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異変


 芽依が居なくなる事件が起きる前から、ドラムスト領内に変わった現象が起きていた。

 例年よりも雪が溶けやすい、暖かな時期に咲く筈の花に蕾がついている。氷柱は普通にできるのに、地面に落ちた氷の溶けるスピードがあまりにも早い。

 そして、フェンネルが手入れをしている庭の雪が溶けだしている。

 あの庭の雪はフェンネルの管理の元、滅多な事では溶ける事は無い。

 それなのに溶けだし、フェンネルは庭に巡らせる魔術の微調整を行っている。


 そんな内容がドラムスト領内から多数報告されていて、アリステアは丁寧に書類に目を通していた。

 

 そんな時に入った芽依失踪事件。

 蛟により報告があり、すぐに所在確認、救出の手筈を整えメディトーク達にも連絡を行い、いざ探しに行くという時に領主館前で佇む芽依を発見した。


 この時の目撃証言で出たガンガディという鳥についても冬に出てくる幻獣ではないのだ。


「…………おかしいな」


 パサリと資料を置くと、セルジオが近付いてきて書類を1枚取った。

 パリッとした固めの紙を使っている報告書に書かれた季節に合わない内容。

 それを無表情で見たあと、指でパシンと叩いた。


「魔術の痕跡は無いんだったな、セルジオ」


「ああ。全ての街を調べたが一切ないな」


「冬に咲く筈の花もほぼしおれてると連絡が来ています。根から腐っていたようですよ」


 紅茶と芽依のぶどうケーキを持ってきたシャルドネが人数分テーブルに並べる。

 息を吐き出して最初に手を伸ばしたのはブランシェットだった。

 大粒のぶどうは品種改良されてさらに甘みが際立っている。

 甘さ控えめにしたレモン果汁が入ったホイップクリームが口をスッキリとさせた。


「…………まあ、とっても美味しい」


「クリームが新作らしいので、良かったら感想を下さいと言っていましたよ」


「スッキリして美味しいと伝えなくてはね」


 ふふ……と上品に笑うブランシェット。

 その壁際には2人の騎士が立っているが、今日の担当はオルフェーヴルではないようだ。


「しかし、魔術の形跡がないなら一体なんなのだ」


 また別の資料を見て悩むアリステアは、紅茶を1口含み、その味を堪能する。

 こちらもだいぶ甘さを控えた紅茶だ。

 

「新しく呪いが生まれた感じもしませんね」


「…………この異様な温かさは何かしら、何だか気分が優れない時があるのよ」


「暖かい?」


 ふぅ、と息を吐き出して言うブランシェットにセルジオは顔を上げた。

 セルジオは勿論、アリステア達も感じない体感温度である。

 セルジオを見上げながら頬に手を当てコトンと首を傾げる。


「足元からじんわりと温かさが上がってくるというのかしら、なんとも言えない熱が体を温めているのよ」


「……足元から? 今もか? 」


「外にいる時程では無いけれど、今も暖かな感じがするわね。勿論気になって調べたけれど、特に何も無かったわ」


 これはドラムスト周辺のみで、他の領地や他国に影響はないようだ。

 今のところフェンリルの庭の雪が溶けだす現象は起きているが、庭関連において、他の被害報告はされていない。

 庭がやっと復興の目処がたってきた所なのにと、息を吐き出すが、問題はそれだけではないのだ。

 

「ブランシェットだけが感じているというのもおかしいですね」


「年のせいか? 」


「まぁ、セルジオったら。意地悪ねぇ」 


 呆れたようにセルジオを見るブランシェットに怒った様子はない。

 こんな軽口はいつもの事なのだろう、小さく持ち上がった口元を紅茶のカップで隠した。


「……しかし、これはまずいな」


 アリステアが新しく取った資料は、芽依の失踪事件についてだ。

 蛟や当事者の芽依に話を聞いて作り出した1枚の紙には、びっしりと文字が書き込まれていた。

 

