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解決の目処がみえない(ミカサイド)


 今日も早くに目を覚ましたミカは、冷たい水で顔を洗い化粧水をつけて肌を整えた。

 鏡に映る自分の姿は以前の男を探し歩き自分を磨いていた姿はどこにもない。

 化粧をしない顔で外に出るなんてありえないと思っていたミカは、髪を可愛らしくセットする事もなく1本に結ぶ。

 ミニスカートに、この世界では推奨されない肌を出していたミカだったが、今ではズボンを履き動きやすさ重視で、今日もカーキ色に大きなポケットが付いたズボンを着用している。


 シトシトとなる雨音を聞き窓の外を見ると、一気に押し寄せる暗雲を眺めた。


「…………今日は雨はやまないかな」


 小さく呟いたミカの傍にアウローラはいない。

 前ほどの過保護が薄れ、ひとりで動くことも多くなってきたアウローラに少しの寂しさを感じながらも、ミカは足早に家を出ていった。


 向かう先は、このパール公国内では少ない庭である。

 公国全体を支えるはずの庭は痩せ細り見る影もない。

 アウローラと共にドラムストに居た時、ミカは自分を磨くのに尽力し、アウローラが育てる庭には見向きもしなかった。

 だからこそ、今のこの庭の状態をどうすればいいかなど分かりようもない。


 ここで、定期連絡をしていたアリステアに1つのお願いをした。


 ピロロロ……と独特の音を鳴らしてアウローラが持つ手鑑とは違う物で通信を開始した。 

 その先にはミカが謝っても足りない程の人物がいる。

 ミカは緊張で手鑑を持つ手に力が入るのだが、しっかりと見つめて今から映し出される相手を見据える。


 […………はい、ミカちゃん?]


「お久しぶりです、メイさん」


 [うん、久しぶり。なんだかとっても落ち着いた雰囲気になったね]


「…………私があまりにも無知で馬鹿だったって、身に染みました。本当にごめんなさい」


 […………もういいよ、連絡してくれてありがとうね]


 朗らかに笑った芽依を見て涙ぐむ。

 初めて会った芽依は笑顔を絶やさない女性だった。

 自分よりも年上で、髪や肌を見て自分自身のケアも怠るような、そんな女性だと自分で理解してしまったミカは、そんな芽依の側に人が集まる事が何よりも許せなかった。


 いや、自分が気に入った男性が微笑みかける姿が気に入らなかったのだろう。


 しかし、今にして思えばそれも仕方ない思う。

 人外者の好き嫌いはハッキリしていて、セルジオ達は芽依を好ましく思う人物だと寄り添ったのだ。

 穏やかとは言い難い性格なのだろうが、優しく暖かな人物だというのは今ならわかる。

 自分勝手で、周りを見ないミカが好かれるはずもないと、今芽依と話をして余計に思ってしまう。


 しかし、自分は自分であり芽依では無いし、芽依にもなれない。

 ならば、自分らしく前を向いて生きるしかないじゃないかと、ミカはパール公国に来て考えを改めたのだ。


「前、パーシヴァル様から聞いたと思いますが、庭は海に面しています。まだ数ヶ月しか住んではいませんけど、潮の満ち欠けに影響して庭は水没しているのを数回確認しました」

 

 そう言って、手鑑の視点が変わり水がたまる庭が映る。

 ちょうど満潮で水がこちらに流れてきていたのだ。

 それを見て目を見開かせた芽依は、何処かに声を掛けて手招いている。


『……なるほどな』


 手鑑から聞こえた低く甘やかな声に思わず覗き込むと、真っ黒な蟻のアップが見えてビクリと体を揺らした。

 散々迷惑を掛けた蟻である。

 芽依の側には蟻だけではなく、迷惑を掛けた白の奴隷もいる。

 それは最初から分かっていた事だが、いざアウローラが居ない場所で会い、話をするには恐怖と緊張で体が固まってしまう。


『もっと動かせ、広範囲に見てぇ』


「は!はい!! 」 


 ゆっくりと場所を動かし全体を見せると、また別の声が聞こえてきた。


「うーん、確かに水没してるけど、ちゃんと手入れしたら育つと思うんだけどなぁ……その土地に合う作物とかもあるだろうし、水に強いものは結構あるよ? 」


「ねぇ、いっその事さ、水を別に引いて魚介類とか取りやすく出来ないかな? 」


『まあ、出来なくはねぇが1人は難しいな。土地の整地からやんなきゃならん』


 3人で小さな手鏡を除く姿がミカから見える。

 カテリーデンで見た美しい妖精が姿を変えて芽依のそばに居るとは風の噂では聞いていたが、美しい人外者にミカは思わず目を奪われると、それに気付いた美しい人外者は、ふいっと顔を背けた。

 その時に見えた赤い奴隷紋に目を丸くする。


 このパール公国は人口が少ないが、発展途上なので仕事は沢山ある。

 その為、最近からよく働く年季の近い奴隷を迎え入れ働かせ、年季が明けたらパール公国の国民として籍を置けるようにしているらしい。

 善良で問題を起こさないと決めて国王が全て纏めて隷属の契約をしているのだとか。

 これにより、労働力と国民の確保を同時にしているのだ。


 それを、早い段階で教えられたミカは人外者の首についている奴隷紋の意味をしっかりと理解していた。


「(こんなに綺麗な人が犯罪奴隷……人外者を見た目で判断してはいけないって言われているけど、信じられない)」


 思わず凝視しそうになったミカは慌てて顔を背けて芽依を見る。

 そこには、あの巨大蟻メディトークも何やら話をしている様子だ。

 

 [今すぐ劇的な変化は無理だと思う。この浸水している庭で適合しているのは何かとか調べた方がいいと思うけど、そっちは誰か協力者はいる?]


