お茶が欲しい
様々な事が重なったカナンクル、その2日間は忙しなく過ぎていき久しぶりの何もない穏やかな日が数日続いた。
ミチルはまだ領主館預かりとなっていて、最後のひとつの毒抜きを行っている最中なのだとか。
早く良くなりますように、と祈りつつ芽依は沢山作ったリーグレアを飲む。
最近では忙しさの中で中々落ち着いてお酒を飲むなんて事は出来なかった為、久々のフィーバータイムに突入なのだ。
「でね? でね? やっぱり飲みたいなーって思うわけ」
「うんうん、それが好きなんだね?」
「うん、そうなの。小さい時から飲んでるし?水の様に飲むものだよ? 紅茶や果実水も好きになったけど、やっぱりぃ飲みたいわけよ」
「その…………お、ちゃ? は美味しいの?」
「あは、可愛い発音……お茶は、渋い?」
「え?渋い飲み物なの?」
「うーん、渋かったり濃かったり、爽やかだったり……澄み渡ってるぅ?」
「え、何それ。僕完全に混乱なんだけど」
「あとは……美味しい和菓子と一緒に……さいっこう」
「わぁ! いきなり動いたら倒れちゃうよ? 」
今はお酒の席での芽依の愚痴の途中である。
隣にいるフェンネルに寄りかかり、お酒を飲み、逆隣にいるメディトークの足を噛じる。
あむあむしてはお酒を嗜み、なくなったのを見計らって、ついでくれるハストゥーレの頭をヨシヨシした。
芽依が言ってるのはお茶である。
紅茶があるのだ、お茶だって作れるはず。
勿論作り方はわからないが、作る過程での発酵の違いだったはずなので、茶畑さえ作れたらあとは実験あるのみ! とまた新しい制作を夢見ている。
「…………ありがとう、いいこ……いいこ」
「メイちゃん、そろそろお水のまない?」
「あ、悪い子だよフェンネルさん、メッ!」
「…………メッ! って言われちゃった」
『喜ぶなよ』
呆れたように頬を染めて目を蕩けさせるフェンネルを見るメディトーク。
切子グラスを持ち、器用に飲むメディトークを見上げると、フェンネルから離れてメディトークの足にしがみついた。
「それはなに?」
『夜霧の雫』
カラン……と氷が溶け崩れて、グラスにあたり軽やかな音が鳴る。
それをぼんやり見ていると、目の前にグラスが下げられた。
『辛口だぞ』
「辛口もキリっとしてて、美味しいよねぇ」
傾けてくれるグラスに口を付けて、流れる酒が口の中いっぱいに広がる。
キリっとした深い味わいに酔いしれると、メディトークによって口の中に入ってくる酒がグラスの端から流れて喉を伝う。
グラスを離して、メディトークの足が口から喉にかけて優しく拭いていく様子を黙って見あげた。
『……なんだ』
「もう、離れないでね」
『……離れる?』
「メディさんもフェンネルさんも、ハス君も……私からいなくならないで……緊急事態だってわかってても……離れるのは嫌だ」
「ご主人様……」
「メイちゃん……」
『……悪かった、怖かったな』
頭を下げて、芽依の顔にメディトークの顔を寄せて擦り付ける。
それは初めての行為で、驚きと恥ずかしさに頬を染めながらも嬉しさが勝つ。
手を回して抱きつくと、ほんの一瞬、芽依ですら気の所為かと思うような微かな一瞬に漆黒の長髪が芽依の頬を撫で、体を強く抱き締めた。
「………………え」
『どうした?』
顔を上げた先にはいつもの蟻なメディトークである。
真っ黒の瞳が芽依を射抜いていて、目を見開く芽依が映っている。
「今……今、ギュッてしてくれた?」
『あ?してるだろ』
今も現在進行形で芽依はメディトークの足に巻き付かれている。
そうじゃない……と呟き首を振るが、見ていなかったのだろうフェンネル達は不思議そうに芽依を見る。
「今、だって……だって…………」
『酔すぎじゃねぇか?』
そう言うメディトークの顔は意地悪に笑っていて、沸騰した様に顔を赤くした芽依はすぐさまフェンネルに飛びかかり腕に噛み付いたのだった。
「わぁぁぁぁ!!随分急展開!!」
「ご……ご主人様……」
照れ隠しにガブガブとかじりつき歯型を付ける芽依に、メディトークはフッ……と笑った。
既に3人は酔いつぶれて眠っている深夜、メディトークの室内から微かにシャワーの音が響いていた。
部屋の奥まった場所にある小さな個室型のシャワールームには、随分と肌の白い男性が頭からお湯をかけていた。
すでに体は清めたのだろう、すぐさま細く長いしなやかな指先が魔術版に触れてシャワーを止める。
体に流れる暖かなお湯を手で払い、濡れた漆黒の長髪をタオルで叩くように拭きながら、バスローブを羽織り部屋に戻って行った。
長い濡れた髪に香油を塗りつけふわりと甘やかな香りが漂う。
強すぎない香を纏い、髪を乾かした男性は部屋にある姿見の前で立ち止まった。
前髪はセンター分けで長く、そのままサラサラと肩から背中に流れていて膝ほどまで有るだろうか。
美しく艶が出て結ぶのも解けるサラサラの髪をそのままにバスローブから着替えた男性の少しつり目の上には朱色に染まっていて、指先で触れても消えることはない。
光の入らない漆黒の瞳と相まって、真っ黒に見えるその人は、以前呪いによってメディトークが子供の姿になったあの子と良く似ていた。
成長した姿が、今のこの鏡に映る人外者なのだと言われたら納得以外、出来ないだろう。
「…………そうだなぁ、もう少し力を出しても大丈夫か、メイも力を付けて来たからそうそう潰れねぇだろ」
すぐさま鏡から離れた男性は、そう呟くと瞬く間に巨大な蟻の姿に変わった。
以前と変わらない黒光りする巨体を揺らして特注のベッドに身を沈める。
『…………まだだな、もう少し、アイツが理解して受け入れるまで……待ってやるか』
そう呟くように文字が浮かび上がってから、メディトークは瞼を閉じた。
明日の更新はおやすみとなります。
明後日からまたよろしくお願いいたします。




