領主館の裏手の美しい薔薇園
この世界には様々な種族がいて、人間と人外者に分類に分けられる。
その中でも人外者の種族は多く、全てを把握している人はいないのだとか。
大体は妖精か、精霊か、幻獣かという分け方なのだが、特に幻獣は見た目や役割が沢山あって何が何だかわからない者も多い。
芽依は庭にいる事が多く、外出する方ではないので早々遭遇はしないのだが、今まさに未確認飛行物体に出会っている。
いや、出会っている、ではない。
今まさに、持ち帰られている真っ最中である。
「………………なんでこうなった」
芽依は座った目をしながら眼下に広がる街の景色を眺める以外にする事がない。
緩やかに波打つように、優雅に飛ぶその得体の知れないものに捕まって、何処かに運ばれているのだ。
最近庭に引きこもり気味の芽依は、今日はゆっくり休憩だと箱庭を使ってお手入れを終わらせ、蛟を首に巻いて領主館の中を歩いていた。
居住区に部屋を用意してもらっている芽依は、その場所だけは1人で歩く許可を貰っているのだが、それでも不用意な外出はしないように気を付けていた。
この領主館の居住区には居住するエリアと少し離れて来賓の方が宿泊するエリアに別れている。
今は宿泊する人も居ないし、芽依のように居住区に部屋を持っているのはアリステアにセルジオ、シャルドネにオルフェーヴル。
あと、面識の無い方が数人いるらしいのだが、芽依の行動時間と合わず、今まで会うことは無かったのだ。
芽依が住み着く時に、移民の民である為、細心の注意を払うようにと言明されていて、それは契約の元で了承されている。
その為、この区域は芽依にとって安全なのであった。
シトシトと朝から雨が降り、振り積もった雪を少しずつ溶かしてる様子を見ながら芽依は裏門に向かった。
領主館の入口は2箇所あり、正面の通常出入りする表門の玄関。
バガリと観音開きに開くうす茶色の扉は大きく、馬車などが行き来できるように幅広く作られている。
騎士か駐屯していて、領主館に訪問に来た人達は1度騎士に声をかけその後の対処を決める大事な場所なのだが、領主館に異分子や危険物が入り込まないようにそのチェックは厳しい。
それは裏門も同じなのだが、正面のような融通の気かない騎士ではなく、比較的穏やかな騎士が担当している事が多いのだ。
「あれ、メイさんどうしたんです?」
「こんにちは、今日はゆっくりお散歩しようかと思いまして」
「お一人でですか?」
「蛟がここに」
「…………そうですか、なるべく人目に付く場所でお散歩なさってくださいね」
「はい……ここら辺でお散歩に良さそうな場所ってあります?」
「そうですね、ここを真っ直ぐ行きますと薔薇に囲まれたガゼボがありますよ」
「…………ガゼボ」
ガゼボとはなんぞや、と首を傾げると座れる場所ですよと教えてくれた。
日本人には馴染みない言葉だったが、よく考えたらフェンネルと行ったシャリダンで休憩した時に使った場所の事かと納得する。
「じゃあ、行ってきます」
「はい、お気を付けて」
笑顔で手を振ってくり騎士に芽依も振り返して歩き出す。
人間な騎士の少し平凡寄りな顔に浮かぶクシャッとした笑みに親しみを感じて思わず満足な息を吐き出した。
『ねぇ、お腹空いた』
「じゃあ、座ったら何か食べよっか」
『うん』
チロチロと舌を出して目を細める蛟。
預かりの状態ではあるが、よく芽依に懐いている、たまに頭だけを口に入れる事もあるが。
不思議なことに芽依の移民の民としても甘い香を感じず、ただ美味しい香がするのだとか。
頭を口にしても美味しい食事な味がするだけで力の増幅も感じないようだ。
つまり、移民の民の旨味が蛟にはない為、どうしても食べたいという強い渇望がない。
女の子である事も考慮し、蛟は芽依の自室でも一緒に生活をしている。
裏門は、出勤する騎士や魔術師達が通る道なのだが、芽依が庭に行く時は居住区の端にある扉を利用した転移門から移動する為、領主館の居住区と食堂、そしてアリステアの執務室までの道位しか行き来していないのだ。
流石に住み始めて1年がたち、そろそろ周りにも目を向けるべきかと領主館周りの冒険をしようと意気込んでいる。
「…………凄い」
騎士にオススメされた薔薇に囲まれたガゼボについた芽依。
場所はそれほど遠くなく、薔薇のアーチをくぐり抜けると広々とした薔薇園が目の前に広がっている。
何故領主館の裏手に有るのだろうと首を傾げつつも、素晴らしい薔薇園を見つめてふくよかな香を吸い込んだ。
同じ色がずらりと並びグラデーションになっているのだが、その一つ一つが大ぶりで美しく花開いている。
かと思えば、離れた場所に様々な色彩の薔薇を同じ場所に咲き誇っていて、それがまた素晴らしく美しいのだ。
周りを見ながらゆっくりと歩くと、壁際にある真っ白の八角形のガボゼが目に入ってきた。
薔薇に目がくらみ気付かなかったが、かなり大きなガゼボは美しい薔薇に囲まれ、ガゼボの柱にも薔薇が巻き付き、まるで海外にいるようだ。
海外どころか異世界であるが。
芽依は今までの人生で、平凡な生活を送ってきた。
小さな頃から親と旅行に行くなら親が好きな温泉が多かったし、学生時代は友人と旅行などは行かなかった。
就職してからはブラックに近い仕事ぶりに、休みも潰されて1日外出するくらいならお酒を飲みたいのだ。
だからこそ、芽依はこのようなお洒落で美しい場所に訪れる事はなかったし、興味を示すことも無かったのだ。
だが、いざ目にしてみたらその素晴らしさに語彙力の無い芽依は、ただ凄いとしか言えなかった。
『……ここには食べるのないね』
「見て心を豊かにする場所!」
『乙女だね』
「ミミズに乙女って言われた……」
『蛟だから』
ニョロリと首から降りた蛟は真っ直ぐガゼボに行ってテーブルに登りシューシューと舌を出す。
頭を左右に振って、芽依を催促する蛟に苦笑して歩いていった。
壁の無い、真っ白な八角形のガゼボには可愛らしい玉ねぎのような屋根がついていて、長方形のテーブルに長椅子がある。
魔術で汚れ防止をしているのか、雨ざらしになっているはずなのにとても肌触りがやわらかで、まるでクッションに触れているかのような長椅子に腰をおろすと、その気持ちよさに、ほぉ……と息を吐いた。
『はやくぅ』
「少しはこの場所を堪能しようよ」
『腹の足しにもならないよ』
「…………食欲に全振り」
箱庭から取り出したメディトークやハストゥーレたちが作った料理を数品出すと、蛟は目をキラキラとさせて口をつけていった。
森で見ていた丸呑み風景とは違い、お皿に置いてある料理を舌先ですくい取るようにして口に入れる蛟。
1品食べではなく、様々な物を食べている蛟は体が小さくなっている為か、食事量を減らしても大丈夫のようだ。
5人前くらいで腹八分目になるらしく、大皿料理をペロリと食べてパンを3個一気に口に入れている。
この薔薇園には不向きな家庭料理が並んでいて、芽依は今度皆でお洒落なおつまみと共にお酒を飲むと心に誓った。




