挨拶に集まる時にはまだ全快ではないのだろう、欠席になるようだ。
しかし、あのぐったりとしたミチルを見ているから、良かったと胸を撫で下ろす。
「…………ご自宅に帰れるようになったら、お見舞いに行きたいなぁ」
ポツリと呟いた芽依にユキヒラも笑って頷いていた。
来年には皆でミチルのお見舞いに行けそうだ。
「………………お姉さん」
「ニ………………ぃぃぃ少年!!」
ユキヒラ達と話していると、奥からやってきたニアが今日も可愛らしい装いで現れる。
たっぷりのフリルと、靴についているリボンが可愛らしい。
髪を切ったのか、フワフワした可愛らしい髪の質量は減ったが、よりフワフワ感が増していた。
あまりの可愛らしさに芽依が思わず名前を呼びそうになり、なんとか少年と言い換えるのをニアは目を見開いてから眉を下げ、小さく苦笑する。
その見た事ない表情に、隣にいたハストゥーレにもたれると、支えたハストゥーレはまたギリギリとニアを睨み付けた。
「か……可愛いぃぃぃぃ」
「私のご主人様を籠絡しようとしないで頂けませんか」
「僕そんな事してない……しなくてもお姉さんは僕が好きだもん……ね?」
「大好きぃぃぃぃ!!」
「あ、それは僕もちょっと許せないかなぁ」
『お前ら、なんで毎回同じ事で喧嘩できんだよ……ほら』
メディトークが渡したのは、ニア専用の買い物袋だった。
中にはニア用スペシャルお節とぶどうふた房、ぶどうジュースが入っている。
ニアは中を見て首を傾げた。
「…………おせち?」
『こいつがお前用に作ってたぞ』
「……そうなの?」
「うん。少年の好きな食べ物って知らなかったなって思って。好きそうなの詰めたんだけど、今度何が美味しかったか、好きなのとか教えてね」
袋の中を覗いていたニアが顔を上げて蕩けるような笑みを見せた。
「…………1番はお姉さん」
「あぁぁぁぁぁ!お姉さんの作るぶどうだねぇ?! 」
「…………うん」
メディトークが誤魔化すように焦って話をする芽依を訝しげに見ると、えへへ……となんとか笑ってから頷く。
「……少年、来年もよろしくね」
「……うん」
穏やかに笑う監視者の可愛らしさにほっこりと笑い、監視対象であるフェンネルですら困ったようにまったくもう、と笑みを浮かべた。