「……ガンガディがなぜ今の季節に」


「冬は食料を持ち込み、ほぼ巣穴から出てこない寒さに弱い幻獣。そんな幻獣が餌取り……か」


 ガンガディは、年中活動をする幻獣ではない。

 寒さに極端に弱く、秋の暮れには食料を集めて地中に巣穴を作り潜って冬を越すのだ。

 そんなガンガディが、今の時期に外に出る筈がないのだ。

 なのに、木の屋根ができた場所に素を作り卵を産んでいた。


 春の温かさを感じて地中から出てきたガンガディはすぐさま卵を産み、巣で温めて過ごす。

 だからこそ、冬の食料の蓄えは多く用意して巣から離れないのが例年の事だ。


 しかし、既に巣から離れてヒナの食料にと人間をさらっている親鳥の幻獣。

 そう、このガンガディは人間を餌にする肉食の幻獣なのだ。

 だから、春の中ほどから終わりにかけてガンガディがエサを狙い空を飛ぶ為、魔術に明るくない人間や子供は特に気を付けなくてはいけない時期になるのだ。


「…………早すぎだろう」


「ああ、だが芽依を連れていったのは確かにガンガディだった」


 アリステアは眉を寄せて言うと、組んでいた手に額を乗せて項垂れる。

 春すぎからガンガディ繁殖期には領民に警告をするのだが、それが出来なかった為に既に多数の犠牲者が出ている事が、今回の件で発覚した。

 通常では春すぎから注意喚起されるのだが、今回はあまりにもイレギュラーすぎたのだ。


 ドラムストを守るために張り巡らせている魔術の防波堤は、飛行物からの攻撃に弱いのだ。

 ガンガディだけではない、羽のある幻獣からの攻撃はある一定の魔術は跳ね返しても、幻獣本人が特攻してくる場合は、魔術の防波堤をすり抜ける場合がある。

 魔術とて、万能ではないのだ。

 そちらを強化すると、別の防波堤が弱くもろくなる。


 幻獣の特攻はガンガディの餌取りも含まれている為、毎年一定数の領民は連れ去られていた。


「ガンガディの確認は誰が行きましたか?」


「オルフェーヴルだ。既に卵が孵化をしていて、その場にいる5人は全て食料として喰われていたそうだ。ガンガディの処理もその場でしたと言っていた」


「なるほど。芽依さんは大丈夫ですか? 」


「……餌としてその場にいた領民については、質問もされなかった。多分、薄々気付いているのだろう……あの場に居たのがシュミット様で良かった。知り合いで僅かばかりにも好意があったからこそ芽依だけでも助かった」 


 ふぅ、と息を吐き出して言うアリステアに頷くシャルドネ。

 既に居なくなった5人について、シャルドネ達人外者は知らない人だからこそ、そこまでの執着も見せずあっさりと頷くのだが、その場にいた芽依の様子だけが気になるようだ。

 人外者であるシュミットは、芽依を多少なりとも好意を持ち交渉相手として認めたからこそ助かったのだが、そんな芽依が心を不安に揺らいではいないかと。


「……アイツが何故見ず知らずの人間の心配なんかするのか理解できないな」


「私達とは根本的な考えや感情の違いがありますからね、交わらない感情を理解するのは難しいわ。ただ、お嬢さんはこういったことに胸を痛めると覚えておくだけで良いのではないの?」


「……まあ、そうだな」


 人間とは不思議だ、と人外者3人がそれぞれに考えているのを人間のアリステアは困ったように見つめた。

 

「…………この案件については今後も引き続き調べていこうと思っている。異常現象と言ってもおかしくない状態だ、3人共よろしく頼む」


「はい、足元からと言っていましたので、もう少し地面を調べてきます。アリステアはもう少し休憩をしてくださいね。今日昼食取っていないんですから」


「……何故知っているのだ」


「見ていればわかります」


「まあ…………ケーキもうひとついります?」


「大丈夫だ…………セルジオ !食事の用意はいらないから! 」


 無言でランチョンマットを広げ軽食を準備するセルジオは、何度止めても手を止めること無く、アリステアが食べ切るまで監視をする為にそのままとどまった。


「……大丈夫なのに」


「お前が倒れたら元も子もないだろう」


「……わかっているとも」


 はぁ……と息を吐き出しつつも、サクサクに焼かれたバターたっぷりのクロワッサンに舌鼓をうつアリステアは、全て食べきったあとに仕事を再開するのだった。




 

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