「…………いません。今は私ひとりです」


『ひとり?アウローラはどうした』


「半日以上はドラムストの庭にいて、残りは城にいます。最近会うのは夜だけです」


 [じゃあ、今はずっとひとりで色々調べてるの?]


「はい……とは言っても、私に出来るのは本当に些細な事で……商品が高くなっているから定期的な確認と、全ての庭を毎日見回りして、水の浸水具合や周期の確認くらいです。庭の改善にしても、まだどうすればいいか分からなくて。パーシヴァル様に聞いても適当にやって庭を回復してくれと……相談相手がいなくて」


 芽依は眉を下げてメディトーク達を見た。

 芽依は与えられた庭に、全て整地され世話をするだけの十分な環境があった。

 教える人も側にいて、相談も出来たのだ。

 所謂イージーモードである。


 逆にミカは、その全てがなく庭の状態も最低なものだ。

 持ち主は1度も顔を出すこと無く、一体誰が持ち主かすらミカは知らない。

 そんなスーバーハードモードなミカが困って連絡してきたのだ。


『……そうだな、王はなんて言ってる?』


「会えていません。王の……みょうだい?って人に庭の状況を定期的に伝えるようにと言われただけです。一応その人が困った時は対応するからと言ってくれたんですけど、ほぼ会えません」


 ミカの散々な現状に顔を見合わせる。

 そこに現れたハストゥーレは会話が聞こえていたのだろう、ひょっこりと顔を出した。


 [アウローラ様の協力を得られないのならば、別の協力者を探すべきです。できたら様々な対応が可能な城関係者で、庭の知識が有る方が好ましいかと]

 

 [あとはパール公国付近の庭関連の組合に連絡するべきかな。助言を聞いた方がいいよ……ん?こっちではセイシルリードだよ。庭関連の組合はね、色々な役割があるんだよ。販売は勿論相談も大切な役割だからね。地域によって担当者が違うからセイシルリードではないと思うよ]


 手鑑の向こうから芽依の組合?という声が微かに聞こえた。

 微笑んで教えてくれる環境が当然のようにある事にミカは寂しくなりながらも小さく頷いた。


『あとは、各庭には管理者がいるだろ。そいつらを割り出してパーシヴァルに書類を出させろ』


「……書類、ですか?」


『何も協力しねぇ癖に、弄って上手く庭が回りだしたら難癖つけてくるやつがいんだよ。新入りのお前が動き回ってんのを見て何もしねぇ癖にな。だから、庭を手入れして収穫した3割はお前のものとでも書いてる誓約書を用意しろ。あとは、庭の復興にかかる金は公費で落とせ』


「…………公費、とは」


 [ミカちゃん、庭の復興にかかるお金は城に出させるの。ミカちゃんが出す必要はないんだよ。表向きミカちゃんはパール公国の庭改善に頼まれて向かっているんだから]


 その話に目を丸くした。

 お金のあり方など考えていなく、当然のように自分かあるいはアウローラが出すものだと思っていたのだ。


「…………分からない事ばかりでした……本当にありがとうございます……私、あんなに酷いことをしたのにこんなに丁寧に教えてくれて……」


『勘違いすんなよ、テメェを許した覚えはねぇ。メイにした事は簡単に無くせることじゃねぇからな』


「は……はい……すみませ……」


 メディさん、と足をパシパシして注意している芽依が見えるが、それも当然である。

 むしろ、睨み付けなじられる覚悟で今回芽依に連絡したのだ。

 それなのに、芽依にしたことに怒り、ミカを殴り飛ばした周りの人達はこんな時に優しく相談に乗ってくれる。

 勿論、芽依がいて頼み込んでこそなのだが。


 許されたなど、最初から思ってない。

 でも、やはり怒りを向けらるのは怖いのだ。


 [あのねミカちゃん。前のことを考慮してアリステア様は私にミカちゃんの話を通すべきか迷ったんだって。それでもね、ドラムストの民であるミカちゃんがパール公国に来て困った様子や頑張る姿勢はちゃんと見てたんだって。だからね、嫌かもしれないけれど手を貸してほしいってわざわざ頭を下げにきたの]


「アリステア様が……」


 [だからね、ちゃんと見てる人はいるから、頑張れば手を貸してくれるんだよ]

 

 芽依の感情は同情にも近いだろう。

 まだ10代の女の子なのだ。

 元の場所ではまだ大人に守られている時期に、助けてくれる人も居ない中で放り出されたようなものだ。


 そんな子が、甘ったれだった女の子が頑張ろうとしているのだ。

 迷惑をかけられたが、子供の浅はかさによる反省の意味にはあまりにも厳しき現状に、大人の芽依が少しだけ手を伸ばしてもいいではないか。


 芽依の優しい眼差しに、ミカは感極まってハラハラと涙を流した。

 あんなに憎かった芽依という人物の思いの外暖かな気持ちに触れて、張り詰めた気持ちが決壊する。

 

「………………」


 [泣かなくていいよ、そばにはいれないけど、相談には乗るから。ほら、力強い味方が沢山いるよ]


 グイッと引っ張られたメディトーク達3人に、ミカは、何度も頭を下げてお礼を言った。


『……許したわけじゃねぇがな、メイが手伝うと決めた以上は助言くらいはしてやる。対価は貰うが、それはアリステアから貰うから気にする事はねぇ……出来るだけ足掻いてみろ』


「っ……はい!! 」


 涙でくしゃくしゃになった顔を見せて力強く頷いたミカに、鏡に映る芽依達が満足そうに微笑んだ。

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